第43話 山に棲む者 3
<長老ゼミア視点>
広場から出て行くふたりを視界から消えるまで見送る。
ふむ、久々に外界の者と話すと話しづらくてかなわん。
慣れぬ言葉遣いに疲れてしもうたわ。
軽く首と肩を回し、こりをほぐしてと。
さて……。
吉凶相持つ現状とはいえ、凶事はやはり堪えるものがある。
みな暗い面持ちじゃのう。
わしも内心は同じじゃが。
吉事に期待したいものじゃな。
「そなたたち、何か感じ取れたか?」
崩落現場から共にやって来た者たちに、彼の御仁について聞いてみる。
「いえ、コーキ殿の考えを読むことはできませんでした」
「恥ずかしながら私も」
「私もです」
やはりそうか。
ゲオ、ミレン、サキュルスの3名は若年ながら精神感応が不得手というわけではない。
かといって、長じているわけでもない。
「そうか、スペリスはどうじゃ」
「私も心の内を深く読み解くことかないませんでした」
「ふむ……」
我ら一族の中でも、精神感応による読心に特別に秀でておるスペリスならばもしやと思うたのじゃが。
「しかしながら、感情のようなものはどうにか感じとることができました」
「ほう。して、いかな感情じゃ?」
「私が読むことができたのは、おそらく表層のものだと思われますが……謝意ばかりでした。それが心の多くを占めているようです。他には我らに対する興味、好奇心といったようなものでしょうか」
「……」
謝意ばかりというのは、わしとしても誠に申し訳なく感じてしまう。
謝意など必要ないというのに。
心優しい方じゃ。
「僅かですが心の奥も窺うことができまして、そこには我らに対する好意が存在しておるようです。害意らしきものは全く感知できませんでした」
「なるほどのう。それで、他にはないかの?」
「申し訳ございませんが、それ以上は私には」
スペリスの腕をもってしてもこれ以上は無理か。
となると、あの可能性も低くはないようじゃ。
「ゼミア様はいかがでしょうか?」
「長老?」
「今のエンノアにスペリス以上の読み手などおらぬ。そのスペリスに無理なものをわしが読めるわけもなかろう」
わしも読心は得意じゃが、寄る年波には勝てぬ。今のスペリスには敵わぬよ。
「いえ、私などまだまだです。本気のゼミア様やオゥベリール様には及びませぬ」
「嬉しいことを言ってくれるが、今のわしにはその力を出す体力がないのじゃよ。それと、オゥベのことは話してくれるな。この地におらぬ者の話はしとうないからの」
エンノアを出て行った愚息のことなど今さら考えたくもない。
「はっ、失礼いたしました」
「ふむ。コーキ殿に関しては……わしもスペリス同様に謝意、そして微かな好意のようなものを感じとれたのみじゃな」
「ゼミア様も感じられたということは、私の勘違いではないようですね」
「おそらく、コーキ殿は我らに好意を持っておられる、不思議なことじゃがの」
「いささか不可解ではありますが、それはまことに幸甚なことです」
不安そうにこちらを窺っておったゲオ、ミレン、サキュロス。
わしひとりの読心だけでは不安じゃろうが、スペリスも同様に好意を感じ取ったのなら、ひとまずは安心するじゃろ。
と思ったのじゃが。
「ですが、心の内まで読み取れないということは……。操作は難しいのでしょうか?」
「ミレンよ、心配か?」
「……はい」
「コーキ殿の心の内に害意のようなものは無いのじゃぞ」
「ですが万一の場合には」
「ふむ、どうじゃスペリス、操作は可能かの?」
この者が、もしもの場合を考え不安になるのも仕方ないことじゃ。
最近は不幸事が続いておるしのう……。
「詳細に操作することは無理でしょうが、些少ならば可能かと」
「些少とはどのような程度じゃ」
「……感情を少しばかり転じる、そのようなものになるかと思われます。もちろん、実際に試してみなければ操作程度は分かりませんし、上手くいくとも限りませぬが」
「感情を転じるか。さすがスペリスじゃな」
「いえ、失敗する場合もありますので……。それに、上手くいった場合でも、細部は私には手が出せません。そこは本人が補完することになると思います。もちろん、想定外の操作結果になる可能性もあります」
「そうか……」
そう簡単にはいかぬか。
そのことはコーキ殿の手に触れた時に分かっておったが。
「申し訳ありませぬ」
「いや、充分じゃ。大したものじゃぞ。皆もそう思うじゃろ」
「はい、私もそう思います」
「スペリス様だからこそ、できる業かと」
「素晴らしき操作術かと」
ほれ、皆もそう思うておるぞ。
まあ、スペリスの自己評価が低いのは昔からじゃな。
「……ありがとうございます」
「感謝するのは、わしの方じゃ」
「ありがたきお言葉です。ですが、私などはゼミア様をはじめとした偉大なる先達の皆様の足元にも及んでおりませぬので」
「ふふ、謙遜は要らぬぞ」
「いえ、決して」
「今のわしの身体では力を使えぬからの」
「……」
「まあ、わしのことはどうでも良いかのう。それで、強度はいかほどじゃ」
「かなり弱いです。さらにはコーキ殿には複数回の操作は難しいかと思われます」
「脆い上に操作回数も1度きりということじゃな」
「そうなるかと」
「ふむ……」
まあ、問題はあるまい。
コーキ殿に対しては、使う気などないからの。
とはいえじゃ。
「それでも1度は使えるのじゃ。安心したか、ミレンよ」
「はっ、要らぬ心配を。申し訳ございませんでした」
「村を心配してのこと、謝罪は不要じゃぞ」
「……はい」
「それで、ゼミア様は処置を考えておられるのでしょうか?」
「ふむ。コーキ殿に我らを害する意図はないようじゃから、現状使う必要はなかろう。ただし、我らの力を知られた場合は……考えるしかあるまい」
我らに害意の無いコーキ殿に、エンノアに入り込んだ不埒者と同じような扱いなどできるはずもない。ましてや、コーキ殿は我らエンノアの救世主たりうる方かもしれぬというのに。
とはいえ、救世主と確定しているわけではないからのう。
今はまだ力を知られるわけにはいかぬじゃろ。
「承知いたしました」
ふむ。
とりあえず、みなも納得したようじゃ。
「ところで、ゼミア様はコーキ殿があの……あの御方になるとお考えですか?」
ゲオ、ミレン、サキュロスは予言については表面的なことを知っているだけじゃが、スペリスはわしと同等の知識を持っておる。じゃから、その考えに至るというのも当然じゃな。
「ふむ、気持ちは分かるが、急いてはいかんのう」
可能性は低くはない、当然否定もできないのじゃが、断定もできまい。
「はっ、申し訳ありません」
今の村の状況を鑑みると、スペリスの気持ちも理解できる。
それどころか、わしも本心ではそう願っておる。
気が急いておるのも同じじゃ。
「今回の訪問の状況、黒髪黒目の容貌、その可能性は今までの中で最も高い……じゃが」
「あの方が共にいませんか」
「そういうことじゃ。現状がいかなるものであろうと、我らが500年守ってきた預言を軽々に断ずることもできまい」
「とすると、確定的判断が下せるまではしばらくは様子を見るということで」
「そうするしかないのう。お主、思う所はあるかの?」
「いえ、ゼミア様のお考えに賛同いたします」
そうは言っても、焦っておるのじゃろう。
スペリスは責任感の強い男じゃから。
「まずは、客人として遇し交流を持ち、今後の様子を見るのがよろしいかと。ただ、どちらにしても御決断はそう遠くない内にと、そう願っております」
「そうじゃの」
このまま放置できる状況でないのは確かじゃ。
あの御方が現れなくとも決断の時は迫っておったのじゃから。
迎陽の時はもうそこまで迫っておる。
我らに繁栄をもたらすか、それとも我らを滅亡へと誘うか。
責任は限りなく重いようじゃな。
……。
「他に意見のある者はおらぬか」
「ゼミア様、よろしいでしょうか」
「サキュルス、何かあるかの?」
思いつめた顔をしておるの。
「はい」
「申してみよ」
「コーキ殿が予言の御方なら、いえ、その可能性がある御方というだけでも……」
ふむ。
「あの病について、意見を伺うことはできませぬか」





