第425話 好試合
「はじめ!!」
模擬戦の審判を務めるのはルボルグ隊長。
彼の掛け声で試合が始まった。
エレナさんがまず前に出る。
けれん味のない真正面からの一撃。
相手を倒すためじゃない、力量を測るための剣撃だろう。
カン!
対するは、その木剣を迎え撃つディアナ。
素早い動き、軽やかな剣捌きでエレナさんの一撃を弾き返す。
さらに、返した木剣で猛進。
前方に剣先を突き出している。
ディアナの打突がエレナさんの胸に迫っていく。
想定外の剣速に驚きの表情を浮かべるエレナさん。
それでも、何とか左後方に跳んで打突を回避。
したのだが、ディアナの剣先がもう一段伸びてくる!
打突を跳躍回避したエレナさんの動きに合わせるように変えられたディアナの剣先。
右斜め前方に鋭い一撃が飛ぶ!
「くっ!」
開始早々、打突が決まるかに見えた瞬間。
跳躍から着地したエレナさんが鋭進する剣先を躱すべく上半身を後方に反らせ……。
紙一重のところで躱しきった!
が、ディアナの木剣は反らしたエレナさんの胸の上に。
そのまま下に振りおろせばいいだけという状況。
当然、ディアナの剣は下に進路を変える。
迎える木剣は間に合わない!
観客の誰もが決着を予感したであろうディアナの振り下ろし。
それに対してエレナさんの動きは……。
「!?」
後ろにのけぞった上半身を戻すことなく、さらに深く反り返るようにして後方に回転!
流れるように滑らかな後方転回。
咄嗟の回避とは思えない、最高の動きだ。
ただ、それじゃあディアナの振り下ろしは避けきれない。
回転が終わる前に、ディアナの剣撃がエレナさんの下半身に決まる。
そんな観客の予想を覆す驚きの動きが!
バシッ!
なんと、後方回転と同時に蹴り上げた足でディアナの木剣を蹴り軌道を変えてしまった!
「っ!?」
行先をなくした剣身が虚しく宙を斬る間に、華麗な後方転回を決めたエレナさん。
地に左手、左膝をついた体勢で右手を前に。
木剣を前に突き出す守勢が完了している!
「「「「「おおぉぉ!!」」」」」
「「「「「うわぁぁ!!」」」」」
固唾をのんで観戦していた観客の興奮が爆発。
大歓声だ。
「すごい、凄いぞ!」
「何だ、あの動き!」
「アクロバティック過ぎだぜ!」
「さすが冒険者。信じられねえ体捌きだ」
「けど、ディアナの突きも凄かったぞ」
「ああ、ふたりともやるなぁ」
ふたりの攻防に称賛の嵐。
「コーキさん、シア、見ましたか! 凄いです!」
「ふたりとも素晴らしいですね」
「見惚れちゃいます」
セレス様が身を乗り出している。
興奮を隠しきれないようだ。
「ええ、本当に。でも、試合はどうなるんでしょう? ディアナは勝てるのでしょうか?」
「難しいところです。勝敗がどちらに転ぶかは、最後まで分からないと思いますよ」
「でも先生、剣はディアナさんの方が上じゃないですか?」
「おそらくな。ただ、勝負となると分からないぞ」
剣捌き自体はディアナの方が上に見えるが、総合的にはいい勝負だろう。
「そうなのですね……。あっ、始まります!」
後方転回による回避後、距離を取り対峙していたふたりが再び前に。
カン、カン!!
剣が交差する。
さっきの攻防とは打って変わって、両者ともに正面からの正攻法の剣撃。
カン、カン、カン!!
ガン、カン、ガン!!
上段、中断、下段。
打ち下ろし、薙ぎ払う。
そんな剣を交わし合っている。
……。
この剣交。
当たりは激しいものの、どこか華やかさも感じられるな。
カン、カン、カン!!
流麗な剣捌き、華麗な足捌き、打ち合って打ち払う。
攻守が目まぐるしく入れ替わっていく。
人も剣も留まることを知らないように、走り続けていく。
「「「「「おおぉぉ」」」」」
観客席から漏れるのは歓声じゃない。
感心したような溜息。
広場に集まった観客は皆、ふたりの動きに魅せられている。
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
そんな攻防が続くこと数分。
何度目かの距離をとったふたり。
さすがに疲れたのか、両者ともに肩で息をしている。
「頑張れ、ディアナ!」
「もう一押しだぞ!」
「エレナ、負けんじゃねえ!」
「冒険者の意地を見せてやれ!」
最初は楽しんで観戦していたワディン騎士と冒険者たち。
今はかなりの熱量に達しているようだ。
「ディアナは若手騎士の中でも上位の腕前だからな。負けるわけがない」
「ああ、けど、あの女性冒険者も只者じゃないぞ」
「まあ……そうだな」
「これまで山ほど修羅場を潜り抜けてきてんだ。エレナが絶対に勝つ!」
「間違いねえ」
「けど、かなり疲れてるぜ」
「大丈夫だ」
お互い対抗心を出し過ぎじゃないのかと少し心配になるが、この世界の騎士と冒険者の関係を考えると、これでも穏やかな方らしい。
一方、エンノアは。
「ふたりとも頑張れ!」
「いいぞ!」
「もっと見せてくれ!」
今も純粋に楽しんでいるな。
「ディアナは結構な家の出なんだろ?」
「ええ、ディアナさんはワディンでも有数の貴族家の出身よ」
「あいつ、そんなお嬢様なのに……大したもんだぜ」
「どうしたの、ヴァーン? ディアナさんとはずっと一緒に戦ってきたんだから、実力も知っているでしょ」
「まあな。けどよ、一緒に戦うのと、こうして観戦するのとじゃあ、気分も違ってくるからよ」
「ヴァーンさん、その気持ちよく分かります」
「さすがセレスさんだ。シアとは違うな」
「ヴァーン!」
セレス様とシア、ヴァーンも良い時間を過ごしている。
ワディンもエンノアも冒険者も皆、この時間を満喫している。
……。
話を聞いた当初は、この状況下での模擬戦開催なんてどうかと思っていたが……。
どうやら開催は正解だったようだ。
ただし、俺だけは……。
警戒を怠るわけにはいかない。
そう考えながらも、ディアナとエレナさんの戦いについ目がいってしまう。
良い試合というのも、困ったもんだな。
おっと、そろそろ動くか。
息を整え終えたディアナが、一足飛びで間合いを詰める!
「覚悟!」
繰り出されるのは鋭い突き。
それを躱すエレナさんは、序盤から変わることのない柔らかくしなやかな身のこなし。
「あんたこそ、観念……」
そこから反撃とばかりに、若干崩れた体勢で剣を放とうとしている。
「しなさい!」
打ち出されたのは、ディアナ同様の打突。
ただ、体勢が不十分なせいか、腰が入っていない。鋭さにも欠けている。
となると、それは悪手だぞ。
ディアナにとっての理合になってしまう。
ほら、ディアナの口が笑っているじゃないか。
「たぁ!!」
そう悪くない突きなんだが……。
迎え撃つディアナはそれを避けることなく。
真っ向に見据え。
上段から豪剣!
カーン!!
叩き落とされたエレナさんの打突。
これまでにない乾いた音が広場に響き渡る。
そこに。
「終わりだぁ!」
ディアナが気合一閃。
さらなる追撃の剣がエレナさんの胸元へ。
叩き落された木剣を胸前に戻すエレナさん。
間に合うか!?
ガッゴン!!
ぎりぎり間に合ったものの、不完全な形でディアナの剣を受けたためだろう。
弾かれた自身の木剣で胸をしたたかに打ってしまった。
「くっ!!」
苦悶の表情を浮かべるエレナさん。
まだ剣を手放してはいないものの……。
勝負あった、かな。
対するディアナは、勝利を確信したように剣を構えなおす余裕。
エレナさんから一瞬目を離し、応援するワディン騎士、そしてセレス様の方に目線を投げかけてくる。
そして。
「これで最後だ!」
そんな決め台詞を口にしながら、豪剣が放たれた!
エレナさんはもう足が使えない。
辛うじて迎え撃つ木剣にもさっきまでの力はなく。
ガゴン!!
木剣を手放してしまった。
「……」
「……」
「それまで!」
ルボルグ隊長の声が入る。
ディアナの勝利だ!
「「「「「おおぉ!!!」」」」」
「「「「「やったぞ!!!」」」」」
「「「「「ディアナ!!!」」」」」
転瞬、沸き返るワディン騎士。
「「「「「……」」」」」
冒険者たちは声を失っている。
「ディアナ、よくやったぜ!!」
「セレス様、やりました! ディアナさん、勝ちましたよ!!」
「……そう、ね」
「セレス様?」
「……」
「セレス様!?」
「……ゴホッ」
えっ!?
「ゴホッ……」
嘘だろ!?
「ゴホッ、ゴホゥッ!!」
待て!
ちょっと待ってくれ!!





