第424話 腕試し
<ディアナ視点>
「……難しいと思う」
セレスティーヌ様とコーキ殿の関係。
我ら護衛騎士が語ることではないし、そもそも考えることですらない。
それを充分に理解しているユーフィリアが答えた一言。
その意味は決して軽くないだろう。
「ディアナは?」
「セレスティーヌ様はワディンの主となる御方。その上、神娘様でもある……」
「それで?」
珍しい。
いつもは他人の考えなんて気にしないユーフィリアが。
「ディアナ?」
「……同じ意見だ」
「コーキ殿は素晴らしい人物なのに?」
「それについては異論はないな。ただ、セレスティーヌ様の伴侶となると話は別。ユーフィリアもそう思っているのだろ?」
軽く頷きながら目を瞑るユーフィリア。
「……」
「……」
……なるほど。
そういうことか。
セレスティーヌ様とコーキ殿の関係は認められない。
なのに、それを口にはできない。
そう悩んでいる時に、シア殿とヴァーンのあの場面を目にしたと。
まあ……。
気持ちは分かる。
よく分かる。
とはいえ、シア殿とヴァーンの関係なら、まだ容認もできるだろ。
あのような恥ずべき行為は論外だがな。
コーキ殿、か……。
オルドウの冒険者で剣と魔法の達人。
セレスティーヌ様の命の恩人であり、我らワディンも大恩を受けている。
そんな彼のことを悪く言うワディン騎士など、もちろんここには存在しない。
……。
セレスティーヌ様が心惹かれる気持ちも理解できるのだ。
それでも……。
コーキ殿との関係を許容できるワディン騎士は多くないはず。
隊長であるルボルグ殿も、それについては否定的な見解を持っていた。
そんなふたりの関係が、ここにきて……。
「……」
「……」
「ディアナは明日の模擬戦に出るの?」
ユーフィリアが私を正面から見つめ、殊更明るい声で聞いてくる。
鬱屈した雰囲気を変えようとしているのか?
これもまた珍しい。
「まだ決めていない。ユーフィリアは?」
「セレスティーヌ様が望むなら」
「そうか。……そうだな」
先程の会議の終盤。
冒険者連中から突然提案された剣と魔法の腕試し。
それが明日の昼に、エンノアの広場で急遽開催されることになった。
この状況で何を呑気なことを、と思ってしまうが……。
セレスティーヌ様とルボルグ殿が賛成された決定を私が否定することもできない。
「ディアナ、そろそろセレスティーヌ様の部屋に」
「ああ、もうそんな時間か」
休憩は終わり。
セレスティーヌ様の護衛に戻るとしよう。
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<フォルディ視点>
「セレス様に危害を加えようと考えている者はいないのですね」
驚いたような表情で問い返してくるコーキさん。
「読み違いがなければ、そうなります」
「そうですか……」
まさか、気落ち?
そんなに自信があったと?
神娘に害意を持つ者の存在。
こんな情報、誰も手にしていないコーキさんだけのものなのに。
「……」
しかし、このエンノアでどうやって情報を?
不思議だ……。
「何度も聞いて申し訳ないのですが……読心の対象はワディンの騎士と冒険者の皆さんですよね?」
「その通りです」
「……」
また黙ってしまった。
コーキさんの困惑がひしひしと伝わってくる。
「フォルディさん……。気を悪くされるような内容を尋ねること、お許しください」
「大丈夫ですよ、コーキさん。それで?」
「エンノアの皆さんの中に……いませんよね?」
「……」
それはずっと考えていたことなんだ。
ゼミア様は全く疑っていなかったけれど、レザンジュとの間には問題がないわけではないのだから。
コーキさんがエンノアを初めて訪れたあの時より以前。
エンノアとレザンジュ王国との間には何度も諍いがあった。
王国にとっては些細なものばかり、とはいえ、我らには少なからぬ影響を与えた諍い。
中には、ワディンとの悶着もあったと思われる。
その諍いについて、今も安からぬ思いを抱いている者がいるかもしれない。
セレス様に害意を持っている。
そんな可能性も……。
いや、さすがにそこまでの敵意は持っていないはずだ。
そう思いたいが……。
「フォルディさん、心当たりがあるのですか?」
「……そのような者は存在しないと思います。それに、仮に害意を持つ者がいたとしても、エンノアの同輩には読心を使うこともできませんので」
「探すのは不可能なんですね」
「申し訳ありません」
「いえ……こちらこそ失礼なことを」
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<ランセル視点>
「さあ、今日は模擬戦だ。張り切っていこうぜ」
「その前に仕事でしょ。午前中はテポレン山の調査をするんだから」
「そんなものは適当でいい。テポレンはほぼ調査済みなんだぞ」
テポレン山、エビルズピーク、ミルト山。
この3つが調査対象なのに、ずっとテポレン山にいるんだ。
いい加減、調べることも無くなるってもんだろ。
「それはそうなんだけどさ」
「そもそも、この調査依頼だってどうかと思うぜ。前回、エビルズピークのバケモンを倒した後にも十分調査したんだからよ」
「今さら何言ってるの。裏があるのは、ランセルも知ってんでしょ」
「まあな。けどよぉ、メルビンさん、まだ何もしてねえんだぜ」
「それも仕方ないことなの。好機は何時やって来るか分からないし。場合によっては今回手を出さないこともあり得るって話なんだから」
「その好機が今日の模擬戦じゃねえのか」
「かもね」
「なら、調査より、そっちが大事だろ」
「そうかもしれないけど、そういう訳にはいかないのよ。ホント、単純なんだから」
「エレナには言われたくねえわ」
「何ですって」
そりゃ、そうだろ。
どう考えたって、お前も単純じゃねえかよ。
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期せずして開催されることになった模擬戦という名の腕試し。
エンノアの地下広場では、剣の擬戦が続いている
「皆さんの剣技、とっても素晴らしいですね」
俺の傍らにはセレス様。
特設の主賓席で興味深そうに観戦中だ。
「私、こうした個人戦を観るのは初めてなんです」
楽しそうなのはいいことなんだが、かなり警戒心が薄れているように見えるな。
「見応えがありますね」
「……ええ」
警戒心の低下は今回の事情を知っている全員に言えること。
危惧していた通り、皆の空気がかなり緩んでいる。
ヴァーンとシアなんかは特にそう。
それに比べれば、アル、ディアナ、ユーフィリアはまだましだな。
こんな催しが行われているのだから、ある程度は仕方ないとはいえ……。
「コーキさんは、参加しないのですか?」
「私はセレス様の護衛ですから」
「ふふ、大丈夫ですよ。ここには皆さんが揃っていますし。なので、良ければ参加してくださいね」
皆が揃っているから危険ともいえる。
「あっ、でも、コーキさんが出ると試合になりませんよね」
そう言って楽しそうに微笑むセレス様。
「……」
そうだな。
セレス様には、こういう娯楽も必要だな。
ずっと警戒ばかりしていたのでは、身が持たないだろうから。
セレス様にはこの時間を楽しんでもらって、その分俺がいつも以上に用心すればいい。
さてと。
とりあえず……。
セレス様の前に並んでいる飲食物に毒は入っていない。
これなら、口にしても大丈夫。
魔法や剣の襲撃については……俺とノワールが脇を固めヴァーンたちも交替で傍についている。少々緩んでいるものも、警戒態勢としては悪くない。
今のところ問題はなさそうだ。
「「「「「おお!!」」」」」
「「「「「凄えぞ!!」」」」」
メルビンの仲間の冒険者が、ワディン騎士に打ち勝ったのか!
「おっ! 次は女性剣士同士の戦いだぞ!」
「こいつは見逃せねえ」
「ああ、楽しみだ」
試合場に上がるのは、ディアナとエレナさん。
ここまでで一番の盛り上がりかもしれない。
「負けないわよ」
「こちらこそだ」
午前中は乗り気じゃなさそうな顔をしていたディアナ。
気合が入っているぞ。





