第423話 害意
<ヴァーン視点>
「嬉しい……わたし……」
って、おい!
「泣くことじゃねえだろ」
「……うん」
「それに、本番はまだ先なんだぜ」
「うん、うん」
まいったな。
まっ、悪い気はしねえがよ。
「ちったぁ落ち着いたか?」
「うん、もう平気」
まだ瞳は濡れてるが、大丈夫そうだな。
「なら、会議に戻るか」
「もう少し。もう少しだけ……いい?」
「……ああ」
急ぐことはねえか。
「ヴァーン?」
「何だ?」
「わたし、すぐにでも一緒になりたい。でも、ごめんなさい。今は……」
「分かってる」
この状況じゃ動けねえ。
それは重々理解してる。
コーキの言う襲撃者もそうだが、そもそもワディンの行く末がはっきりしてねえんだからよ。
「あなたを待たせてしまうわ」
「大丈夫だ。さっさと片付けてやるぜ。それにな、シア」
「うん」
「待ってる時間も悪かねえ」
「……」
「特に惚れた女を待つのは、いいもんなんだぜ」
「……バカ」
「馬鹿を好きになったのはお前だろ」
「きっと、わたしも馬鹿なんだわ。でも……好き!!」
「っと!」
泣き顔で笑って抱きついてきやがった。
「ヴァーン!!」
「……」
その華奢な腰にゆっくりと手を回す。
……細い。
少し力を入れると壊れちまいそうな身体。
なのに、とんでもない行動力を持っている。
強く純粋な心を持っている。
「シア……」
俺にはもったいない。
そう思える。
そう思えるのが幸せってやつか。
「好き、大好きよ!!」
「……俺もだ」
シアの腕に力が入り、俺を見上げてくる。
濡れた瞳は何よりも雄弁。
「……」
「……」
いいよな?
もう、いいよな?
と思ったのに。
「ゴホン、ゴホン!」
「えっ!? あっ!!」
驚いたシアが飛び退っちまった。
「シア殿、ヴァーン、会議が始まるぞ」
ディアナ、ユーフィリア……。
お前ら空気読めって。
「ここからは、エンノアの民と冒険者連中も加わるのだ。遅れるなよ」
「……分かってる」
ちっ!
いいところだったのによぉ……。
仕方ねえ。
「……シア、行くか」
「う、うん」
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<ゼミア長老視点>
「フォルディよ、コーキ殿の依頼は無事に終えたのじゃな?」
「はい、メルビン殿たち冒険者とワディン騎士全員の読心を完了しました」
「して、結果は?」
「セレスティーヌ殿に害意を抱く者は皆無。妬心を抱える者は少数おりましたが、それも害意とは程遠いものです」
「ふむ。ならば、今回の件はコーキ殿の杞憂になるのう」
珍しいことではあるが、コーキ殿とて人の子。
見当が外れることもあるじゃろう。
「おそらくは……」
「懸念があるのか?」
「いえ……。ただ、表層しか読み取れませんでしたので、底意でどのように考えているかは……」
「害意などというものは表面に現れるものじゃ」
「……」
「例外的に害意を底に潜ませている者、または、我らの異能を知って策を講じている者でもおらぬ限り問題はなかろう」
例外を考えだしたら、きりがないからの。
「……はい」
「ふむ。では、明日の腕試しについてじゃが……エンノアから出る者はおるのか?」
「アデリナとユーリアが出場する予定です。ふたりはコーキ殿から魔法を学んでおりますので」
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<ディアナ視点>
「ユーフィリア、気に入らないのか?」
「さあ……」
明確に肯定はしないものの、ユーフィリアが不機嫌なのは明らかだ。
会議の休憩中にシア殿とヴァーンのあの姿を見てから、ユーフィリアの空気はずっと重いまま。
ただし、一見して分かるようなものではない。
普段から感情を表に出すことの少ないユーフィリアの変化。
付き合いの長い私だから気づくことができた。
……。
会議中は抑えていたその感情。
あてがわれた部屋に戻った今は、隠そうともしていない。
「ディアナはどう?」
私か?
それは、もちろん。
「気に入らないな」
「そう……」
大切な会議の休憩中に、あんな破廉恥なことをするなんて。
非常識極まりない。
「ユーフィリアはどうなのだ?」
「……お似合いだとは思う」
やはり、はっきりとは答えないか。
「ただ、タイミングが良くない」
「そうだ、その通りだ。あの男はこんな時に!」
「……」
「たるんでいるとしか思えないだろ」
「そう、ね」
ユーフィリア、やっと答えたな。
「でも……」
「うん?」
「セレスティーヌ様……」
ああ、それは……。
「セレスティーヌ様とコーキ殿……」
「……」
ふたりの関係。
ずっと、あやしいとは思っていた。
けど、認めたくなかった。
なのに、あのベニワスレの下でのふたりを見ていると……。
……。
「ディアナはどう思う?」
「ユーフィリアこそ、どう思っているのだ?」
「……」
「……」
シア殿の件とは違い、簡単に答えられることじゃない。
主君の色恋に口を挟むなんてこと。
ただ、それでも……。





