第421話 同化
「こうして無事に過ごせるのはありがたいことですけど……敵の姿がまったく見えませんね」
「……私の力不足です。申し訳ありません」
「だから、コーキさんのせいじゃないです」
「クゥーン」
「ノワールもそう言ってますよ」
「……」
この3日間、俺とノワールはほとんどの時間をセレス様の傍らで過ごしている。
さらに、ヴァーン、シア、アル、ディアナ、ユーフィリアも近くにいることが多い。
「きっと、相手も警戒しているのだと思います」
レザンジュ王軍戦後の緩んだ空気が漂うエンノアで緊張感を放つ俺たちの姿は、周りの者には異物のように見えるのかもしれない。
それが分かっているから、さりげなく警護をしているつもりだが……。
空気を隠しきれていないんだろうな。
おそらくは手練れであろう襲撃者がその空気に気付かないわけがない、か。
セレス様を護ろうという強い思いが仇になっている……。
情けない。
「ただ、この状況で手を出してこないということは、呪いの類ではなさそうです」
「……ええ」
断定はできない。
とはいえ、そう考えてもいいと思う。
「ひとつ進展しましたね」
そう……だな。
「それで、聞き取りの成果はいかがでした?」
「ある程度、聞き出せたと思います。セレス様の方は?」
「私も、そうですね」
セレス様の幻視での感覚から、そして状況から考えた結果。
前回と今回の件は同一犯の仕業だと今は推定している。
なら、2度ともに犯行可能な者を探し出せばいい。
いいのだが……。
……。
この時間軸では2度目の襲撃はまだ行われていないものの、前の時間軸では実際に事が起こっている。
ただし、事が起きる直前の状況は不明。
つまり、宴の夜の犯行については容疑者を絞ることができないと……。
「コーキさん、内容を教えてください」
「……はい」
現状、2度目の犯行における容疑者は絞れない。
それなら1度目。
テポレン山のあの時の状況を調べるしかない。
ということで、セレス様と俺は個別に聞き取りを行ったんだ。
もちろん、こちらの意図は隠して。
「まず、エンノアの皆さんは、あの日はいつも通り全員がテポレン山にいたそうです」
「犯行は可能ということですね」
「一応、そうなります」
エンノアの民がセレス様を害するとは思えないが、可能ではあったのだろう。
「続いて冒険者たちですが……。エレナさんとランセルさんはテポレン山の南西に位置する常夜の森を出てオルドウに向かっていたようです。私がダブルヘッドから彼らを救った後の話ですね」
「その後、テポレン山に上った可能性はありませんか?」
「無いとは言い切れません。だた、少々難しいかと」
「……」
「他の冒険者については、メルビンさんを含め全員があの日オルドウにはいなかったそうです。テポレン山にも上っていないと。もちろん、嘘を言っている可能性もありますが……」
「……冒険者の皆さんは、容疑者候補から外しても良さそうですね」
「だと思います」
今のところ、物理的に犯行が可能なのはエンノアの民。
ゼミア長老やフォルディさんたちが……。
「……」
「私の聞いた話はそんなところです。セレス様は?」
「……ワディン騎士の中の数名は当時、テポレン山にいました。ワディナートを脱出した私の護衛のためです」
「どなたでしょう?」
「それは……」
セレス様の口から出た名前は、ローンドルヌ河以降ずっと行動を共にしている騎士2人のもの。それに加えて……。
「ルボルグ隊長にディアナとユーフィリアもですか?」
「はい。私の護衛で同行していましたので」
合計5人があの日テポレン山にいたと。
「ただ、その5人とも中腹の手前で別れてしまったのですけれど……」
中腹ということは、俺がセレス様に出会ったあの崖下からはかなり離れている。
その距離で犯行は不可能だ。
「その後、山を上った可能性は?」
「冒険者の皆さん同様、可能性だけはあります」
低いってことか。
「あとは、ヴァーンさんとシア、アルですけど……。彼らはコーキさんもご存知の通りテポレン山の入り口で私を待ってくれていました」
「そうですね」
「可能性ということでしたら3人にもあります。ただ、それはあり得ないことだと私は思っています」
「ええ、私も彼らを信じていますよ」
そもそも、あの場にはギリオンもいたんだ。
全員が共謀でもしていない限り、犯行は不可能。
それに、可能性云々じゃない。
この3人が犯人でないことだけは断言できる。
「……以上です」
聞き取りによる状況把握はこれくらいだな。
なら。
「犯行の物理的可能性という点で容疑者候補から除外できるのは、5人を除いたワディン騎士と冒険者たち。逆に可能性があるのは、エンノアの民とルボルグ隊長、ディアナ、ユーフィリア他2名の騎士ですね」
「はい、皆さんが嘘を言っていないのであれば」
「もし言葉に嘘があるのなら、全員が容疑者のままです」
「それでは話が進みませんね、コーキさん」
「まったくです」
結局、聞き取りによる成果も大したことはない、ってことだ。
まいったな……。
……。
……。
「コーキさん、本当に私を害そうと考えている者がここにいるのでしょうか? エンノアの皆さんや騎士の中に犯人がいるなんて、私にはやっぱり考えられないんです」
同感だ。
俺もそう思うし、そうであってほしい。
ただ……。
「私が幻視したのは、あくまでも並行世界の内容ですから。今のこの世界に犯人はいないということは……?」
残念ながら、あれは現実に起こったことなんだ。
外部犯でない限り、犯人は必ずここにいる!
とはいえ、セレス様がそう考えるのも無理はない。
同じ立場なら俺もそう考えていただろう。
「あの並行世界とこの世界では流れが異なっている可能性も十分ありますよね。このまま何も起こらない可能性も」
「……」
「なのでコーキさん、一度時間を作って日本に戻ってくださいね」
いきなり、何だ?
「今の状況を見ていると、少しの時間でしたら大丈夫だと思いますから。ノワールも助けてくれますし」
「クゥーン」
「……」
嬉しそうに頬ずりしている。
こいつ、セレス様には相当なついているよな。
「難しいですか?」
確かに、戦力的には安心できるかもしれない。
それでも、何を仕掛けてくるか分からない相手なんだぞ。
「……日本に戻るとは、幸奈のもとにってことですよね?」
「はい、そうです」
異世界間移動の時間的拘束は現地では12時間。
別世界ではその1/3の4時間になる。
4時間という時間は、時間遡行によるそれと同じもの。
とても微妙で厄介な時間。
場合によっては、取り返しのつかない時間になり得る。
……。
駄目だな。
やはり、今はセレス様を置いて日本に戻ることは考えられない。
幸奈には悪いが、あっちでは命の危険なんてないだろうから。
「こうしてコーキさんが私の傍にいてくれるのはとっても心強いです。でも、幸奈さんもきっと待っています。心細い思いをしているはずです」
「……幸奈のこと、よく理解されているのですね」
「当然です。ずっと幸奈さんの記憶を持って幸奈さんとして暮らしていたのですよ。幸奈さんのことを自分の半身だと感じるくらいに……。これは前にも話したことですけれど、今の私は幸奈さんと半ば同化しているような気さえしますから」
「……自分を幸奈のように感じるということですか?」
「そうですね」
「……」
「おそらく、幸奈さんと私の魂が似ているからではないかと思うんです」
「魂が似ている?」
「幸奈さんと私は、生まれた世界も周りの環境も性格も全て異なっています。それでも、きっと魂は近いんです。だから、魂替も可能だったのでしょうし、こうして同化のような現象も起こっているのだと」
魂の類似性など俺には分からない。
同化なんて見当もつかない。
けど、実際に魂を移していた本人が言うのだから……。
「幸奈さんの想いは私のもの。私の想いも幸奈さんのもの。今はもうそんな感じです。ですから、梅の木の素敵な思い出も、ベニワスレの下での幸せな想いも……」
全てセレス様に知られている。
当然と言えば当然だが……。
「ふふ、半分私のものなんですよ」
「……」
何と言ったらいいのか?
どうにも奇妙な思いに駆られてしまう。
……。
けど、これって、幸奈も同じ感覚なのか?
だとしたら……。





