第420話 不穏
「ところで、魂替発動直前の日本では特に問題はなかったということでしたが、その前はどうなのでしょう?」
「直前は問題ありませんでしたし、その前も直接的に何か問題があるという状況ではなかったです」
「それなら、日本に戻った幸奈が戸惑うこともありませんね」
「はい。私の記憶を受け継ぐはずですし、平気だと思います」
よかった。これで、ひとまずは安心できる。
可能性は低いものの、今回の魂替発動の原因が日本にあるということも考えられたんだ。
その何かに幸奈が巻き込まれるなんてことがあったら大変だからな。
「ただ……」
「どうしました? 問題でも?」
「今すぐということはないでしょうが、壬生家が何かを企んでいるようなので」
ああ、確かに、あっちはそういう状況だった。
「コーキさん、一度日本に戻って様子を見た方がいいかと……」
「そうですね。近い内に時間を見つけて戻ることにします」
とはいえ、しばらくは難しいはず。
いつセレス様に魔の手が伸びるかもしれない状況なんだ。
シアたちやノワールが警護についているといっても、油断していい局面じゃない。
もちろん、場合によっては時間遡行を使うこともできる。
ただ、遡行を使えるのはあと1回だけだし、何より4時間しか戻れない。
昨夜の4時間遡行はたまたま上手くいったけれど、日本とこの地を往来する中での時間遡行には不明な点も多いからな。
やり直しができると、安心していい状況ではないだろう。
やはり、しばらくは戻れそうにない、か。
「でも、どうしていきなり魂替が発動したのでしょう?」
「発動者である幸奈にも分からないんですよね」
「はい。私の中に残る記憶には、発動に驚いている幸奈さんの感情しかありません」
本当に不思議な話だ。
「……」
昨夜の20時に試した時点では発動できなかった魂替。
日本に戻った俺があのペンダントに魔力を込めた数時間後、発動することができた。
だから、発動に必要なのは魂替の異能それ自体と異世界間を結ぶ媒体である魔力の籠ったペンダントだと!
そう考えていたのに……。
……。
今後、幸奈が魂替を使うことは、そうあるとも思えない。
が、それでも、今回の原因は調べておいた方がいい。
日本に戻ったら、幸奈と一緒に調べるとしよう。
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<メルビン視点>
「どうにも、おかしな感じがするわねぇ」
「ああ、初日の宴はいい雰囲気だったのに、おかしいぜ。……何かあったのか、メルビンさん」
「問題があったとは思えないが……」
エレナとランセルの言う通り。
明らかに空気が変わっている。
初日は和やかで楽し気だったエンノアの雰囲気……。
今は奇妙な緊張感が感じられるのだ。
エンノアの民やワディン騎士が表立って何かをしているわけじゃない。
この地にいる全ての者から緊迫感を感じるということでもない。
それを感じるのは一部の者からのみ。
ただ、問題なのは……。
あの者の発する空気が研ぎ澄まされているということ。
何より警戒すべき対象であるコーキ・アリマの纏う空気が……。
そう。
彼だけは、宴の席での態度も普通じゃなかった。
最初は皆と同じように楽しんでいたのに、一度退出して宴に戻ってきた時の空気は……。
何かを警戒しているように重いものだった。
いったい、何があったというのか?
分からない。
それとなく探りを入れてはいるものの、確かなことは何も……。
「メルビンさんが何かを仕掛けたんじゃねえのか?」
「いや、それはない」
まだ動いてはいない。
あのアリマの雰囲気を感じていながら、迂闊な行動などとれるわけがない。
「だよなぁ」
「そうよ。メルビンさんが軽率な行動なんてするわけないでしょ」
その通りだ。
それに、今は急いで仕掛ける局面でもない。
ゆっくりでいい。
もちろん、好機があれば話は別だが……。
「ランセルが何かしたんじゃないの?」
「はあ? 俺が何したってんだ?」
「そんなこと、私が知るわけないわよ」
「ちっ。お前こそ、何か失敗したんじゃねえのか」
「失礼ね。失敗なんてしないわ」
「ホントか」
「当然でしょ。けど……ランセルじゃないとするなら、他の冒険者連中が何かしたのかしら?」
「……かもしれねえな」
その可能性はある。
とはいえ、軽率な行動をとるような奴らでもないのだが……。
「まあでも、ここの人たち、私たちに不信感を抱いている感じでもないわよ」
「そいつぁ、そうだな。けどよ、どうにも居心地が良くねえんだわ」
「……そうね」
「メルビンさん、どうする? このままここを拠点にして調査を続けんのか?」
「……」
「それとも、もう離れちまうか」
今の段階で離れることはできない。
そんなことできるわけがない、な。
「しばらくは、この地を拠点にしてテポレン山の調査を続ける。その方針に変わりはない」
「……そうかい。あんたがそう言うなら、俺も従うしかねえわ」
「私も従うわよ」
「ああ、お前たちのことは信用している」
「俺も信頼してるぜ、メルビンさん」
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魂替から2日が経過。
セレス様の身に問題は起こっていない。
あの宴での4時間を切り抜け、死地を越えたということなのだろう。
……。
この世界に、並行世界が本当に存在するのか?
俺の経験した世界が並行世界なのか?
それは分からない。
が、少なくとも、世界における因果の収束といったものは存在しないようだ。
……。
……忘れもしない。
最初にセレス様を失った後。
続けて何度も同じことが起こった。
死を逃れることができなかった。
あの時は、因果律という言葉が頭に浮かんだものだが……。
あの死地を超え、今回も切り抜けることができ。
今もこうして無事に過ごせている。
そこに因果の収束のようなものは感じない。
ということは、そういうことなんだろう。
ただし……。
問題は何も解決していない。
誰とも知れぬ襲撃者。
同一犯だと推定しても、そこから先に上手く進めない状況。
その上、襲撃らしき行動も見られない。
毒、呪い、魔法、物理的行為、そのいずれの予兆もまったく……。
……。
これじゃあ、動きようがない。
警戒だけをして時間を過ごすことになってしまう。
俺の言葉を信じてくれたヴァーン、シア、アル、ディアナ、ユーフィリア。
そんな彼らでも、このまま警戒を続けるのは難しいだろう。
セレス様の死を目にしていない彼ら。
襲撃の兆しが何ひとつ見えない状況で、緊張感を保てというのが無理な話だ。
気が緩むのも仕方ないことだと思う。
ただ、犯人はそれを狙っているのかもしれない。
好機を窺っているのかもしれない。
……。
良くない状況だな。





