第419話 並行世界 2
「これは、少し前の話になるのですが……」
セレス様は以前にも並行世界を見ている?
「その世界の私は、今の私と同じようにワディンから脱出してテポレン山を上っていたんです。その後のコーキさんとの出会いも全く同じで、並行世界というより自分自身の過去を見ているようでした」
「……」
「でも、それからが違ったんです。魔落でコーキさんと一緒に過ごしている時、私が、その自己嫌悪に陥ってしまって……。実際の私は魔落でそんな精神状態にはならなかったのに、並行世界の私はどうしようもなく自分が嫌になってしまって……」
それは1度目の魔落でのこと、なのか?
「それで、コーキさんに対しても色々と酷いことを言ったんです。本当に酷いことを……。それなのに、コーキさんは私を受け止めてくれました」
「……」
「私を励ましてくれました。ありのままの私でいいと導いてくれました」
俺に殺してほしいと言った、あの時……。
「とっても嬉しかった。真っ暗だった私の世界に光が溢れてきました。こんな私が生きてもいいんだって! 本当に、本当に嬉しかった!!」
「……」
「その後、私はテポレン山で亡くなってしまうんです。希望を見つけたばかりだったのに……。酷い話ですよね」
あなたを救えなかった……。
あの麓でのこと。
今も脳裏に焼きついている。
「でも、違ったんです」
「……」
「その最期を迎える時、コーキさんは私のために涙を流してくれました」
「……」
「痛くて、辛くて、息もできなくて、とっても苦しかったけど、コーキさんが私を包んでくれました」
何もできなかった。
あなたを腕に抱くことしかできなかったんだ。
「だから私は……あなたの優しさと温もりの中で旅立つことができたんです」
「……」
「苦しかったはずなのに……あの瞬間、私は幸せでした。死の恐怖や苦しみは消え、幸せな気持ちでいっぱいだったんです」
死の間際に幸せなんて……。
「ひとつ心残りだったのは、コーキさんのことでした。あなたをひとりで残していくのが辛かった……」
「……」
「ただやっぱり、あの世界の私は幸せの中で旅立つことができたと。そう思います」
そんなことを!
あんな酷い状態だったのに……。
「これは並行世界の私の偽らざる真情だと、私は確信しています」
「……」
「おかしいですよね。実際の私のことじゃないのに自分の感情のように思えるなんて……。でも、本当にそう感じるんです。第三者の視点で幻視しながら、まるで自分の心情のように心に浮かんできたんです。説明しづらい感覚なのですけど……」
「そう、ですか……」
「はい……本当に自分の身に起こったことのように感じていて」
「……」
「だから、ひとことだけ言わせてください」
「……」
「ありがとう、コーキさん!」
「……」
「あの世界の私も今の私も、心からあなたに感謝しています!!」
セレス様、あなたを救えなかった……。
なのに……。
なのに、あの時間をまたあなたと共有できることに喜びを感じてしまう。
浅ましい思いを抱いてしまう。
そんな俺のことを、あなたは……。
「……感謝しています」
「……」
「……」
「私は……」
「分かっています。あのコーキさんはここにいるコーキさんとは別人ですし、私も今の私じゃありません。それは分かってるんです。でも、お礼が言いたくて……」
「……」
「ホント、おかしいですよね」
「……おかしく、ないです」
「コーキさんは優しいなぁ」
違う。
そんなことはない。
俺は今の状況に喜びを感じてしまうような男なんだ。
「変な話をして、ごめんなさい。今はこんな話をしている場合じゃないと分かっていても、話したくなってしまって。やっぱり、おかしいですね」
「いえ……」
おかしいのは俺の方だ。
それに。
「……時間なら、あります」
「ありがとう、コーキさん」
「……」
「私……日本で学んで色々と分かったんです」
「……」
「自分が欲の深い勝手な女だってことも知りました。なので、今の話も自己満足なんです」
セレス様が欲深く自分勝手?
そんなわけないだろ。
「わがままを受け入れてもらえて、私は幸せですね」
「……」
「ほんとに幸せものだぁ」
幸せなのは俺ですよ。
そして、今になって失っていたモノの大切さに気付いた愚か者でもある。
「けど、そろそろです」
「……」
「日本で学んだセレスから、セレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディンに戻りますね」
穏やかな笑顔は変わらない。
なのに、空気が変化していく。
「ここからは、今の問題について話しましょう」
「……」
ああ、そうだ。
俺も切り替えなきゃな。
「実はもうひとつ異なる並行世界も幻視したのですが、そこでも私は亡くなるんです」
「……」
「それがこの地下都市みたいで……」
「このエンノアの地で、セレス様が亡くなるという幻視をされたんですか?」
「はい。それが今の私が置かれている状況に似ているのではないかと。今のこの世界に近い並行世界の私が亡くなったのだと。そう思っています」
「……」
「この幻視が私を狙っている犯人特定の手掛かりにならないでしょうか?」
それは、間違いなく手掛かりになる!
ただ、その並行世界は昨夜24時過ぎの俺の部屋でのことでは?
「セレス様、内容を教えてもらっても?」
「はい。……幻視の中で、私はエンノアのどこかの部屋にいるんです。すると、突然呼吸が苦しくなり、咳が止まらなくなり、喀血して、そのまま意識が途絶えて……」
「それは、どこの部屋でしょう?」
「ごめんなさい。分からないです」
エンノアで俺たちが与えられている家屋、部屋は基本的にどれも同じような造りになっている。なので、判別がつかないのも仕方ない。
「苦しくなる前の幻視はないのですか?」
「それもありません。今回は本当に短い幻視でしたので」
「……」
やはり、昨夜の一件のように思えるな。
それだと予防の役にはたたないが、何らかの手掛かりを得ることはできるはず。
「思い当たる原因、または犯人特定のための鍵となるようなものは?」
「原因も犯人も分かりません。ですが、あの苦しさと症状はさっきお話したテポレン山麓での死と同様のものに思えます。ということは、犯人も手段も同じだと考えることができる?」
「そうですね」
「同一犯によるものだとすれば……」
「相手をしぼれます」
ただし、現場に同一人物がいればの話だ。
テポレン山の崖下でセレス様を見つけ救助した時、近くには誰もいなかった。
が、ワディン騎士もエンノアの民も冒険者も、テポレン山に潜むことは可能だろう。
あの時、犯人がセレス様の近くに隠れていた可能性も十分にある。
問題はそれをどうやって見つけるかだ。
「一歩前進しましたね」
「ええ」
まあ今は、同一犯だと推定できただけでも……。





