第418話 並行世界
この幸奈の様子?
口調?
明らかに違う。
昨日までの親しみやすい雰囲気とは一変している。
……。
隠そうとしても隠しきれない高貴な佇まい。
洗練された所作。
気品……。
「よかったぁ! セレス様、良かったです」
「ふふ、泣かなくていいのよ、シア」
「セレス様……」
「ありがとう。シアはいい娘ね」
「そんな……」
ふたりの間に温かな時間が流れている。
俺の疑心も洗われてしまいそうだ。
が……。
「シア、少しコーキさんとふたりで話をしてもいいかしら?」
「もちろんです」
「皆も?」
「セレスティーヌ様、私がいては駄目なのでしょうか?」
「ごめんね、ディアナ。コーキさんに話があるのよ」
「……承知しました」
「コーキ任せたぞ」
「……ああ」
にわかには信じがたい。
理解もできない。
ただ、これはもう間違いのない事実だ。
鑑定がそう告げている。
シア、アル、ディアナ、ユーフィリア、ヴァーンの5人が部屋を出て、残っているのは俺とセレス様だけ。
「セレス様、ですね」
「はい」
今、俺の目の前にいるのはセレス様。
体と魂の調和を完全に取り戻した、セレスティーヌ様だ!
「……」
「……」
どうして魂替が発動したのか?
2つの世界を媒介するペンダントに魔力が不足している状態で?
あのペンダント、魂替発動に関係などないと?
……分からない。
とはいえ、事実は事実。
「戻って来られたのですね」
「はい、突然で驚きましたが、なんとか戻ることができたようです」
想定外のセレス様の帰還。
その事実を前にすると、やはり戸惑ってしまう。
「……」
お疲れ様でした。
お身体は大丈夫ですか?
記憶はどうなっています?
今、こちらは大変な状況なんですよ。
辺境伯様は……。
……。
話すことが多すぎる……。
「……ただいま、コーキさん」
優しい笑みを浮かべ話しかけてくれるセレス様。
「……お帰りなさい」
「コーキさん、私は大丈夫ですよ」
「……」
「今の状況については概ね理解できていると思いますので」
こちらに戻ったばかりなのに、現状を理解している?
「魂替発動の理由は分かりませんが、この地の状況は分かっています。今後の対策を考える必要があるということも」
「それは……」
「はい。こちらにいた幸奈さんの記憶が私の中に残っているようですね」
なるほど。
それなら話は早い。
ただし。
「その記憶でも、魂替発動の原因は不明だと?」
「魂替については……突然の発動に戸惑っている幸奈さんの感情が残っているだけです」
「……」
幸奈も分かっていない。
いったい、何が起こったんだ?
「発動直前に日本で問題は? セレス様に何か問題はありませんでしたか?」
「ええ、特に何も……」
お手上げだ。
何も分からない。
「……」
考えても無駄だな。
それなら、今は今後のことを話し合うべき?
いや、その前に……。
「……辺境伯様のこと、申し訳ありませんでした」
時間遡行で消えてしまった日本での時間。
昨日セレス様に伝えた全てのことが、遡行でなかったものになっているはず。
当然、辺境伯の最期に対する俺の謝罪も、セレス様の記憶から消えているはず。
なら、まずすべきは謝罪だ。
「コーキさんが謝る必要はないですよ」
「……」
そう答えるセレス様の顔は穏やかなもの。
昨日は深く沈んでしまったセレス様がどうして?
今、幸奈の記憶から父親の死を知ったばかりなのに?
「お父様のことは……もちろん悲しいです。ですが、私の代わりに幸奈さんが悲しんでくれました。いえ、私以上に悲しんでくれました。その思いが全て私に残っていて……」
全て残っている?
「なので……大丈夫みたいです」
幸奈の記憶を取り込んだから。
自身の経験のように取り込めたから平気だと?
そんなことが?
「本当に不思議な感覚です。幸奈さんの経験を疑似体験しているような……」
「そう、なのですね」
「はい。でも、これは……疑似体験というより、同化に近いのかもしれません。幸奈さんの記憶と感情がほぼ私が経験したものになっているような気さえしますから」
同化……。
そういえば、同じようなことを幸奈も言っていた。
このふたり、本当に相性が良いのだろうな。
だから、悲しみを上手く消化することもできたと。
そういうことか。
ただ、それでも俺の謝罪が不要になるわけじゃない。
「……辺境伯様のこと、私の責任です。本当に申し訳ありません」
「謝罪は不要ですから。コーキさんの責任ではないですから」
「しかし……」
昨日のやり取りが脳裏によみがえってくる。
また、あの……。
「……コーキさんは並行世界という言葉を御存じですか?」
「はい?」
並行世界?
いきなり、どうしたんだ?
セレス様の反応が昨日とはまったく違う。
「御存じですか?」
「まあ、はい」
「やっぱり、日本では常識なんですね」
常識かどうかは分からない。
そんなことより、何の話を?
「並行世界という概念は日本で初めて知ったものなのですが……。実は私、予知だけではなく、並行世界も見ることができるようなんです」
「……」
「おかしいですよね」
「いえ……」
おかしくはない。
リセットや時間遡行で、それを実体験している俺にとっては。
けど、それを見るとは?
「コーキさん、信じてくれます?」
「ええ、信じますよ」
「ありがとうございます」
で、並行世界がどうしたというんだ?
「……ついさっき私が見たある並行世界の話です。そこで、コーキさんは日本にいる私に、こちらの世界のことを色々と話してくれました。エビルズピークでの魔物との戦いやローンドルヌ渡河の話、テポレン山で王軍を破った話。そして、トゥレイズ城塞でのことも。コーキさん、謝罪もしてくれました」
「……」
「もちろん、その世界の私も謝罪は不要だと言ってましたけど」
これは……。
「幸奈さんの記憶とこの並行世界の幻視で、もう心の整理は充分。コーキさんが謝る必要も全くない。これで分かってもらえませんか?」
「……」
並行世界、いや、実際に俺とセレス様が経験した世界を幻視している?
それとも、時間遡行前の記憶が残っている?
そんな……あり得るのか?
「その世界で、コーキさんと私は沢山話をしたんですよ。とってもいい話も」
「……」
「『少し無理をして一緒に前に進みましょう』」
「……」
「その中のひとつ。コーキさんが私に言ってくれた言葉です」
「……」
「その世界の私はとっても喜んでました。幸せを感じていました。それを見た私も……とても嬉しかった」
「……」
「コーキさんが一緒に歩んでくれるのに、私が悲しむ必要はもうないんです。あっ、でも……コーキさん、並行世界だけではなく、ここでも私と一緒に歩んでくれます?」
幻視か記憶かは定かじゃない。
けど、そんなこと関係ない。
「……はい、もちろんです」
「ふふ、よかった」
セレス様。
あなたを護りますよ。
絶対に護りきります!
「では、一緒に少し無理をしてくださいね」
「……お供します」
「嬉しい」
艶然と微笑むその様は、儚いのに強く。
映し出す清廉とささやかな邪気には、とうてい抗えない引力を感じてしまう。
ほんと……。
「もう少しだけ」
「はい?」
「また違う並行世界の話です」





