第417話 覚醒
「先生……」
シアのこの表情。
普通じゃない。
只事とはとても思えない。
不吉な予感が、否応なく鎌首をもたげてくる。
そんなはずはないのに!
……。
昨夜、幸奈をシアたちに任せて部屋に戻った後。
朝までずっと、幸奈の休む家屋周りの気配を探り続けていたんだ。
本来ならセレス様の身に危害が及んでいたはずの宴での4時間。
犯人も手段も分からない状況で、あの時間を無事に切り抜けられたのは、こちらにとって僥倖だった。と同時に犯人にとっては計画外だったことだろう。
そんな犯人の次の動きは?
深夜から未明にかけて、行動に移る可能性が高いんじゃないのか?
なら、俺は幸奈と離れ、罠を張った方がいい。
気配察知の感度を最大限に上げて家屋周辺を探っておけば、侵入者が現れた時点で俺がそいつを取り押さえることができる。この惨事を回避し、解決できる。
そう考えたから、シア、ディアナ、ユーフィリア、ノワールに警護を任せ、俺は幸奈と離れ徹夜で気配を探り続けたんだ。
結果、今の今まで侵入者どころかあやしい者すら現れなかった。
なのに、シアのこの真っ青な顔色は!?
まさか?
「先生……セレス様が……」
セレス様という言葉が出た瞬間。
一気に身体が強張ってしまう。
心臓が激しく走り出す。
「セレス様が、目を覚まさないんです」
……え?
目を、覚まさないだって?
「……」
ということは。
「呼吸はあるんだな?」
「は、はい。それは、はい。でも、どれだけ声をかけても反応してくれなくて」
息がある。
生きてるんだな!
ああ……。
安堵のあまり、強張っていた身体から力が抜けていく。
よかった。
本当に……。
もし、あの惨劇が繰り返されていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだから。
「先生、早く部屋に来てセレス様の様子を見てください」
「分かった。急ごう」
「姉さん、おれも行く」
シアと共に俺とアル、ヴァーンが幸奈の眠る部屋へ。
「セレス様!」
「セレスさん!」
眠り続ける幸奈の傍らには、ディアナとユーフィリアが控えている。
空気は重い。
「セレスさん、起きてくれ。セレスさん!!」
ヴァーンがすぐ近くで声をかけるが、反応はまったく見られない。
「セレス様……」
今にも涙が溢れそうなシア。
けど、大丈夫だ。
息があるなら、何とでもなる。
「シア、少し落ち着け。治療すれば良くなるはずだから」
「……はい」
「コーキ殿、セレス様は目を覚まされるのか?」
「すぐに覚醒するかは分からない。が、大きな問題にはならないはずだ」
仮に俺の治療で目を覚まさなかったとしても、命さえ無事ならやり様はある。
「そうか……」
試すのは、治癒魔法と魔法薬。
収納から魔法薬を取り出し、魔力と気を整え……治療の準備は完了。
治療開始、のその前に。
「少し教えてくれ。昨夜、俺たちがこの部屋を出た後、何か変わったことは?」
「何もないです。セレス様がお休みになった後も、わたしたちが交替で不寝番をしていましたが、特に何も。それなのに……。」
襲撃がなかったことは察知済み。
それ以外の問題もないと。
「セレス様がこのような状態になるのは今回が初めてなのか?」
「……そういえば、この容態は。カーンゴルム近くの隠れ里で倒れた時と似ている気がします」
「ああ、そうだ。あの時もこんな感じだったぜ」
「それは、セレス様が記憶を失くした時のことだな?」
「はい」
「……分かった。とりあえず治療をしてみよう」
まずは治癒魔法を発動。
ゆっくりと全身に治癒の光を行き届かせる。
「「「「「……」」」」」
固唾をのんで見守る5人の前で、治癒魔法による治療を進めていく。
……。
この世界に戻ってきた当初は全く自信のなかった俺の治癒魔法。
けど今は。
エンノアの民の病を癒し、魔落で自分とセレス様に治療を行い、その後も何度も治癒魔法を行使し続けてきた。だから、それなりのモノになってきたというささやかな自負もある。
自負と自信をもって、今は幸奈の治療をするだけだ。
「「「「「……」」」」」
この辺り……。
魔力の通りが良くないな。
少々強めに治癒を行使……。
よし、通りが良くなったぞ。
ここと、そこもだな。
……。
……。
治癒を続けること数分。
そろそろ魔法薬を試す頃合だろう。
一度、治癒魔法を終了して。
魔法薬を取り出したものの……。
この状態で、どうやって飲ませればいい?
上手く体内に入れるには?
「コーキ、口移しでいいんじゃねえか」
おい、ヴァーン!
「戯言を! 貴様は高貴なる血というものを理解しておらぬのか!」
「はっ、そんな場合じゃねえだろ。お前こそ、状況を理解しろ!」
「何だと!!」
「ヴァーン、ディアナ、争っている場合じゃない」
珍しくユーフィリアが止めに入った。
「そうだぜ。ふたりともやめてくれよ」
「……」
「……」
「で、コーキさん、どうする?」
薬を飲ませたいが、肺に入ると大変なことになるんだ。
どうすれば……。
いや、これは水じゃない。
魔法薬なら、平気なのか?
分からない……。
と、使用法に悩んでいるところに。
「……んっ、んん」
これは!?
「セレス様!!」
幸奈の口から漏れ出た声に反応するように、シアが幸奈の手を。
「……」
期待と緊張が部屋を包み込んでいく。
……。
……。
「んん…………えっ!?」
幸奈の目が開いた!
「ここは……」
「ああ、セレス様ぁ!! ……よかった」
「…………シア? シアなの?」
「そうです! シアですよ」
「……」
「「「セレス様」」」
「目を覚ましてくれて良かったぜ、セレスさん」
「クゥーン」
治癒魔法が効いたってことか。
けど……。
寝具の上に身を起こしたこの様子は?
「……アル、ディアナ、ユーフィリア。ヴァーンさん。ノワールも」
「はい、みんな揃っています」
「……」
「セレス様、お辛いのですか? でしたら、もう少し横になっていてください」
「……大丈夫。でも、少しだけ時間を貰えるかしら?」
「はい、もちろんです」
幸奈が目を瞑り、何かを考えるように額を手で押さえている。
そのまま数分が過ぎ。
……。
……。
「セレス様?」
「ありがとう。もう大丈夫よ」
「いえ……。お辛くないですか?」
「ええ」
「良かったです。……あの、セレス様?」
「どうしたの?」
「その……記憶が完全に戻られたのですか?」
「……ええ、戻ったみたい」
「っ!?」
「「「セレス様!!」」」
「クゥーン」
「……皆には、心配をかけたようね。でも、もう問題ないから」
やはり、これはそういうことなのか?
けど、どうして?
そんなはずじゃ??





