第42話 山に棲む者 2
「フォルディ様、そちらは?」
「ゲオ、ミレン、サキュルス、この方はボクの命の恩人だ」
「そうでしたか」
「だから、心配する必要はない」
「……はい」
こんな感じで、一応納得はしてくれたのだが。
地底人云々は聞けずじまい。
さすがに、あなた方は地底人ですかとは聞きづらいからな。
まあ、そのうち分かるだろう。
さてと。
今この広いとは言えない空間に、俺、3人の男性、俺が助けた男性の5人がそろっている。
さすがに、ここに5人は手狭だろうということで、移動して話をすることになった。
なのだけど、移動した先には……。
ドーム球場以上の空間が広がっていたんだよ。
さらに、その広い空間内に数軒の家屋が点在している。
ここって地下だよな?
……。
広すぎるだろ。
驚きだ。
地下の空洞内にこんなに広い空間があって、そこに家まで建てられているとは。
想像もしていなかった。
そんな感慨を抱いている俺の前に差し出された手。
「我がエンノアへようこそ」
差し出された手を取り、しっかりと握手をする。
「よろしくお願いします」
その後、俺の前に集まって来た人たち全員と握手を交わすことになってしまった。
「なるほど……」
今はこの広い空間内の中央にある広場のような場所に座って、ここに至る経緯を説明している途中。
参加者はさっきまでの5人に加えてあと2人。この集落の長である老人とその補佐の方が参加している。
「そんなことが……」
みんな生成りの一枚布で作られた貫頭衣のような服を着ているが、長の老人だけは貫頭衣の上に獣の皮で作られた上着を身につけている。
最初に俺が握手をしたのは、この長老のような老人だ。
握手はこの世界でも行われる一般的な習慣らしいな。
簡単に説明を終えた後。
「この出会いに感謝を」
長老が左手の掌と右手の握り拳を胸の前で合わせ、そのまま俺に向かって腰を折る。頭を上げた後、今度は広場の中央に鎮座する石像に向かって再び頭を下げた。
このお辞儀のようなものは彼らの礼式、礼法なのだろうか?
こちらの疑問の表情に気づいた長老がすぐにその説明をしてくれた。
曰く、胸の前で手を合わせ腰を折る動作は感謝を表す礼法で、まず感謝する対象に、次に彼らの信仰する神に頭を下げるらしい。
今回の場合は、まず俺に頭を下げ、次に彼らの信仰する神の石像に頭を下げるのが正しい作法になるとのこと。
ちなみに、彼らが信仰しているのは知恵と時と魔法を司るトトメリウス神という神様。
広場の中央にあるトトメリウス神の石像を見てみると、人の身体に鳥の頭を持つ神様だということが分かる。
「私からも感謝を」
「私からも」
「私も」
「同じく」
「……」
長老に続いて、残りの5人が俺に対して同様の礼を尽くしてくれる。
……。
礼節を尽くしたこの態度には感心させられる。
けれど、ここまでされると恐縮してしまうというのが正直な感想だな。
「しかし、剣の一撃で地面が崩落するとは、にわかには信じがたいですな」
「ゼミア様、本当のことです。ボクがこの目で見ましたから」
「フォルディを疑っているわけではない。ただ、あまりのことに驚いてな。ブラッドウルフを倒す一撃とは、そこまで凄まじいものなんじゃのう」
「……」
俺自身も剣で地面にあんな穴を作ってしまうなんて、思ってもみなかったからな。
「それはともかく、フォルディを助けていただいたこと、心から感謝いたします」
「いえ、偶然通りかかっただけですので」
「偶然にしても、ブラッドウルフから命を救ってくださったのは事実ですから」
「はあ、まあ……」
「感謝して当然です」
「命を助けていただき、ありがとうございました」
俺が助けた男性、フォルディさんも老人に続いて頭を下げて感謝を述べてくれた。
感謝の言葉はもう何度目になるか分からない。
本当に成り行きなので、もう感謝してもらわなくてもいいんだけど。
「フォルディさんが無事で良かったです」
「はい、怪我も大したことありませんでしたし、これも全てコーキさんのおかげです。ありがとうございました」
「充分感謝していただいたので、もういいですよ」
ホント、もうやめてもらいたい。
「ハハハ、コーキ殿はお優しいですな」
「そんなことはないのですが……」
「それで、この度のお礼として何かお渡ししたいのですが、なにぶん我らは金銭をほとんど使わない生活をしておりましてな」
「いえ、お金は結構ですので」
見返りを求めて助けたわけではない。
それに、何より。
これはもう異世界での冒険といってもいい。
こんな地下の集落に来ることができて、むしろこちらが感謝したいくらいだ。
……。
だって、これはもう地底人だろ。
地下に家屋があって、そこに住んでるんだぜ!
これを地底人と言わずして何と呼ぶってもんだ。
異世界で地底人と知り合えるなんて、凄いじゃないか。
もう、それだけで満足だわ。
「そう言っていただけると助かります。それで、他のお礼となりますと・・・・・」
「コーキさん本人から希望を聞くのはいかがでしょう?」
「ふむ。コーキ殿、いかがでしょうか?」
もう充分満足しているので、希望と言われてもなぁ。
「……もしよろしければ、こちらの地下を案内してもらえないでしょうか?」
ということになってしまう。
「そんなことで?」
「ええ、私にとってはありがたいことです」
「そうですか……分かりました。では、フォルディ、コーキ殿の案内を頼んでいいかの?」
「もちろんです」
「それと、コーキ殿。お礼になるかは分かりませぬが、せめて今宵の夕餉はどうぞこちらで召し上がってください」
「ありがたいお誘いですが、暗闇の中をオルドウまで戻る自信はありませんので」
「これは説明不足でしたな。もちろん、今夜は泊っていただければと思っておりますよ」
「いえ、そこまで甘える訳にはいきません」
「何を言われますか、この程度のこと。フォルディの命の謝礼としては全く不足しておりますぞ」
「そうです、コーキさん、ぜひご宿泊ください」
「何もないこんな場所ですが、ぜひ」
うーん、そこまで言われると断りづらい。
知り合ったばかりの人たちのもとで食事をいただき、そこに宿泊する。
異世界に来て散々危険な目にあっている身なのに、危機感が足りないと誹られても仕方のない行為だと思う。
思うけど、どういう訳だろう?
ここの人たちは信用できると感じるんだよなぁ。
まっ、俺のその感覚自体が信用できるかどうか、怪しいもんだけどさ。
「コーキさん、我らにお礼をせてください」
「……」
「ぜひ、ぜひ」
「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます」
甘い、危機感が足りない、その通り。
でも、こういう機会は滅多にあるもんじゃない。
地底での歓待を受けることができるんだもんな。
だから、充分に警戒してということで。
「おお、よかった」
「コーキさん、では、夕食までの時間はこちらを案内しますね」
「ありがとうございます。ですが、その前に荷物を保管してもらえる場所があれば、お願いしたいのですが」
採取した薬草がたっぷりと入った鞄を持ち歩きたくはない。
「これは気が利かず、すみません。では、あちらの家の方で」
「コーキさん、どうぞこちらへ」
フォルディさんの案内で、まずは長老であるゼミアさんのお宅にお邪魔することになった。





