第414話 宴 3
「無礼な!」
「だから、無礼講だって言ってんだろうが」
「無礼講にも程がある!」
「ちっ、相変わらず融通が利かねえな。セレスさんとコーキの関係を祝って何が悪い。いいことじゃねえか!」
「ヴァーン、それ以上言ったら……ただで済むと思うなよ」
「おお、どうなるってんだ!」
ふたりとも酒のせいで自制が利かなくなってる。
さすがに、これはまずいぞ。
「貴様ぁ!」
「ディアナさん、ヴァーンさん、落ち着いてください」
間に割って入ろうと思った俺に一歩先んじたのは幸奈。
「セレスさん」
「セレスティーヌ様……」
「ディアナさん、わたしは平気です」
「……」
「何も問題ありませんから、ディアナさんもヴァーンさんも楽しくお酒をいただきましょ」
幸奈……。
さっきまでは完全に幸奈だったのに、今はしっかりセレス様をこなしている。
「でも、ヴァーンさん。わたしとコーキさんは本当に話をしていただけですよ。ちょっと行き過ぎたところもありましたが……。ヴァーンさんの考えているような関係ではありませんからね」
「……まあ、セレスさんがそう言うなら」
ほんと、大したもんだ。
「ははは。皆さん、仲が良くていいですなぁ。ヴァーンさんとディアナさんも気が合うみたいで」
「メルビン殿、それは違う。私がこんな慮外者と気が合うわけがない」
「待て待て、そりゃ、こっちのセリフだぜ」
「やはり、仲がいい。好きなことを言い合えるのが、その証拠ですよ」
「……」
「……」
こっちも見事。
簡単な言葉なのに、彼の持つ雰囲気で場の空気を変えてしまうなんてな。
冒険者としても人としても、一日の長があるってことか。
「メルビンさんの言う通りです。ふたりとも本当は仲が良いのですから、今日は楽しく過ごしましょ。ね?」
「……」
「ねっ、ディアナさん」
「……承知しました」
「ヴァーンさんも」
「……ええ」
「ふふ、よかった」
この一連の騒ぎに皆の目が集まる中。
俺は気を緩めることなく、不自然な行動をする者がいないか、横目で注視を続けている。
が……、今のところ特に変な動きは見られない。
そんな状況で、まさに今……。
「セレス様も召し上がってください」
冒険者のひとりエレナさんが酒を注いだ容器を手渡してきた。
中身は俺が日本から持ってきたワイン。
もちろん、ワインそのものには何も問題はない。
ただ、今毒を仕込んだ可能性もある。
「エレナさん、ありがとうございます」
「セレス様!」
ちょっと待て。
「どうしました?」
急いで鑑定を発動。
結果は……白。
毒は含まれていない。
「……いえ、美味しそうなお酒ですね」
「……」
「本当に美味しいワインですよ。きっとこれは、私のような冒険者が簡単に口にできるようなお酒じゃないですね。セレス様もコーキさんも気に入られるのでは? さあ、どうぞ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
毒はないし、酒を勧める動きにもおかしなところはない。
彼女の表情に裏があるようにも見えない。
そうだよな。
エレナさんは犯人なんかじゃないよな。
「セレス様、これも美味しいですよ」
今度はランセルさん。
エレナさん同様、ダブルヘッドに襲われているところを俺が救い出した冒険者だ。
その彼が差し出したのは、つまみの燻製肉。
既に鑑定済みで、何の問題も見られなかった一品。
が、再度鑑定!
……やはり、問題はない。
「これもどうぞ」
「こっちも美味しいですよ」
他の冒険者も立て続けに酒やつまみを勧めてくる。
あやしいと言えばあやしいし、そうでないと言えば、そうとも思える。
もちろん、その全てを鑑定した。
結果は……白。
「こっちも、どうぞ」
「セレス様」
「……」
一応、この席に着いた時点で、場に出されている物は全て鑑定しているし無害であることも分かっている。
とはいえ、幸奈が体に入れる前に再鑑定する必要があるからな。
とにかく、注視と鑑定。
これを続けるだけだ。
「皆さん、本当にありがとうございました」
「いえ、いえ」
「とんでもない」
「お前ら、照れるなって」
「照れてねえわ」
「いや、いや、どう考えてもそうだろ」
「「……」」
「セレス様も大人気ですなぁ」
「そんなことは……」
「そんなことありますよ。皆、セレス様と話したいと思ってますからね」
「ああ、神娘様でこんなにお美しい方なんだ。普通なら、俺たち冒険者が一緒に飲むんて考えられねえことだぜ」
「その通り! 地下だってのに、輝いて見えますぜ」
「だな」
場の雰囲気は悪くないし、おかしな動きも全く見えない。
まあ……。
この場とこのメンバーに問題があるとは到底思えないな。
思えないが……。
それなら、犯人はここにはいないということになる?
いや、さすがにそれは早計に過ぎるだろ。
事実として、この4時間の間に起こったことなんだ。
油断はできない。
……。
……。
そもそも、セレス様を害したものを視認、鑑定できない可能性だってある。
俺の鑑定で毒物は判定可能だけれど、呪いやその類の魔法は鑑定できないのだから。
「コーキ殿、厳しい顔だな。どうかしたのか?」
「気になることが?」
問いかけてきたのは、俺の隣にいるディアナとユーフィリア。
「いえ……ちょっと疲れが残っているみたいです」
「うむ、あれだけの働きをしたのだから、疲れているのも当然だ」
「ディアナの言う通り」
「無理せず休んだ方がいい」
「……」
対レザンジュ王軍のための準備とその後の実戦、そして魂替、セレス様の件という気の休まる暇もない日々。
緊張感のため自覚は無いものの、確実に疲労は蓄積しているはず。
とはいえ、ここが踏ん張りどころ。
ここを切り抜けないと、今まで頑張った意味もなくなってしまう。
休めるわけもない。
「しかし、今回はコーキさんの作戦が完璧でしたねぇ」
「……たまたま上手くいっただけです」
「そんな、そんな、偶然であの大軍を退けることなんてできませんよ」
「そうです。魔法矢に魔法の爆弾。その設置場所から発動のタイミングまで、見事なものでしたから」
「いえ……」
この時間に戻ってから2時間が経過。
時刻は11刻(22時)。
今は場所を変え、エンノアとワディン騎士たちと車座になって話をしている。
もちろん、幸奈も隣に一緒だ。
「さすがですよぉ」
俺の正面には、さっきから称賛の言葉を並べてくれるフォルディさん。
その横に祖父である長老のゼミアさんが穏やかな笑みを浮かべ座っている。
さらに、長老補佐のスぺリスさんが隣に座し、サキュルス、ゲオ、ミレンさんといったエンノアの幹部、アデリナさん、ユーリアさんもその横に。
対面するこちらには、俺と幸奈に加え、シア、アルとワディン騎士が数名。
結構な人数が集まっている状態だな。
「ワディンの方々も、そう思うでしょ」
「ええ」
「もちろん」
「コーキ殿がいなければ、我らは今ここにいられませんからね」
「先生のおかげです」
「ああ、おれもコーキさんの力だと思う」
「……」
口々に褒めてくれるのはありがたいが、こっちとしてはそれに気を取られたくないんだ。
返答がおざなりで申し訳ない。
「セレス様、杯が空いてますよ。もう少しいかがです?」
「いえ、もうお酒は沢山いただいたので」
「そうですか。では、ヴィーツ水をお持ちしましょう」
ここでも鑑定を用い片っ端から調べてみたものの、毒を見つけることはできなかった。
全く何も……。
残り時間は半分だというのに、まだ何の手掛かりも掴めていない状況に焦りだけが募ってくる。嫌な汗が滲んでくる。
すると。
「おい、セレス様に座興を見てもらおうじゃないか」
「おう、それはいいな」
「!?」
何が始まるんだ?
ここで何かが起きるのか?





