第413話 囮
テポレンの地下都市に犯人が!
このエンノアに、セレス様を2度も毒牙にかけた犯人がいる!
許さない。
絶対に許さないぞ。
必ずその兇漢を捕まえてやる。
……。
……。
しかし、いったい誰なんだ?
エンノアの民がセレス様を害するとは思えない。
シアやアル、それにワディンの者もそんなことをするはずがない。
もちろん、ヴァーンもだ。
とすると、残っているのは……メルビンさんたち。
……。
あり得るのか?
王軍との戦いで、危険を顧みず俺たちを助けてくれたあの冒険者連中が?
普通に考えたら、彼らを疑うこと自体失礼なこと。
ただ、他に嫌疑をかける相手なんていない。
エンノアとワディンに容疑者なんて……。
だったら、冒険者の中に犯人が紛れ込んでいる可能性を考えるべき。
最初からセレス様を害する目的で、メルビンさんの仲間になった異質の冒険者が存在する可能性を。
……。
それもおかしいのか。
メルビンさんたちがエンノアでセレス様に出会ったのは偶然にすぎない。
仕組んだことじゃないんだから。
そもそも、今の状況自体がいろいろと想定外なんだ。
とても狙って作り出せるとは思えない状況だろ。
安易に冒険者を疑うことはできない、か。
でも、それなら、誰が……。
……。
ワディンに裏切り者がいる?
ここまで苦労を分かち合い、生死を共にしてきた彼らの中に?
考えたくない。
ワディン騎士を信じたい。
けど、この地に兇漢が潜んでいるのなら、その可能性も……。
……。
いや、いや、全くの見当違いの可能性もあるぞ。
もしも今回と前回の凶行が同一犯によるものだとすると……。
ここにいる誰もが埒外になってしまう。
前回のテポレン山には俺とセレス様、ふたりしかいなかったんだから。
なら、2つの凶行は別人によるもの?
それとも、遠隔犯行だと?
そう、遠隔の魔法や呪いも考えられる。
しかし、仮に遠隔が可能であるなら、なぜ二度もこの地で凶行に及ぶ必要があるんだ?
分からない。
分からないことばかり。
……。
……。
ちょっと、待て!
今の幸奈の、セレス様の身体は問題ないんだろうな。
既に毒や呪いを身に受けているなんてことは?
もしそうなら、俺の手で治療することはできないぞ。
その場合は、もう一度時間遡行する必要がある。
そうだ、鑑定を使えばいい。
鑑定で何か分かるんじゃ?
……。
駄目だ。
何も分からない。
異常がないのか、鑑定で判別自体できないのか?
それすら分からない。
……。
……。
「功己、まだかな?」
「……もう少しだけいいか?」
「それなら、わたしは宴に戻るよ」
「待て! 俺も一緒に戻るから、待ってくれ」
「どうしたの、慌てて?」
「何でもない。けど……あと5分だけ待ってもらえないか、幸奈」
「……うーん、分かった」
「……」
ここに犯人がいるのか?
同一犯なのか?
遠隔なのか?
そもそも、今の幸奈は無事なのか?
何も分かっていない。
ただ、今はまだ無事だという前提で進めるしかない。
ここに犯人がいると想定して動いた方がいい。
じゃあ、これから何をする?
幸奈を部屋に隔離して他者の介入を防ぐべきか?
それとも、前の時間軸と同じように幸奈を宴に戻し、犯行現場を押さえ犯人を捕まえるか?
……。
喫緊の危機を回避するためなら、部屋に隔離した方がいい。
けど、それは問題を先送りしているだけ。
ならここは 犯人を見つけるべき!
簡単じゃない。危険もある。
が、これから4時間の間に犯行が行われるとすれば、今こそが最良にして最高の好機。
時間遡行をもう一度使えるんだ。
積極的に動くべきだろ。
「幸奈、一緒に戻ろうか」
「うん!」
「おう、コーキ、どこ行ってたんだ?」
「ちょっと部屋に戻ってた」
「忘れ物でもあったのかよ」
「まあ、そんなところだ」
今のヴァーンはメルビンさんたちと飲んでいる。
ディアナとユーフィリアもいるな。
シアとアルは、向こうでフォルディさんたちと話しているようだ。
ルボルグ隊長はゼミア長老とスぺリスさんたちエンノアの幹部と飲んでいる。
今はそういう状況……。
で、前回の時間軸の中でこの時間に幸奈は何をしていた?
「幸奈どうする?」
「どうするって、お酒を飲むけど? 駄目なの?」
「いや、そうじゃない。誰と飲むつもりだ?」
「……功己と?」
それじゃ、前回と違う流れになる。
とはいっても、俺がここにいる時点で既に流れは変わっているか。
仕方ない。
適当に動くしかないな。
「功己、わたしと飲みたくないの?」
「そんなことはないぞ。一緒に飲もう」
今夜はずっと傍で目を光らせる必要があるんだ。
幸奈から離れられるわけがない。
「それと、ここからは功己と呼ぶなよ」
「分かってるよ、もう」
本当に大丈夫か。
さっきの醜態を見ていると心配になってくる。
まあ、治癒魔法で酔いを醒ましているから問題ないと思うが。
って、今はそれどころじゃないな。
「おうおう、そんなとこにいねえで、こっち来いよ。一緒に飲もうぜ。セレスさんも」
「はい。コーキさん、まいりましょ」
「……ええ」
幸奈の左にヴァーン、右に俺。
ヴァーンとふたりで幸奈を挟むようにして席に着く。
これなら、安心だろ。
で、俺の右にディアナとユーフィリア。
向かいにメルビンさん、エレナさん、ランセルさんたち冒険者が座っている。
「で、コーキよぉ、セレスさんとふたりで何してたんだ? ベニワスレの続きか?」
おい、いきなりその話題はやめてくれ。
「……」
「セレスさん、どうなんです?」
「えっ、それは……」
「セレス様、無理に答えなくていいですから」
「でも……コーキさんと少し話をしていただけですよ、ヴァーンさん」
「そうですかぁ? 今日はホントのこと話しましょうよ」
ヴァーン、この酔っ払い。
「ヴァーン! セレスティーヌ様が困っているではないか」
「分かってねえな、ディアナはよ。今は無礼講の酒の席なんだぜ」
やめろ。
ディアナの目が凄いことになってるぞ。
「祝いついでに、コーキとセレスさんのことも祝ってやろうじゃねえか」
だから、やめろって。
ユーフィリアまで雰囲気が変わってきたじゃないか。
ほんと、勘弁してくれよ。
今の俺には、こんなことで揉めてる余裕なんてないんだからな。
けど……。
これは、好機なのか?
この中に犯人がいるとしたら、皆の目がヴァーンとディアナに向いている隙に動くことも?





