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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第8章  南部動乱編
414/701

第410話  軽い……



 幸奈、無事に日本に戻って来ることができたのに!

 喜ぶ様子もなく、ただ慌てているだけ?


「どうした? 何があったんだ?」


「それが……よく分からない。でも、そんなことより、今は時間がないから功己早く!」


 よく分からないって、何だそれ?


「ちょっと落ち着けって」


「落ち着くなんて、そんな場合じゃないのよ!」


 完全に興奮状態だな。


「……分かった、急いで戻る。ただ、異世界間移動はまだ使えないんだ。あと……5分待たないと」


「5分も?」


「……」


 そこまで急ぐ状況なのか?


「時間がないのに、5分も!」


「5分といっても、あっちでは100秒だ。すぐだろ」


「それだったら……」


「だから幸奈、少し説明してくれ」


「……分からないの。予定通り部屋で魂替を使おうと思ったら急に苦しくなって、それで魂替も発動しなくて、それで、それで……」


 急に苦しく?

 宴では元気だったろ?

 いきなり体調が悪くなったと?


「気づいたら、ここに……」


 最初は発動しなかった魂替が苦しんでいる途中で発動し、日本に戻って来れた。

 そういうことになる、か。


「で、今の幸奈は大丈夫なんだな?」


「うん、平気みたい。問題なのは、あっちのセレスさんの身体だと思う」


 ということは、魂が病んでいるわけじゃない。


「早く戻って助けてあげて。セレスさん、すごく苦しいはずだから。功己、まだなの?」


「あと2分」


 2分経てば異世界間移動を使うことができる。


「……」


「セレス様の身に何が起こったか心当たりはないか?」


「……本当に何も分からない。宴の途中で抜け出して、功己の部屋に入るまでは問題なんてなかったし」


「そうか」


 原因不明の体調不良……。


 幸奈は焦っているが、あっちのセレス様の身体は疲労が蓄積している状態なんだ。

 急に調子が悪くなるのも……おかしいことじゃないよな。

 宴で気が緩んだというのもあるんだろう。


「功己の治癒魔法なら治せると思う」


 そう、治癒魔法と魔法薬がある。

 これがあれば、問題なく治療できるはず。


「治せるよね?」


「ああ」


 おそらくは、ただの疲労。

 大きな問題はない。

 なのに……。


 妙に胸が騒いでしまう。




「功己、2分経ったんじゃない?」


「……もうすぐだな」


「だったら、準備して!」


「分かったよ。……幸奈はひとりで家に帰れるか?」


「わたしのことは気にしないで。ここは安全な日本なんだから」


 そうは言っても、和見家は問題のある家だ。


「もしもの場合は、古野白さんと武上に連絡を……」


 って、今の幸奈に日本にいたセレス様の記憶は?


「わたしの中にはセレスさんの記憶があるから大丈夫よ」


 それなら、少し安心できる。


「功己、早く!」


「了解。……異世界間移動!!」




 心配そうな表情をしている幸奈を残し渡った先は……。

 エンノアで俺に割り当てられた住居の中。

 12時間前、こっちの時間で4時間前に異世界間移動を発動した場所だ。


 世界を渡った際に起きる一時的な視界不良に目をしばたたかせ、部屋の中を探してみる……。


 いない!

 セレス様はここにいるはずじゃ?


 寝室……にもいない。


 まさか、外に出て行った?

 今すぐ治療が必要な容態なんだよな?

 動けないほどじゃないってことか?


 だとしたら幸奈、慌てすぎだぞ。


 ……。


 そんなことを考えながら居間を出て玄関に足を向けると……。


「!?」


 セレス様?

 うつ伏せの状態で廊下に倒れている!?


「セレス様!」


 急いで駆け寄り、身体を起こすようにして抱え。


「セレス様!」


 声をかける。

 が、返事はない。


「セレス様、セレス様!?」


 セレス様は目を閉じたまま。

 口を閉ざしたまま。


「……」


 濡れている……。

 セレス様が真っ赤に染まって……。


「……」


 俺の腕の中、彼女の身体から感じるのは温もり。

 確かな温もりだ。

 だから……。


 違うよな?

 大丈夫だよな?


 けど、この軽さは。

 この鮮血は……。


 ……。


 あの時と同じ。

 魔落から脱出したあの時、テポレン山で経験したあの……。


 違う!

 そんなこと!


「セレス様っ!!」


 目も口も開いてくれない。


 ……。


 ……。


 手を口元に……。

 手首に……。


 ……。


 ……。


 ない。

 何も感じられない……。



「セレス……」


 ……。


 ……。


 ……嘘だ!


 そんな、嘘だよな!!


 ……。


 ……。


 頭が働かない。

 胸が痛い。

 心臓がうるさい。


 呆然と腕に抱えたまま……。


 温もりが消えていく。


 ……。


 ……。


 セレス様とふたり。

 物音ひとつしない廊下にふたり……。


 ひとり……。




 広場からは喧騒が聞こえてくる。

 喜びにあふれ、生気に満ちている。

 密度を持った塊のように俺にのしかかってくる喧騒。


 ……重い。


 なのに。

 なのに、腕の中は……軽い。


 また俺は……。


 ……。


 ……。







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― 新着の感想 ―
[一言] えぇぇえ!! 今さらあのときのが!?Σ(゜д゜lll)
[良い点]  な、なにぃ!?  ここでセレス様が!?  一体何が!
感想一覧
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