第410話 軽い……
幸奈、無事に日本に戻って来ることができたのに!
喜ぶ様子もなく、ただ慌てているだけ?
「どうした? 何があったんだ?」
「それが……よく分からない。でも、そんなことより、今は時間がないから功己早く!」
よく分からないって、何だそれ?
「ちょっと落ち着けって」
「落ち着くなんて、そんな場合じゃないのよ!」
完全に興奮状態だな。
「……分かった、急いで戻る。ただ、異世界間移動はまだ使えないんだ。あと……5分待たないと」
「5分も?」
「……」
そこまで急ぐ状況なのか?
「時間がないのに、5分も!」
「5分といっても、あっちでは100秒だ。すぐだろ」
「それだったら……」
「だから幸奈、少し説明してくれ」
「……分からないの。予定通り部屋で魂替を使おうと思ったら急に苦しくなって、それで魂替も発動しなくて、それで、それで……」
急に苦しく?
宴では元気だったろ?
いきなり体調が悪くなったと?
「気づいたら、ここに……」
最初は発動しなかった魂替が苦しんでいる途中で発動し、日本に戻って来れた。
そういうことになる、か。
「で、今の幸奈は大丈夫なんだな?」
「うん、平気みたい。問題なのは、あっちのセレスさんの身体だと思う」
ということは、魂が病んでいるわけじゃない。
「早く戻って助けてあげて。セレスさん、すごく苦しいはずだから。功己、まだなの?」
「あと2分」
2分経てば異世界間移動を使うことができる。
「……」
「セレス様の身に何が起こったか心当たりはないか?」
「……本当に何も分からない。宴の途中で抜け出して、功己の部屋に入るまでは問題なんてなかったし」
「そうか」
原因不明の体調不良……。
幸奈は焦っているが、あっちのセレス様の身体は疲労が蓄積している状態なんだ。
急に調子が悪くなるのも……おかしいことじゃないよな。
宴で気が緩んだというのもあるんだろう。
「功己の治癒魔法なら治せると思う」
そう、治癒魔法と魔法薬がある。
これがあれば、問題なく治療できるはず。
「治せるよね?」
「ああ」
おそらくは、ただの疲労。
大きな問題はない。
なのに……。
妙に胸が騒いでしまう。
「功己、2分経ったんじゃない?」
「……もうすぐだな」
「だったら、準備して!」
「分かったよ。……幸奈はひとりで家に帰れるか?」
「わたしのことは気にしないで。ここは安全な日本なんだから」
そうは言っても、和見家は問題のある家だ。
「もしもの場合は、古野白さんと武上に連絡を……」
って、今の幸奈に日本にいたセレス様の記憶は?
「わたしの中にはセレスさんの記憶があるから大丈夫よ」
それなら、少し安心できる。
「功己、早く!」
「了解。……異世界間移動!!」
心配そうな表情をしている幸奈を残し渡った先は……。
エンノアで俺に割り当てられた住居の中。
12時間前、こっちの時間で4時間前に異世界間移動を発動した場所だ。
世界を渡った際に起きる一時的な視界不良に目をしばたたかせ、部屋の中を探してみる……。
いない!
セレス様はここにいるはずじゃ?
寝室……にもいない。
まさか、外に出て行った?
今すぐ治療が必要な容態なんだよな?
動けないほどじゃないってことか?
だとしたら幸奈、慌てすぎだぞ。
……。
そんなことを考えながら居間を出て玄関に足を向けると……。
「!?」
セレス様?
うつ伏せの状態で廊下に倒れている!?
「セレス様!」
急いで駆け寄り、身体を起こすようにして抱え。
「セレス様!」
声をかける。
が、返事はない。
「セレス様、セレス様!?」
セレス様は目を閉じたまま。
口を閉ざしたまま。
「……」
濡れている……。
セレス様が真っ赤に染まって……。
「……」
俺の腕の中、彼女の身体から感じるのは温もり。
確かな温もりだ。
だから……。
違うよな?
大丈夫だよな?
けど、この軽さは。
この鮮血は……。
……。
あの時と同じ。
魔落から脱出したあの時、テポレン山で経験したあの……。
違う!
そんなこと!
「セレス様っ!!」
目も口も開いてくれない。
……。
……。
手を口元に……。
手首に……。
……。
……。
ない。
何も感じられない……。
「セレス……」
……。
……。
……嘘だ!
そんな、嘘だよな!!
……。
……。
頭が働かない。
胸が痛い。
心臓がうるさい。
呆然と腕に抱えたまま……。
温もりが消えていく。
……。
……。
セレス様とふたり。
物音ひとつしない廊下にふたり……。
ひとり……。
広場からは喧騒が聞こえてくる。
喜びにあふれ、生気に満ちている。
密度を持った塊のように俺にのしかかってくる喧騒。
……重い。
なのに。
なのに、腕の中は……軽い。
また俺は……。
……。
……。





