第407話 よかったね!
「ところで、コーキ殿はあの剣技をどこで磨かれたんです?」
「私もそれが知りたかったんです。ジルクール流派や、冒険者の動きじゃありませんよね?」
「……そんなに変わってますか?」
酒に飲まれたユーリアさん、アデリナさん、それにシアと話をした後、今はメルビンさんたち冒険者連中と酒を酌み交わしているところ。
やっと酔っぱらいから解放されたと思ったら、こっちでも質問の嵐。
まったく落ち着かないな。
とはいえ、久しぶりに冒険者とこうして話をするのも悪くない。
新鮮な時間だ。
「おかしくはないですよ。ただ、コーキ殿の剣技に興味があるだけで」
「そうです、そうです!」
メルビンさん、エレナさんの目は純粋な好奇心に満ちている。
「剣姫の動きも独特ですけど、あれは冒険者風の剣さばきの発展形というか、まだ理解できるんですよね。でも、コーキさんの剣は違いますから」
「秘密の流派ですかい? それとも、コーキ流とか?」
他の冒険者も興味があるんだな。
まっ、確かに俺の剣はこの世界の剣術とは異なっている。
剣を生業にすることが多い冒険者としては、気になるところなんだろう。
「そうですねぇ……、私の国の剣技に改良を加えという感じでしょうか」
「おお、そういえばコーキ殿は遠国の出身でしたな」
「ええ」
「異国の剣技! なるほど、そういうことかぁ……。ところで、少し剣の手解きなんて、無理ですかね?」
「エレナさんにですか?」
「はい! 駄目でしょうか?」
「待て、待て、俺も教えてもらいたいぞ」
「そうだ、エレナだけ抜け駆けすんじゃねえ」
「何言ってんのよ。私はコーキさんとは昔からの知り合いなんだからね」
「俺もだ」
「……」
まいったな。
普段から酒を飲み慣れているこの冒険者たちが酔っているとは思えないが……。
これが素ってことか?
「皆、それくらいにしておけよ。コーキ殿が困ってるだろ」
「けどよ、メルビン。こんな機会滅多にないんだぜ」
「そうだ。剣姫は人に剣を教えるような雰囲気じゃなかったけど、コーキさんは優しそうだからよ」
「……」
イリサヴィアさんは、確かに近寄りがたい空気を放ってるよな。
本当はいい人なんだけどさ。
「駄目だ、駄目だ。コーキ殿は忙しいんだ」
「「「……」」」
いやいや、そんながっかりしたような顔しないでくれ。
「「「……」」」
はぁぁ。
仕方ない。
「手が空いている時で良ければ、少し見ましょうか?」
「えっ! ホントに?」
「ええ」
「ありがとうございます、コーキさん」
「恩に着るぜ」
「おお、楽しみだ」
「……いいんですか?」
「はい。少しだけですが」
ここまで喜んでくれるならな。
こっちとしても悪い気はしないからさ。
「感謝します、コーキ殿」
「いえ。ところで、さっき話に出たイリサヴィアさんですが……今はオルドウに滞在しているのでしょうか?」
「今朝早く街を出てキュベルリアに向かったみたいですよ」
「オルドウでの用事を済ませて王都に向かったと?」
「詳しいことは私も知りませんので。ただ、急ぎ王都に戻る必要があるとか言ってましたね」
そうか。
イリサヴィアさんは白都に戻ったんだな。
なら、俺が王都を訪問すればリーナとオズを紹介してもらえる。
今すぐは無理でも、幸奈とセレス様の件さえ解決すれば!
「コーキ殿、その、剣の話のついでと言っては何なのですが……」
ん?
彼は……剣ではなく魔法を扱う冒険者だな。
「魔法も少し手解きしてもらえないでしょうか」
「おお、それはいい!! コーキさんの魔法も凄いからな」
剣に加えて魔法も?
さすがに、それは……。
メルビンさんたち冒険者連中との楽しくも困った酒を終え、時刻はそろそろ10刻(20時)になろうかというところ。
宴の盛り上がりは最高潮。
なら、俺はこの辺で抜けるとしよう。
ゆっくりと席を立ち、宴会場の広場をあとにする。
そんな俺に気付く者もいるが、皆酒と会話に忙しいようだ。
ということで、誰に止められることもなく割り当てられた自室へと足を進め……。
「待って、功己!」
部屋の前に着いたところで、幸奈が駆け寄ってきた。
「……抜け出していいのか?」
「うん、功己と話がしたいから」
「そのわりには、広場では避けてただろ」
「だって、それは……恥ずかしいわよ。あんな事の後なんだから。功己も同じでしょ」
その通り。
今、皆の前で幸奈と話をするのは、気恥ずかしいものがある。
「で、俺を追ってきたんだな」
「そう、そう。功己には聞きたいこと沢山あるんだから」
「……」
「へへ、色々と教えてもらうわよぉ」
「……ちゃんと話せるのか?」
「あったり前でしょ」
とてもそうは思えない。
酒気の残った真っ赤な顔と目をしてるぞ。
それに……俺の腕を胸に抱え込んでいる。
「……落ち着いて話す感じじゃないな」
「ええ~、どうしてよ?」
「幸奈が酔ってるからだ」
「わたし、酔ってないよぉ」
いーや、完全に酔っぱらっている。
「酔ってない。功己と話すんだから」
その証拠に、胸に抱えた俺の腕を引っ張り回してるだろ。
「……」
はぁ~。
治癒魔法を使うか。
酔い覚ましの効果もあるはず。
「……えっ!? ええ!?」
治癒魔法の効果が現れた途端。
今度は違う意味で顔を赤らめた幸奈が、俺の腕を離して一歩後ろに飛びのいた。
「ち、違うんだよ。わたし、その……」
「大丈夫、分かってる」
「そ、そうよね……ごめんね?」
そう言って俺を見上げてくる幸奈。
「……」
さっきから、セレス様の姿でそれをするのはどうなんだ。
元に戻った時、セレス様がどう思うか……。
「でも、これで話ができるね」
「……だな」
ということで、これまでの事を簡単に話すことになった。
魂替以降の話だけじゃない。
俺が異世界に来ることになった経緯もだ。
「そんなことが……」
そりゃ、驚くだろう。
けど、今の幸奈はセレス様の記憶を持っている。
その身体でここまで暮らしてきた経験もある。
「信じがたいことだけど、今ここにいるわけだし。……すべて真実なのね」
「ああ、そうだ」
「そう……」
そんな幸奈だから、理解も早いか。
「……良かったね、功己」
良かった?
「夢を叶えて、こんな冒険ができているんだもん。ずっと頑張ってきたのも、このためだったんでしょ」
「……」
「私も嬉しいよ」
そんな笑顔で……。
「よかったぁ」
「……」
「ホントに」
「……そう思ってくれるのか?」
「もちろん。功己が嬉しいと、わたしも嬉しいんだよ」
「そうか……」
20歳になるまでずっと異世界のことばかり考えて、幸奈のことを放っていたのに。
それなのに、幸奈は……。
「ほら、そんな顔しないで。功己は、もっと喜んでいいんだよ」
「……」
ごめんな、幸奈。
そして、ありがとうな。
「でもさ、今は急がないといけないね」
「……急ぐって、何を?」
「入れ替わりだよ。早くセレスさんをこの世界に戻してあげないと」





