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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第8章  南部動乱編
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第403話  ベニワスレ 2



「王軍が撤退したってのは本当だったのか」


「信じがたいが、実際に麓にもどこにも姿が見えなかったからな」


「ああ」


「偵察隊の情報通り、撤退に間違いはない」


「……だな」


 偵察隊から王軍撤退の報を受け、ヴァーンとともに急遽レザンジュ側の麓まで足を運んで確認したところ……。


 昨日まで存在していたはずの王軍本陣には兵士のひとりもおらず、数日にわたる野営の痕跡が残っているだけだった。


「しっかし、まだ数千は残ってたのによ。昨日の大敗でよっぽど懲りたみてえだな」


「いや、一時撤退しただけで、また大軍を連れて戻ってくるかもしれないぞ」


「……」


「用心はしておいた方がいい」


「勘弁してくれ」


「まっ、当分の間は王軍も大人しくしてるだろ」


 すぐに再攻勢をしかけるつもりなら、麓の拠点を引き払う必要なんかない。

 麓を去ったということは、少し時間を空けるはずだ。


「当分じゃなく、ずっと来なくていいぜ」


「そう甘くはないだろうな」


「ちっ、幕引きがどこになるか分かったもんじゃねえ」


 本当にいつまで続くことやら。

 セレス様の身がここにある以上、王軍が諦めることもないだろうし……。


 まあ、それを決めるのはレザンジュ王か。

 俺が考えても仕方ないことだな。



 そんなことを話しながら、向かう先は昨日の戦場跡。

 そこにセレス様とシアがいると聞いたからだ。


「おっ、セレスさんとシアがいるぞ」


 坂下から見上げた先には、シアとワディン騎士の姿。

 少し離れた位置にセレス様の姿をした幸奈がひとりで立っている。


「……」


 幸奈がいるのはベニワスレの大木の下。

 昨日の戦闘時と同じ場所。

 俺が助けた場所だ。



「先生、どうしたんです? ヴァーンも?」


「麓の偵察から戻ったら、シアとセレスさんが出掛けたっていうからよ。様子を見に来たんだぜ」


「そういうことね」


「で、何してんだ?」


 幸奈がひとり、シアたちから離れてベニワスレを見上げている。


「セレス様がひとりになりたいって」


「ん? ……あの木に何かあんのか?」


「分からない。でも、昨日もあの大木を気にされていたから」


 そういえば、昨日も幸奈は何かを考えるようにしてあの木を眺めていたな。

 折れた枝も捨てずに持ち帰っていた。


 その枝、今も手にしている……。


 ……。


 ベニワスレの大木の下。

 静かに散る花びらの中に佇む幸奈。

 身動(みじろ)ぎもしない。


 まるで一枚の絵画から切り取られたかのような清冽な眺めに、言葉を失くしてしまう。

 俺も、ヴァーンも、シアも。


「……」


「……」


「……」


 と、幸奈が顔を横に。

 あれは……!?


 頬が濡れている!

 泣いている?

 ベニワスレを見て、どうして?


「……なさい」


 幸奈、今何て言ったんだ?


「ごめんなさい、功己」


「……」


 謝っているのか?

 俺に?


 それに、功己と?

 功己と言ったよな!


 俺の耳だからこそ、とらえることができた。

 テポレンの風が運んでくれた僅かな音。


 ……まさか!!



「コーキ、行ってやれよ」


「先生、セレス様をお願いします」


「……」


 ふたりに幸奈の声は届いていないはず。

 なのに、雰囲気で察したと?


「……ああ」


 ヴァーンとシアの一言で、止まっていた俺の足が動き出す。

 一歩、一歩、ゆっくりと幸奈のもとへ。



「……」


「……功己?」


(まなじり)に光るものを溜めながら、振り向く幸奈の眼の中にあるのは……。


 この輝きは……幸奈?


「……」


「幸奈なのか?」


「……うん」


 本当に?

 幸奈が記憶を取り戻した!


「そうよ、功己。 わたし!」


 この口調、昨日までとは違う。

 間違いない!

 幸奈だ!


 幸奈が戻ってきた!!

 幸奈が!!


 ……。


 安堵と喜びと驚きと。

 一瞬にして入り乱れる感情に、心が追いつかない。


 ただ……。


 ただ、良かったと……。



「功己!」


 えっ?

 幸奈が飛び込んで?

 俺の胸に!?


「……ごめんなさい」


「……」


 弱々しい。


「わたし、忘れて……」


 絹糸のように細い声。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 胸の中。

 漏れる声から伝わってくる。


「……いいんだ。幸奈のせいじゃない」


「でも……」


「いいんだ」


「……」


「……」


「……功己」


 俺の腰に回した腕に力が!

 幸奈が、俺を強く抱きしめてくる。


「……」


 俺は……。

 俺は……。


 ……。


 ……。


 腕が持ち上がる。

 まるで意志を持つかのように、その腕が幸奈の背中に回る。


 止まらない。

 止められない。


 ……。


 そして……。


 ……。


 抱きしめた。


 その華奢な背を、ゆっくりと、優しく……。


 優しく、優しく……強く!






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― 新着の感想 ―
[良い点]  前回と今回……情景がかなり綺麗です。  一緒に梅を眺めています。  幸奈ちゃんはセレス様と違って良い雰囲気の持ち主ですね。 [一言]  お疲れさまです。  今回もありがとうございます。 …
[良い点]  ついに幸奈が戻ってキター!  しかし、周りにはどう思われてるんだろう……
[一言] 素敵なシーン\(//Д//)/
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