第400話 心の中に
今日は2話更新です。
まずは、1話目を。
イリサヴィアさんとメルビンたちを麓まで案内した俺とミレンさん。
そのままテポレン山を上り、日が暮れる前にはエンノアに戻ることができた。
ふたりでエンノアの地下に入る直前。目に入ってきた薄暮のテポレン山はとても穏やかで、日中の苛烈な戦闘が嘘のよう。その静謐な美しさを前に複雑な感慨が込み上げてきたのも仕方のないことだと思う。
そんな思いを抱きながら戻った地下では、戦場の片づけを終えたエンノアとワディンの皆が宴の準備をして俺たちを迎えてくれた。
……。
今朝までの表情とは打って変わった皆の笑顔に、さっきの感慨など忘れ嬉しくなってしまう。
ただ……。
今日の戦闘で勝利を収めたからといって、王軍が消滅するわけではない。
いまだ多くのレザンジュ王軍が、待機しているはず。
明日また攻め寄せてくる可能性もないとは言えない。
気を緩めていい状況じゃないんだ。
でもまあ、少しくらいは今日の勝利を祝ってもいいよな。
ずっと緊張状態が続いてきたワディン騎士とエンノアには緩和も必要だろうから。
偵察隊の報告によると、王軍に再進攻の兆候はないとのことだし。
ということで、ささやかな宴が行われることになったんだ。
豪華な食材はない、酒もない質素な宴。
それでも、皆は戦勝の興奮に身を任せて十分に楽しんでいる。
ワディンにとってもエンノアにとっても、王軍を自らの手で撃退したという事実は何物にも代えがたい最高の肴。そういうことなんだろう。
ささやかながら賑やかな宴。
そんな中、幸奈だけは心ここにあらずといった様子。
……。
宴の間に何度か話しかけてみたものの、返ってくるのは空返事のみだった。
時折見せる笑顔も、どこか翳りがあるような……。
まあ、戦争というものを初めて目の当たりにしたんだ。
思うところもあるだろうし、心から楽しめる心境じゃないのも理解できる、か。
外見はセレス様でも中身は生粋の日本人なのだから。
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<和見幸奈視点(姿はセレス)>
レザンジュ王軍との戦いに勝利した夜。
わたしとシアさんはエンノアの皆さんに与えられた寝室で身体を休めようとしていたのだけれど……。
「セレス様、眠れないのですか?」
「シアさんこそ」
「わたしは……まだちょっと興奮しているみたいです」
興奮?
そうね。
「……今日は大変な一日だったから」
昼の戦闘に夜の宴。
シアさんに高揚が残っているのも無理はない。
「……勝てて良かったです。こうしてセレス様と夜を迎えることができて」
「ええ……」
「本当はわたし……勝利を信じても、信じようとしても心配で」
「……」
1万もの王軍との戦いを心配するのは当然だと思う。
この勝利は奇跡に近いものなのだから。
「本当に良かったです。犠牲も最小限で本当に……」
「そう、ね」
犠牲者が出たのは残念だけれど、僅かな犠牲で済んだことを幸いと考えるしかない。
「私たちを護ってくださった騎士の皆さんも無事でしたし」
アル君もディアナさんもユーフィリアさんも無事。
もちろん、コーキさんも。
それに、シアさんにとっては。
「ヴァーンさんも無事だったしね」
「っ! セレス様ぁ!」
真っ赤な顔をしてうつむくシアさん。
ふふ。
ヴァーンさんの話になるとすぐ照れるのね。
「戦いが始まる前に、ヴァーンさんとふたりで何を話していたの?」
「セ、セレス様、見ていたのですか?」
「目に入っただけよ」
「……頑張れって言ったんです」
「それだけ?」
「知りません!」
「本当?」
ホント、可愛い。
「セレス様、意地悪ですぅ」
わたしを心配して、いつも一緒にいてくれるシアさん。
今はもう実の妹のように感じてしまう。
記憶の中にあるわたしの感情以上のものを、シアさんに抱いてしまっている。
……。
こんなに可愛いシアさんが悲しむ姿は見たくない。
それひとつとっても、今日の戦いを無事に終えることができて良かったと思える。
「ごめんね。シアさんがあまりにも可愛かったから、つい意地悪しちゃったの」
「……」
今日も明日も明後日も、こうして笑顔のシアさんと一緒に時を過ごしたい。
シアさんとの時間は、とっても心が落ち着く幸せな時間だから。
心から、そう思う。
なのに……。
こうして楽しく話していても、心の中のコレが消えることはない。
何とかしないと駄目。
その思いは強まるばかり。
もうそこまで出かかっているコレを!
……。
……痛っ!?
「セレス様?」
「大丈夫、少し頭痛がしただけ」
「本当ですか?」
「ええ、休めば良くなるから」
「そうですよね。今日はお疲れですものね。それなのに、遅くまで……申し訳ありません」
「シアさんが謝る必要はないわ。わたしも楽しかったのだから」
「……」
「もう休むから、シアさんも休んでね」
「……はい」
寝具の中、ゆっくりと目を閉じ……。
向き合おう
もう、これ以上放置すべきじゃない。
……。
……。
わたしは……ずっと逃げてきた。
考えようとすると痛み出すわたしの頭。
最初はただ戸惑うことしかできなかったけれど、ある時期からは分かっていたと思う。
痛みの先にあるのは本当のわたし。
今のわたしじゃない、真のわたし。
今のわたし以外に何があるのか分からない。
おかしなことを考えているとも思う。
でもきっと、そこには真実がある。





