第398話 凶報
<イリアル視点>
「んだと! 俺は休暇を取る予定なんだぞ」
「予定は変わるもの。休暇はその後だな」
おい、嘘だろ!
「ここまで働きづめだって分かってんのか? そこまでやってられっかよ!」
「まあ、そう言うな。それに、この地にいてもしばらくは休めないと思うぞ」
「……」
人使いが荒すぎる。
ホント、やってらんねえ。
「ボスもお前のことはちゃんと考えてくれている。それに、念願の黒都なんだ。仕事の合間に楽しめばいい」
「……ってことは、カーンゴルムじゃあ楽しむ余裕があるんだな?」
ローンドルヌ河、トゥレイズ、テポレンと、こっちは全く余裕がなかったんだぜ。
まっ、余裕があっても遊ぶ場所なんてなかったけどよ。
「……多分」
「何だ、それ!」
「いや、まあ、何とかなるだろ。お前ならな」
「ちっ!」
適当なこと言いやがって。
「で、カーンゴルムでは何が起きたんだ?」
「驚くぞ」
何を今さら。
「いいから、早く教えろ」
こっちは、お前と違って自由の身じゃねえ。
早く戻んねえと厄介なことになるんだ。
とっとと話しやがれ。
「実はな……」
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<リーナ視点(剣姫イリサヴィア)>
「はぁ……」
やっぱり、あそこで打ち明けるべきだっただろうか?
実は私がリーナだと。
剣姫イリサヴィアは仮の姿だと。
……できるわけがない。
あの場にはメルビンたち冒険者がいたのに。
ラピタルの偽宝を外して真の姿を見せるなんて、そんなことは!
けれど、今になって思えば。
姿を戻すことはできなくても、言葉だけでも伝えれば良かったのでは?
私はリーナだとアリマにだけ聞こえるように伝えれば?
……。
……。
「はぁぁ」
動転してしまったんだ。
アリマがあのコーキである可能性、それは十分に理解していたのに。
実際、その事実を知ると。
情けない。
……。
でも、あいつ。
私とオズのことを大切な友人だと言っていた。
私とオズに会うために王都まで行くと言い切った。
そうか……。
コーキも私たちと同じ思いだったんだな。
それを知れただけでも良かった。
心が、身体が温かくなってくる。
……。
……。
そうだな。
溜息は必要ないな。
王都で待つ必要もない。
明日だ。
明日会いに行けばいい。
メルビンたちがテポレン山に上るのは明日。
彼らに同行すればいいだろう。
そして、コーキを人気のない場所に誘い、ラピタルの偽宝を外す。
それで万事解決だ。
明日……オズを連れて行ってもいいだろうか?
できるなら、一緒に再会を喜びたい。
けど、王太子を山に連れ出すのは……。
オズと一度話をしてから、決めよう。
……。
……。
しかし……遅いな。
オルドウの領主館に入って半刻(1時間)が経つというのに、まだオズの現れる気配がない。
いつもなら、すぐに顔を出すオズが今日に限って。
この領主館に呼びつけたのはオズ本人だというのに……。
何かあった?
そういえば、館全体が騒がしいような気もする。
一国の王太子がオルドウを訪問しているのだから、館の者たちが平静ではいられないのも分かるが……。
……。
っと、ようやくか。
「待たせたね、リーナ」
扉を開けて休憩室に入ってきたのは、美しい金の髪をなびかせた青年。
キュベリッツ王国王太子オズワルド。オズだ。
「……いえ」
「カーンゴルムからオルドウまで来るのは大変だったろう」
「殿下の命令とあらば、どこへなりとも馳せ参じます」
「ふふ、かたいなぁ。ということで、皆は外に出ているように」
「「「「「はっ」」」」」
オズの一言で、護衛騎士が部屋から姿を消す。
「これでふたりきりだ。気楽に話してくれるかな?」
「……分かったわ」
いつもこの調子。
おかげで、こっちも剣姫の仮面がはがれてしまう。
困ったものだけど、今日は都合がいい。
取り繕って話したくないから。
「話があるのよ」
「話があるんだが」
ふたり同時に同じ言葉が口をつく。
「ん? リーナから話すかい?」
「いいえ」
オルドウに私を呼んだのはオズ。
彼が先に話をするべきだ。
「オズの話を聞くわ」
「そうかい。なら、良い話と悪い話、どちらから聞きたい」
「……良い話からでいいかしら」
「もちろん。では、良い話からにしよう。僕がオルドウに来た理由は話していなかったと思うんだが……」
私は急ぎオルドウに来るようにと告げられただけだから、オズがここにいる理由なんて知るわけがない。
「それが良い話だ。リーナ、驚くなよ」
「ええ」
最近は驚いてばかり。
だから、もう驚くこともないでしょ。
「オルドウ近くにある常夜の森にダブルヘッドが現れた。しかも、2頭。災害級魔物ダブルヘッドが2頭もだ。君も知っての通り、冒険者の活動域にこのような魔物が現れることは災厄以外の何物でもない」
「……」
「まあ、君がいれば単独で退治することも難しくないんだろうけれど、オルドウにはそのような腕利きはいない。そう、いないはずだった」
「……」
「ところが、どこからともなく現れた新人冒険者がそのダブルヘッドを倒したというんだ」
「それで?」
こちらは、あのドラゴンのようなとんでもない魔物の相手をしたばかり。
それに、アリマが連れている従魔。あれは、おそらくはダブルヘッドの亜種。
今さらダブルヘッドと聞いても……。
「新人冒険者がダブルヘッドを倒したというだけでも驚きの事実。僕が褒賞を与える価値のある案件。けど、僕がここに来た理由はそれじゃない」
「……」
「なんと、その新人冒険者の名前がコーキというんだ。しかも、黒髪、年齢は20歳! そう、あのコーキだよ。あのコーキがついに見つかったんだ!」
「……」
「ん? リーナ、嬉しくないのかい? あれほど執心だったのに」
「……嬉しいわ。それで、彼に会ったの?」
「それが行き違いになったみたいでね。オルドウにいないんだよ」
でしょうね。
さっきまで私と一緒にいたんだから。
でも、これで。
ふふ。
これまでの話をしたら驚くわよ、オズ。
「コーキが見つかったというのが良い話。会えなかったというのが悪い話。といっても、近い内に会えるだろうから、そう悪い話でもない」
「それは嬉しいわね」
「……リーナ、何か変だぞ」
「変じゃないわ。ちょっと疲れているだけ。それで、話はそれだけかしら?」
だったら、私が話すわよ。
「残念ながら悪い話はまだ続くんだ」





