第40話 テポレン山 3
少し遠かったとはいえ、横に跳ぶようにして避けられた。
どうやら、これまで相手にしてきた魔物とは違うようだ。
それでも、その間に襲われていた男性の傍らに到着。
間に合った!
「大丈夫ですか?」
「あ、あなたは?」
「通りすがりの者です。傷は平気ですか?」
「……脚をやられましたが、なんとか」
確かに、派手にやられているように見えるが、深い傷ではなさそうだ。
「それは良かった」
「そんなことより、逃げてください! あれはブラッドウルフですよ」
「……」
ブラッドウルフ?
魔物図鑑で見たような気もするが、詳しくは覚えていない。
この辺りには生息していなかったような……。
「なぜブラッドウルフがここにいるのか分かりませんが、あいつは間違いなくブラッドウルフです。だから、逃げてください」
やはりそうか。
生息地域が異なる魔物は読み流していたから、このブラッドウルフのことも覚えていないのだろう。
しかし、ブラッディではなくブラッドなんだな……。
「強そうですね」
「強いどころじゃありません、早く逃げて!」
あれだけ怖がっていたのに、俺を逃してくれようとするのか。
こんな危機的状況でさえ優しさを見せてくれる男性に、魔物と対峙しているにもかかわらず、笑みがこぼれてしまう。
そんな人を俺が見捨てることなんて、できるはずもない。
「大丈夫です、任せてください。」
ブラッドウルフがどれほど強いか知らないが、選びうる選択肢は戦うことのみ。
「そんな……」
「少し離れておいてください」
「……」
不承不承ながらも距離を取ってくれた。
これでじっくりと相手できるな。
この男性を庇うようにして前に進み、ブラッドウルフと対峙する。
ブラッドウルフの方も、突然乱入してきた俺を警戒するように左右に動きながら、機をうかがっているようだ。
しかし、この魔物……。
近距離から見ると、かなり大きいな。
体長3メートル以上はありそうだ。
赤みを帯びた茶色の毛並みに血のように紅い眼。
まさにブラッドウルフの名に相応しい威容だな。
「グルルルゥ」
低く唸るブラッドウルフ。
まだこっちに向かってくる素振りはない。
慎重な魔物だな。
なら。
こちらから、いかせてもらおうか。
「風刃」
鋭い風の刃で切り裂く魔法。
殺傷力は高くないが、5メートルまで拡張できる不可視の刃とその速さが特徴の使い勝手の良い魔法だ。
「ウウゥ」
また、避けた。
この距離であの速さの魔法を上に跳んで避けたぞ。
目視できないはずなのに……。
魔法を感知する能力が高いのか。
「グオォォ」
っと、感心している場合じゃない。
さっきまでの様子見から一転。
俺の魔法を避けたその体勢のまま突進してくるブラッドウルフ。
「危ない!」
背後から声が上がる。
跳びかかってくるブラッドウルフ、風を切るようにその腕が振るわれる。
右手の爪がこちらを襲う。
鋭く頑強そうな爪、まともに貰うとただじゃ済まない。
速い!
それでも、今の俺にはまだ余裕がある。
ギリギリのところまで引き寄せた後、左に躱しつつマチェットでブラッドウルフの右肩に一撃を加える。
「ウウゥ!」
この距離では避けることなどできるはずもないので、しっかりとブラッドウルフの体表に斬りつけることができたのだが……硬い。
「なんだあの動きは? すごい……」
背後から、そんな声が聞こえてくる。
が、ほとんど効果のない一撃だろう。
この魔物、相当硬いな。
狼のような生物を斬りつけたとは思えない感触が手に残っている。
「ウゥ、ワウゥゥゥ」
ブラッドウルフの右肩には少し血がにじんでいる。
本当に少しだけだ。
このマチェットで普通に斬りつけるだけでは難しいか。
なら……。
「グオオォ」
さっきまでの慎重さはどこへやら。
軽傷ながらも傷を負ったことに激高したのか、連続で跳びかかってきた。
今度は右に跳び退き。
「雷撃」
ブラッドウルフの伸びきった身体に向けて放った雷撃。
紫電はまっすぐに走り。
ブラッドウルフを、きっちりと捉えた。
「ギャン!」
「やった!!」
悲鳴を上げながら距離をとるブラッドウルフ。
足にきているようだが、倒れるほどではないのか。
「ああぁ、あの魔法でも駄目なのか」
「……」
ひとり言が多いな。
少しばかり気になってしまう。
とはいえ、後ろの男性の言う通り。
今の雷撃で倒しきれないとはな。
それなりに大きな魔力を込めて放った雷撃だったのに。
……。
この魔物はひと味違うようだな。
魔法を感知する能力と高い防御力を持っていると。
「どうすればいいんだ」
相変わらず賑やかな後ろのギャラリーとは異なり、静かに距離をとっているブラッドウルフ。
また警戒するようにこちらを眺めている。
やっぱり、雷撃が効いているようだな。
おそらく、さっきのような雷撃をあと数発撃ち込めば倒すことも可能だろう。
が、残りの魔力のことを考えると、魔力はなるべく節約したいところ。
この後も何が起こるか分からないからな。
ならば、マチェットで首筋を突き刺すか目をやるか。
……。
よし、ここは剣で勝負だな。
手にしていたマチェットを地面に突き立て、腰から剣を引き抜く。
剣を正眼に構え、魔力で剣の表面をなめるようにコーティング。
……完了。
いつでもいいぞ、ブラッドウルフ。
こちらの気迫に躊躇うような素振りを見せたのも、ほんの僅かの間。
湧き上がる俺への怒りが警戒心と恐怖を上回ったようで、再度突進の体勢に入った。
よし、かかってこい。
工夫もなく同じような突進を繰り返してくるブラッドウルフ。
強力な魔物と言っても、知能は低いのだろう。
剣を上段に構えなおし。
最前と同じように右に跳び退く。
ブラッドウルフの真横。
無防備にさらしている身体とその首筋が目の前にある。
ここだ!
上段から一閃。
魔力を込めた剣が、ブラッドウルフの首筋を通り。
通り抜けた剣身が……。
ドゴン!
地面に激突してしまった。
剣身にまとっていた魔力も大地に放出してしまう。
……。
ブラッドウルフは突進した勢いのまま数メートル進み。
脚が止まり……。
ドン!
頭が首元からこぼれ落ちた。
さらに。
ドッスン!
巨体が地面に沈む。
勝負ありだな。





