第395話 テポレン山の戦い 18
「「「「「「「「うわぁぁ!!」」」」」」」」
「こんなの、どうしようもねえ!」
「逃げるぞ!」
「退却だ!」
「止まれ、止まるんだ!!」
「いやだ! こんな所で死にたくねえ」
「無駄死にだ」
「止まれぇ、敵前逃亡は許さん!」
「やってられるかぁ!」」
「ああ! こんな戦い、付き合ってらんねえ」
「止まらねば、軍規違反だぞ!!」
「知るか!」
「命の方が大事なんだよ」
敵の指揮官は兵を扇動するための何らかの手段を持っている。
そう思っていたのだが、ここまで瓦解すると手の施しようがないか。
王軍の前線は既に見る影もなく、本陣も崩壊状態。
多くの将兵が麓に向かって駆け出している。
「コーキ、追撃するか?」
潰走しているとはいえ、敵兵の数は侮っていいもんじゃない。
勝敗が決した後の追撃で、こっちの騎士を無駄に失いたくはないな。
ただ、この状況を黙って見ているというのも……。
「追撃は俺とノワールに任せてくれ」
「いいのか?」
「ああ。ヴァーンはこっちを頼む」
東も西も、おびただしい数の王軍兵が倒れ伏している。
本陣近くには魔物の死骸も。
このまま放置というわけにもいかないだろ。
「いくぞ、ノワール」
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<和見幸奈視点(姿はセレス)>
終わった。
戦争が終わった。
わたしたちが勝ったんだ。
勝利の喜びと安心に、思わずシアさんと抱き合ってしまう。
でも、どうしたんだろ?
安堵の思いで力が抜けてしまったのかな?
「セレス様、セレス様、セレス様ぁ!!」
「シアさん、ええ、シアさん!!」
ふたりとも言葉も出てこないし、身体も固まったまま。
けど、こうしてシアさんの温もりを感じることができる。
……。
良かった。
本当に、本当に良かった。
心からそう思う。
……。
つい数刻前。
敵の大軍を目にした時は、どうなることかと恐怖した。
戦いの最中も、ずっと怖くて緊張していた。
だけど、こうして勝ってくれた。
コーキさんが、ワディンのみんなが、エンノアの皆さんが頑張ってくれた。
感謝の言葉もない。
どれだけ言葉を並べても、とても足りるものじゃないと思うから。
……。
コーキさんは無事。
ヴァーンさん、アル君、ディアナさん、ユーフィリアさんも、すぐ近くで元気な姿を見せてくれている。
みんなが無事で、こんなに嬉しいことはない。
戦争に勝って、みんなも無事。
これ以上はないだろう結果。
なのに……。
何? この違和感は?
……。
恐怖の思いとともに、ずっとわたしの中にあったもの。
名状しがたいこの感情。
コーキさんが襲撃者の手からわたしを護ってくれた時、さらに強く感じて……。
……。
あの襲撃者、止まれと念じたのに止まってくれなかった。
もう駄目だと思った。
でも、コーキさんが助けてくれた。
わたしのために必死で駆けてくれた。
わたしのために、あんな表情を……。
嬉しい!
心が震えるほどの喜びと、そして、この思い。
今も溢れてくる。
……。
あの時、宙に舞ったベニワスレの枝。
今も手にあるその枝を見ていると……。
「セレスティーヌ様、我が軍の大勝です!」
ルボルグ隊長。
「セレスティーヌ殿、ワディンとエンノアの勝利ですぞ」
ゼミアさん。
みんな、とってもいい顔をしている。
だから……。
「……ありがとうございます。皆さんのおかげです」
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「戻ってきたか、コーキ」
「コーキ先生、どうでしたか?」
退却する王軍への追撃から戻った俺とノワールを真っ先に迎えてくれたのは、いつものメンバー。
皆、満面の笑みを浮かべている。
「敵の殿には打撃を与えることができたかな」
深追いするのを避け、魔法攻撃とノワールの黒炎だけの攻撃だったが、それなりの損害を与えることはできたと思う。
「おう、さすがコーキとノワールだぜ」
「さすがです」
「コーキさんなら、楽勝だよな」
「……」
ここにいるヴァーンにシア、アルに激闘の疲れは見えない。
他の騎士たちも同様。
「コーキさんのおかげですよ」
「魔法矢がなかったらと思うと……。ホント、助かりました!」
エンノアも同じか。
確実に疲労しているだろうに。
戦勝の高揚が、そうさせているんだろうな。
そんな皆に比べて幸奈は……。
「コーキさん……」
シアの後ろから、こちらを見つめているその様子。
やはり、どこかおかしい。
初めて戦争を目の当たりにしたからかもしれないな。
「コーキさんが無事で良かったです」
「それは私のセリフですよ」
心底そう思う。
幸奈を護ることができて、本当に良かったと。
「コーキさんのおかげです」
「そうですよ。あの時の先生は凄かったですから」
「シア殿の言う通りだ。あの時の一撃、枝ごと叩き斬ったあの一撃は凄まじかった」
「私もそう思う」
「俺も見てたぞ。あれは凄かった」
「ほんとにな」
「ああ、凄かった」
近くにいたワディン騎士たちも口々にそんなことを。
「ホントに凄えわ」
「まっ、俺たちも良くやったけどな」
「お前は、大したことしてねえだろ」
「やったっての」
「いや、いや」
「……」
一種の躁状態だな。
まっ、あの大軍を退けることに成功したんだ。浮かれるのも仕方ないか。
で、気になるのは、イリサヴィアさんとメルビンたち。
今はゼミアさん、ルボルグ隊長と話をしているところだ。
ん?
俺を呼んでいるのか?
「何でしょう?」
「コーキ殿、こちらの冒険者の方々にどう感謝を示せば良いのかと?」
「感謝なら、コーキ殿にお願いします。我々はコーキ殿に恩を返しただけですから」
「コーキ殿に感謝するのは当然ですが、あなた方にも……」
「本当に必要ありません。何と言っても、コーキ殿は我らの命の恩人なんですからね」
命の恩人?
「エビルズピークですよ。コーキ殿がいなければ、あの化け物に命を奪われていたはずです」
ああ、そういうことか。
しかし。
「あの魔物はイリサヴィアさんと共に戦ったからこそ、倒すことができたんです。私の力だけでは、とても……」
「もちろん、イリサヴィアさんにも感謝しておりますよ。ねえ、Aさん」
「……何のことだ。私は関係ないぞ」
そう言ってそっぽを向く剣姫。
その顔にはマスカレードマスク。
「今はまあ、この通りなんですけどね」
メルビンがおどけたように手を広げている。
そんな彼も仮面を着けたままだ。
「……」
場違いな道化集団に見えるな。
しかし、そこまでして隠す必要があるのか?
もう、バレているというのに?
「コーキさん、俺とこいつはエビルズピークだけじゃないんですよ」
メルビンの後ろから顔を出したのは、男女の冒険者。
「と言いますと?」
このふたり、どこかで会っている?
「常夜の森で、ダブルヘッドから助けてもらいました」





