第393話 テポレン山の戦い 16
<イリアル視点>
「イリアル……まずいな」
「ええ、東だけじゃなく、西の状況もあれですから」
「こうなると、撤退も視野に入れねばならぬ、か」
「考えた方がいいと思いますよ」
東の本隊は押し込まれ、南の魔物はほぼ全滅、西も崩壊状態。
対するワディン、エンノアはバケモノふたりに、いまだ尽きぬ魔法の矢。
ここから挽回する絵は見えねえな。
「うむ。……イリアルのおかげだな」
「何がです?」
「ローンドルヌ河での失態、その汚名返上をと期していたトゥレイズ攻城戦でも功績を上げること叶わなかった」
そうだったな。
「だからこそ、今回の神娘捜索、是が非でも結果を残したいと意気込んでおった」
「……」
「我が隊のためだけに、そう思っているのではない。エリシティア様のためにも、ここで結果を残しておきたかったのだ」
ああ、分かってる。
トゥオヴィをつき動かすのは王女エリシティア。
こいつの思考、行動はエリシティアあってのものだとな。
「……イリアルの忠告を聞いておらねば、我が隊も前線で大きな損害を被っていたであろう。いや、場合によっては私の命もなかったかもしれぬ」
その可能性は、確かに否定できねえ。
まあ、俺が護ってやったとは思うけどよ。
お前は、ここで捨てるには惜しいからな。
「生きていてこそ、エリシティア様のために働けるというもの。このような場所で私は死ぬわけにはいかぬのだ」
「……」
「我が命はエリシティア様のためだけに使う。そう決めているのだからな」
こいつのエリシティアに対する忠誠心が半端ないのは理解している。
が、ここまでとはなぁ。
ちっと驚いたぜ。
「イリアルには感謝しておる」
「……部下として当然のこと。普通のことをしたまでですよ」
「いや、違うぞ。数刻前まで、王軍が負けるなど誰ひとり想像もしていなかった。イリアルの賢眼あってこそ、今私はここにいることができるのだ」
「……」
「運がいい」
運がいい、か……。
「良い部下を持てて、私は幸運だな」
「……」
「……」
はあ~。
これだからよぉ、トゥオヴィは。
まいっちまうぜ。
ホント、可愛いこと言ってくれるわ。
ここまで言われちゃ、簡単には見捨てらんねえな。
仕方ねえ。
仕事に支障が出ねえ限り、付き合ってやるよ。
ただな、俺は賢眼なんて持ってねえぞ。
持ってるのは、魔眼だけだ!
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<ヴァーン視点>
西に突如現れた王軍。
その対応で手一杯だというのに、南から奇襲隊までやって来やがった。
あの斜面を上ってくるなんて、信じられねえ。
けど、事実は事実だ。
対処する必要がある。
とりあえず、ディアナたちを防壁内に戻して。
こっちは残りの者で防ぐしかねえ。
キン、ガン、キン!!
ガン、ギン!!
「「ファイヤーボール!!」」
「「アイスアロー!!」」
「「ストーンウォール!!」」
数を減らしたことで、さらに苦しい戦いになっちまった。
が、何とか持ち堪えている。
だから、本陣は死守してくれよ。
……と。
しばらく経ったところで。
本陣から歓声!?
「ヴァーン殿、撃退したようです」
隊長のその言葉に安堵したのも束の間。
「魔物だぁ!!」
「南から魔物が!!」
最悪だ!
この状況で魔物の襲撃かよ。
しかも大群じゃねえか。
ちっ!
ブラッドウルフまでいるぞ。
今のところ防壁内のワディン騎士が防いでいるが、このまま耐えきれるもんじゃねえ!
こっちも手が足りねえってのに!
くそっ!
どうする?
どうすればいい?
コーキは……駄目か。
東から離れらんねえ。
……。
悪夢のような状況に、周りの騎士たちの剣も鈍っている。
こんな状態じゃあ、西までやられちまうぜ。
そうなるともう……。
最悪の結果、最低の情景が頭に浮かんでくる。
なのに、何もできねえ。
……。
と、そこに。
とんでもねえ光景!?
東から現れたふたりの剣士が魔物を蹂躙する姿、そんなものが目に入ってきた。
ふざけた仮面を被ってんのに、怖ろしい剣の冴えだ。
悠々と魔物を蹴散らしてやがる。
しかし、あいつ……。
青い渦を巻くように、蒼々と舞う濃紺の髪。
華麗に踊る蒼剣。
っ!?
剣姫じぇねえか!!
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<長老ゼミア視点>
「上手くいきそうですね」
「ふむ。事すべて我らの了見通りじゃな」
「幸甚なことに」
ようやく、スぺリスも安堵したようじゃ。
問題ないとどれだけ告げても消えなかった不安が、綺麗に失せておるわ。
皆も……同様じゃな。
……。
ここまで不安が消えなかったのも、詮方ないことではある。
スぺリスは全ての預言を知らぬのだからな。
無論、他の者よりは詳しく知っておるが……。
預言の全てを知っておれば、何も不安に思うことはない。
これまでの預言はことごとく真実を告げてきたのじゃからな。
此度の戦もそう。
詳細は分からぬが、大要は分かっておる。
そして、事はそのままに運び、今。
憂事など何もないのじゃ。
許せよ、スぺリス。
直系でないそなたに全てを教えることはできぬのだ。
全てを知るは、わしとフォルディ。それに、今はこの地におらぬ愚息、オゥベリールだけ。
……。
オゥベリール、おぬしがエンノアにおれば……。
「ゼミア様、そろそろ東に仕上げを」
「……頃合いか?」
「コーキ殿から合図が出ましたので」
「ふむ、そうか」
要らぬことを考えて、大事を見逃してしまったわ。
じゃが、大過はない。
「皆、構えぇ! 撃てぇぇ!!」
終幕じゃ!





