第389話 テポレン山の戦い 12
「ノワール、戻るぞ。……いや、お前はB地点で王軍を抑えてくれ、俺ひとりで戻る」
「オン」
「フォルディさん、B地点の後ろまで後退してください!」
そんな言葉を口にしながら、坂を駆ける。
「左右の樹林はしばらく放置。正面の敵がB地点に来たら迷わず、爆弾を!」
「……はい」
「その後は、ワディン騎士とノワールで対処を」
「了解しました。コーキさんは?」
「陣に戻ります」
フォルディさんたち念動力隊の横を抜け、坂上の陣地に向け疾走。
「ヴァーン、南を見ろ! 騎士の皆もだ!」
坂上の陣と坂の向こう側、西に向かって大声を上げる。
「なっ、何だ!?」
「南から! どうして?」
「王軍!?」
やっと気づいたか。
で、状況は……。
オルドウ方面、西側の敵に応戦しているワディン騎士は20人ほど。
ヴァーン、アル、ルボルグ隊長も西にいるはず。
東側山道にいるフォルディさんたちの護衛は10人程度。
陣内では、エンノアの魔道具隊とワディンの魔法隊が西に向けて遠距離攻撃を仕掛けている。
その傍らにいるワディン騎士は10名に満たない。
そこに南の斜面から姿を現した10数人の王軍精鋭。
彼らが無言のまま防壁を越えた!
「護れ、護るんだ!」
「魔法矢を!」
「魔法を!」
「駄目だ、近すぎる」
「うわぁぁ!」
っ!?
ワディン騎士が一振りでやられたのか?
この襲撃兵!
やはり、かなりの腕利きだ。
キン!
キン、キン!
ガン、キン!
激しい剣戟音が木霊する。
「ああぁぁ」
「セレス様!」
「セレス様を護れ!」
キン、キン!
キン、ガン!!
魔法防壁の中に見えるのは、幸奈とエンノアの魔道具隊を護ろうとしているワディン騎士たち、至近距離で上手く攻撃ができず戸惑う魔道具隊と魔法隊。
そんな相手に、急斜面を踏破した王軍襲撃隊の強烈な剣が!
「「セレス様ぁ!」」
西側から陣に向かって来るのは、ディアナとユーフィリア。
さらに、戦線から離脱した3名の騎士が防壁内に向かって駆けている。
魔道具隊の援護が途絶えた西側からは、その数で精一杯か。
キン、キン、ガン!!
「うぅぅ……」
まずい!
また騎士が倒された。
襲撃者が幸奈に迫っている!
「くっ!」
頼む、あと少しだけ耐えてくれ。
キン、キン、ザン!
「うわぁ!」
「ぐわぁ!」
ガン、ザシュッ!!
「ううぅ!!」
「セレス様!!」
視線の先で騎士が倒れ、襲撃者も倒れていく。
混乱状態の中、襲撃者の剣が幸奈に迫っている!
が、もうすぐだ。
もう手が届く。
魔法壁を一足で跳び越え。
「雷撃!」
「うがぁぁ」
立ち塞がる襲撃者を倒し。
幸奈のもとへ。
防壁内に1本だけ残る大木ベニワスレ。
幸奈はその陰にシアと共に隠れている。
「ファイヤーボール!」
迫るふたりの襲撃者にシアが魔法を放った。
「うぅ!」
上半身を捻るも至近距離からの魔法攻撃を避けきれず、その身に着弾。
なのに、止まらない襲撃者。
魔法を受けたまま、その手が幸奈に伸びる!
「!?」
「セレス様ぁ!!」
雷撃は?
駄目だ。
くそっ!
もっと速く、速くだ!!
刹那。
周りから喧騒が消え、景色が消え、世界が集束する。
俺の目に映るのは目の前の幸奈だけ。
……。
以前にも感じたこの感覚。
その感覚に身を任せ跳躍!
そして、一閃!
滑らかに駆ける剣身が大気を斬り裂き。
シュッ!!
襲撃者の背を狩る。
「っ!?」
横に薙いだ剣を返し、上段からもうひとりの襲撃者に。
ザッ!
頭上に伸びていたベニワスレの枝とともに両断。
「……」
「……」
ふたりの襲撃者が音もなく崩れ落ちた。
幸奈は無事に見える。
傍らのシアも。
その瞬間……。
世界が光を取り戻す。
「……コーキさん」
「先生っ!」
剣撃で切断されたベニワスレの枝が宙を漂い。
薄紅が蒼天を舞うように幸奈の真白な髪に、その身を落とす……。
「セレス様、良かった、先生!! 」
「……ああ、何とか間に合った。セレス様、お怪我はありませんか?」
手にしたベニワスレの枝に宿る薄紅の花弁に目をやっていた幸奈が、こっちを見上げてくる。
その目はどこかぼんやりとしているような……。
恐怖による自失状態なのか?
「……はい、ありがとうございます。わたしは平気です」
言葉はしっかりしている。
とりあえず、身体には問題はなさそうだな。
「シアも怪我はないな」
「はい。先生、わたしのことより!」
キン、キン!!
キン、ガン!!
防壁内の混乱はまだ収まっていない。
「分かってる」
残る襲撃者の数は8人か。
なら、まずは。
「ディアナ、ユーフィリア、セレス様の護衛は任せたぞ」
「承知」
「分かった」
駆けつけたディアナ、ユーフィリアに護衛は任せて。
俺は襲撃者の相手をするとしよう。
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<イリアル視点>
「「「「「うおおぉぉ!!」」」」」
「「「「「おお!!」」」」」
ワディンの陣内から歓声が上がった。
と、いうことは……。
あいつ、守りきったのか?
東山道からの猛攻、左右の樹林内の進軍、そして西側からの挟撃。
これだけでも大変だってのに、南斜面からの奇襲も!
数は少ないが、あの斜面を上ることができる猛者連中の奇襲なんだぜ。
本当かよ?
魔眼に魔力を集め、ワディンの陣内に眼を……。
襲撃者は……ああ、もう2人しか残ってねぇ。
っとに、想定以上で期待以上だぜ。
しっかし……。
はぁ~、まいったな。
これじゃあ、用意しておいた保険なんてまったく必要ねえわ。
まあまあ、保険を使わないで済むなら、それはそれでいいんだけどよ。
……。
けど、この後はどうだろうな?
あのバケモンといえど、そうそう上手くはいかねえはずだぞ。
そうなったら、使わねえとなぁ。





