第380話 テポレン山の戦い 3
<ヴァーン視点>
テポレンの山頂にほど近い空閑地。
どういうわけか、この辺りは木々などの植物がほとんど見られない空き地になっている。
北側には切り立った断崖、南に少し進めば人が容易に歩くこともできないような木々の密集した斜面。西にはオルドウへと続く狭い獣道、そして東側にはレザンジュ方面へと開かれた比較的大きな山道が見える。
大きな山道と言っても、その幅は大したことはない。
鎧を着こんだ兵が15人も並べば、いっぱいになってしまう程度だ。
東にあるその山道の左右には、樹林が広がっている。
ただし、南の密林に比べればその数は知れたもの。歩こうと思えば歩けるな。
もちろん、重装備の歩兵が歩くのは大変だろうが。
ってことで、俺たちが相手をするのはこの山道を上って来るであろう王軍。
とりあえずは、山道だけに注意を払っていればいい。
そういうふうに仕向けたつもりだ。
まあ、1万もの大軍がやって来るんだけどな……。
「……ヴァーン?」
セレスさんのもとを離れ、シアが俺に近づいてきた。
今のこの空閑地。
ワディン騎士とエンノアの連中の布陣は既に完了している。
諸々の準備も問題ねえ。
で、今は来るべき決戦に備えて、各々が休んでいる最中なんだが……。
「どうした?」
「ちょっと話があるの? いい?」
「ああ」
ちょうどいい。
俺も話をしようと思っていたところだ。
「こっちに来て」
シアに連れて行かれたのは、騎士連中から少し離れた場所。
上手い具合に、こっちの姿は皆からは見えねえ。
「ヴァーン……」
緊張しているようだな。
無理もない。
普通に暮らしてりゃ、こんな経験ありえねえんだからよ。
「……ついに、決戦ね」
「そうだな」
「勝てるかしら?」
「ああ、勝てる」
そう言ったものの、正直分かんねえ。
常識で考えりゃ、勝てるわけねえ戦いだからよ。
「本当にそう思ってる?」
「……コーキの立てた作戦は十分すぎるもんだ。それは、シアも分かってんだろ」
「それは……分かっているけど。でも、やっぱり……」
「不安か?」
「……」
レザンジュ王軍の1万に対して、こっちの兵数は100程度。
いくら、コーキの作戦があっても心配になるのは当たり前だな。
「不利な戦況になったら、シアはセレスさんを連れて西にある入り口から地下に逃げりゃいい。まだ地下都市の存在は王軍に知られてねえからよ、地下に逃げこみゃ安全だ」
今回の決戦。
王軍に地下の存在を知られてからじゃあ遅い。
まだ逃げ場がある今だからこそ、ある程度の安心を持って戦えるんだ。
王軍の探索状況から考えると、このまま探索を続けられた場合、おそらく数日中には地下の存在に気付かれちまうだろう。
だから今。
今が絶好のタイミングなんだ。
「もしもの場合は絶対に逃げんだぞ」
これだけは念を押しておく必要がある。
シアもセレスさんも、まずい状況になっても残ると言いかねねえからよ。
「うん……。でも、そうじゃなくて……ヴァーン?」
そうじゃない?
「……」
「無事にわたしのもとに戻って来てくれるわよね」
「当然だ」
「……そうよね」
「ああ、戻るに決まってんだろ」
「……うん。信じてる」
なら、そんな顔すんじぇねえ。
「でも、でも……」
俺に向き直り、目を見つめてくる。
「……」
「……」
な、何だ?
「ヴァーン、お願い」
そう言ってシアが目を閉じた。
そのまま動かねえ。
「……」
「……」
シア……。
俺だってしたい。
けどよ、お前はただの女じぇねえ。
お前みたいに大事な人は、他にいねえんだ。
そんな相手に、こんな感じで初めてってのは違うだろ。
それに、こういうのは勝った後って決まってんだ。
だからよ。
「……シア」
肩を抱き、ゆっくり顔を近づけ。
その白く綺麗な額に口づける。
「……ヴァーン?」
「続きは、勝った後にとっといてくれ」
「……うん」
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今は5刻(10時)。
頃合いの時間だな。
「コーキ、おいでなすったようだぜ」
麓へと続く山道から雷鳴のように轟く足音が聞こえてくる。
想定通りだ。
「ヴァーン、準備はいいか?」
「ああ、問題ねえ。細工は流々ってな」
「そうか、頼もしいな」
「そいつぁ、こっちのセリフだ」
決戦を前にいい顔してるな、ヴァーン。
「けどよ……。コーキ、こんなとこで死ぬなよ」
「それは、こっちのセリフだな」
「はっ、余裕あんじゃねえか」
「こんな時こそ、余裕を持たいといけないだろ」
「だな」
とはいえ、もうそろそろか。
「ルボルグ隊長、準備はできてますか?」
「問題ありません」
「ゼミアさん、魔道具隊の用意は?」
「いつでも攻撃可能ですよ」
よし、なら。
「では、全て手筈通りに。エンノアの皆さん、敵がA地点に入ったら1度目の斉射をお願いします」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」
遂にこの時が来たな。
……。
今のところ王軍に妙な仕掛けは見られない。
こちらの迎撃態勢をある程度理解していても、真正面からの進軍を選んだようだ。
数で押し切る作戦、それに尽きるということか。
なら、こっちはそれを受け止めるだけ。
……。
……。
あと20歩。
敵の先陣がA地点に入ろうとしている。
あと10歩。
もう少しだ。
5、4、3、2……。
「ゼミアさん!」
「撃てぇ!!」
ゼミアさんの掛け声と同時に、エンノアの魔道具隊からクロスボウの矢が放たれる。
蒼天を埋め尽くすように矢が空を駆け、敵先陣へ。
「来たぞ、構えろぉ!!」
「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」
「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」
「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」
初撃に備える王軍先陣。
両手に盾を1つずつ持った歩兵5人が1組になって前後左右、上方に10の盾を構え、その場に膝をつき待機している。
「「「「「ドーン!!」」」」」
「「「「「バーン!!」」」」」
「「「「「ドガーン!!」」」」」
炸裂した魔法矢が王軍に襲いかかる!
が……。
「「「「「おお!」」」」」
「耐えたぞ!」
「いける」
魔法矢の効果は……。
前回の半分もないか。





