第379話 テポレン山の戦い 2
1万もの大軍が援軍としてテポレン山に現れてから3日。
俺たちはこれまでにない緊張感を覚えたまま地下に潜み、状況を注視し続けている。
この間に1度だけ俺が少数の精鋭を率いて奇襲戦を行ったが、それも敵の様子を見るのが目的で戦果を求めたものではない。
奇襲の結果はまあ、無難に戦いを終えることができただけ。
大した情報を得ることはできなかった。
対する王軍は。
俺たちが地下から姿を現さないため、テポレン山の捜索に明け暮れている。
そんな時間が3日続いている現状。
このままやり過ごすことも可能なのでは。
そんな空気がワディン騎士やエンノアの皆に少なからず漂い始めている。
が、実際のところそれほど状況は芳しくはない。
奇襲戦を待ち伏せられた戦い、俺たちが逃走し地下に逃れることに成功したあの時、敵は地下への入り口付近まで迫っていた。
逃走後、俺たちがテポレン山から忽然と消えたわけだから、その周辺の探索に力が入るのは当然のこと。
そして現在、また穴を掘るという作戦が再開されている。
エンノアの地下都市、その真上で穴が掘られることも増えてきた。
幸い掘削の規模が小さい現状では、地下に存在する空間まで侵入を許すことはない。
とはいうものの、いつ地盤が崩れるか想像がつかないというのも事実だ。
地盤が崩れ地下に侵入されたら?
もちろん、地下での戦いになるだろう。
そうなれば、テポレン山以上に地の利を活かして戦うことができるかもしれない。
ただし、それは侵入経路が一箇所だった場合に限られる。
地下に潜んでいることを知った王軍が、馬鹿正直に一箇所から攻撃を仕掛けてくるだけとは思えない。
多くの穴を掘り、複数の進入路を確保することだろう。
そうなると、簡単に対応できるものじゃない。
地下都市を放棄する覚悟で作戦を立てて良いなら、やりようもあるのだが……。
そんなわけで、今も地下では軍議が開かれている。
「さすがに、あの数とは戦えません。このまま隠れるべきです」
「いや、このまま捜索が続けば、いつか地下への侵入を許すことになる。隠れて済む話じゃない」
「なら、外に出て戦うのか? あの大軍と?」
「この魔道具があれば、1万の敵兵相手だろうが戦える!」
「1万だぞ。分かっているのか?」
「地の利を活かせば、何とかなる!」
「そうだ、戦えるぞ!」
「無理だ! 1万という数を考えてみろ」
「俺もそう思う。確かに、短時間なら戦えるかもしれないが、1万の大軍で攻め続けられると、魔道具も尽きてしまうからな」
「それなら、地下で戦うというのか?」
「この地が敵に見つかるとも限らないだろ」
という具合に、ワディン騎士とエンノアの民による軍議は紛糾してばかりいる状況。
「どうするよ、コーキ?」
「……難しいところだな」
この地下都市の存在が敵に知られることなく逃げ切れるなら、このまま大人しく身を潜めているというのが最良なんだろうが。
「ヴァーンはどう思う?」
「このまま隠れているか、外に出て戦うか、地下で迎え撃つか? 三択だろ」
「オルドウや他の都市に逃げるという手もあるぞ」
「それも簡単じゃねえわな」
「まあな」
これだけの敵兵に包囲されているんだ。
当然、レザンジュ方面、オルドウ方面への山道も封鎖されているはず。
逃げるなら、道なき道を進むことになる。
それでも、麓に敵兵が待ち構えている可能性は高いだろう。
結局、この三択になるか。
……。
最終手段として、魔落に逃げるという手もあるが。
無事にあの地底まで到着できる者が何人いることか?
とんでもない高さから飛び降りて着地するなんてこと、そうそうできるものじゃないからな。
「で、何を選ぶんだ。コーキの心は決まってんだろ」
さすがに鋭いな、ヴァーン。
「コーキさん、どうするか決めてんのか?」
「コーキ殿?」
近くにいたアルとディアナも、こっちに顔を向けてくる。
「今すぐにここが王軍に知れるということはないだろ。だから、もう少し猶予はある」
「それで?」
「……」
「猶予が切れたら、どうする?」
「……敵が諦めて撤退しないのなら、戦うしかない」
「地上でか?」
「ああ、そうだ。1万の王軍を退けるには、この魔道具を有効に使うしかない。それなら、地下は避けた方がいい」
「そうだな。俺もそう思うぜ」
「おれもだ、おれも外で戦うべきだと思ってたんだ!」
「私もコーキ殿に賛成だ」
「ってことなら、コーキがビシッと言ってやれ。おめえが外で戦うと言やあ、皆それに従うはずだぜ」
「おれもそう思う。ワディンもエンノアもコーキさんの判断には従うって」
「うむ。これまでの功績を考えても、コーキ殿の決断に真っ向から否と言える者はいないだろう」
そうかもしれない。
いや、そうなんだろうな。
そう思うから、ここまで発言は控えてきたんだ。
意見を出し合うことなく、俺の一言で決まるなんて良いこととは思えないからな。
もちろん、まだ時間的に若干の余裕があるからこそできる話ではあるが。
「コーキ、おめえが決めてこい。もう、潮時だぜ」
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<イリアル視点>
「全軍進めぇ!!」
テポレン山の麓に鋭く響き渡る声。
「「「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」」」
1万の大軍を指揮する将官の一声で、喊声をあげる兵たち。
待ち続けていたこの時に、興奮を抑えきれないようだ。
まあな。
ここまで長かったんだ。
その気持ちも分かるぜ。
ホント……。
テポレンの地に轟く勇壮な足音。
周りに放出されている凄まじい熱気。
全軍、やる気に満ち溢れている。
……。
しかし、大したもんだぜ。
ここまで兵をまとめることができるとはよ!
今回の指揮官、千人長たちとは器が違うって感じだな。
あの指揮官に率いられ緩むことのない隊列でテポレン山を上っていく姿は、頼もしい限りだわ。
「イリアル、お前も前戦で戦いたいのか?」
「いえいえ、後詰めで十分ですよ」
「そうか。その腕があれば、前線で活躍できるぞ」
「トゥオヴィ様、分かってて言ってるでしょ」
トゥオヴィとは付き合いが長いんだ。
ある程度は俺の性格も理解している。
なら、俺が先陣など求めていないのも分かっているはず。
分かっていて口に出すとは、彼女も少し高揚しているってことか?
「うむ」
おそらくは、俺以外の皆が待ち望んだ決戦の時。
最終決戦になる可能性が高い戦いなんだ。
仕方ねえな。
「分かってはいるが、お前にも戦功をあげてもらいたいと思ってな」
おお、そんなこと考えてたのか。
可愛いこと言ってくれるぜ。
「必要ないですよ。トゥオヴィ様のもとにいるのが一番ですからね」
「……そうか」
「それに、先陣は危ないでしょ」
あの魔道具の攻撃にさらされちまう。
そうなると、この俺でも上手く対処できるか分からないからな。
まっ、その魔道具が尽きれば問題はねえけど。
とにかく、あいつらが外に出て来て、こっちを迎え撃つというんだ。
それなりの備えもあるはず。
先陣なんてやるもんじゃねえ。
そんなことより、俺にはすることが山ほどある。
あいつらが優勢なら、それ程でもないが、劣勢に陥るようだと……。
はあ~、上手くやれるのか?
今回ばかりは自信がねえぜ。





