第376話 秘密兵器
エンノアに預けておいた改造クロスボウによる魔法矢の斉射で状況は一変。
目の前に迫っていた王軍は、完全に混乱状態に陥っている。
未知の兵器による強襲を受け、予想もしていなかった被害が出たのだから当然といえば当然。それでも、これは想像以上だな。
重傷を負って倒れ伏している者もそれなりに見えるが、それ以上に目立つのが軽傷または無傷なのに呆然と立ち尽くしている敵兵の姿。さらに、指揮系統も混乱しているように見える。
こうなると、兵の運用どころじゃない。
50本の魔法矢を2回斉射しただけでここまでの効果があるとは……。
……。
50挺のクロスボウと大量の魔法の矢。
これらは日本で購入し俺が改造した物なのだが、これだけの数を手に入れるのはかなり大変だった。
前世の俺が暮らしていた時代とは異なり、今の日本では比較的簡単にクロスボウ自体は手に入れることができる。それでも、50挺という数を購入するとなると話は違う。
本当に苦労した。
量的にも、そして金銭的にも……。
もちろん、これだけの物を購入する金銭を20歳の俺が持っているはずがない。
けれど、こっちの世界の俺には資金的な余裕がある。ダブルヘッド討伐で得た報酬が残っているんだよ。
その金銭を使って、日本での資金を工面したというわけだ。
具体的には、この世界で買った金や銀を日本で売るなんてことかな。
そうして手に入れたクロスボウとその矢を俺なりに改造。
現代日本の知識と魔法を融合させて爆散する魔法の矢を作り出したと。
ちなみに、この改造魔法矢の構想は前世の俺が既に考えていたもの。異世界に渡ることができた際に、剣と魔法だけでは対処できない場合もあろうかと、それに備え考えていたものだ。30年という時間があったのだから、俺も色々と考えていたってことだな。
とはいうものの、実際に使うとなると結構悩みもした。
こちらの世界に、あちらの技術を持ち込むことには抵抗があるから……。
なので、最初は通常のクロスボウ3挺をエンノアに提供しただけ。
それならこの世界の弓矢を改良したものという言い訳もつく。
けど、今回は……。
これは明らかにこっちの世界の技術を越えた逸品。
言い訳ができるものじゃない。
それでも、この状況なんだ!
俺も覚悟を決めなきゃいけない。
自己満足と自己欺瞞に浸っている場合じゃない。
そう、何としてもこの状況を切り抜ける必要が!!
なら、俺ができることをするだけだろ。
そんな思いをローンドルヌ渡河のあたりから抱き続け、あの頃から少しずつ準備をしてきたんだ。ローンドルヌ河、トゥレイズ、そしてエンノアで過ごした日々。その空き時間に日本とこちらを往復して色々と準備を。
……。
これまでも場合によってはこの武器を使う気持ちはあった。
ローンドルヌ河でもトゥレイズ籠城戦の際も。
ただ、幸か不幸か、その機会に恵まれなかっただけ。
そして今回、満を持してという形で実運用に至ったと。
「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」
「「「「「「「「凄い!」」」」」」」」
「これで、エンノアも戦える!」
「もう地上の民に侮られることもないぞ」
「地上に出れるんだ!」
「やっと、この時が……」
「長年の夢が!!」
エンノアの皆が興奮している。
尋常ではないほどに。
「……」
今回彼らが協力してくれたのは俺への恩を返すため。
そんなことを言ってはくれるが、それだけじゃないのは俺も理解している。
何百年もテポレン山とその地中での生活を余儀なくされたエンノアの民。彼らなりの大きな理由があるんだろう。
それは、今の彼らの様子からも明らか。
相当な思いがあるはずだ。
しかし……。
このエンノアの姿を見ていると、今にも追撃を仕掛けそうな勢いだな。
確かに、敵の状況を見ると一気に畳みかけたくなるところではある。
が、ちょっと待て。
ここは冷静に行こう。
今回の戦い。
こちらの奇襲を待ち伏せられ、受け身となってしまったこの戦いは想定外のもの。
魔法矢を使って上手く対処できたものの、想定外であることに変わりはない。
もちろん、ここからの追撃も想定にはない。
想定外に想定外を重ねる。
それが得策とは思えない。
もちろん、戦には勢いも必要だろう。
今のこの勢いで追撃すれば、目の前の王軍に大きな損害を与えることも可能かもしれない。
ただ、それで状況が好転するのか?
こちらの秘密兵器の存在を知られ今後警戒されることを考えれば、局地的な勝利にどれだけの意味がある?
分からない。
分からないなら、ここで撤退すべきでは?
おそらく、この後にはもっと大きな戦いがあるはず。
それに備えるべきでは?
このまま退けば、魔法矢についても単なる魔道具で物量に限りがあると誤解させることも可能だろう。
それに、王軍が混乱状態にある今なら、敵に知られることなく地下に戻ることもできる。
やはり、今は追撃するのではなく一度地下に戻り今後の策をねるべきだ。
「エンノアの皆さん、もう十分です。ここで退いてください」
「コーキ殿は?」
そう問い返すゼミアさんもこちらの意図を汲み取ってくれている様子。
「ここで殿を務めた後、エンノアに戻ります」
「……」
「今が潮時です。皆さんは戻ってください」
「ですが!」
「我らはまだ闘えます」
「コーキさん!」
「この戦いが全てではありません。この後に備えましょう」
「「「「「「……」」」」」
「皆、コーキ殿の命に従うのだ」
さすがゼミアさん。
頼りになる。
「スぺリス、フォルディ、行くぞ」
「「はっ!」」
ということで、エンノアの民、ワディン騎士と順次撤退を続け、残るは30名余り。
眼前の王軍は、未だ混乱状態に変わりはない。
逃走を始める兵も見える。
なんとか無事に終えることができそうだな。
ただ、問題は……。
「セレス様、もう戻ってください」
幸奈が地下へ戻ってくれないこと。
「……コーキさんと一緒に戻ります」
最後まで見届けると言って聞かないんだ。
俺の30歩後ろで待機している幸奈の傍らでは、シアとアルがお手上げといった表情。
ノワールも幸奈の横で困った顔をしているように見える。
「すぐに私も戻りますから」
「それなら、わたしも最後まで残ります」
どうして、ここまで言い張るのか理解できない。
これまでは素直に従ってくれていたのに。
と、そんな話をしている間に、ここに残っているのも俺たちを含め10名に。
なら、そろそろ俺も退くか。
「分かりました。では、今から一緒に戻りましょう」
その前に。
「雷波!」
「雷波!」
これで、問題ないだろう。
王軍に背を向け、幸奈のもとへ足を向けた俺に。
「コーキさん、危ない!」
「先生!」
「コーキ、後ろだ!」
幸奈たちから焦った声!
その声に後ろを振り向くと。
っ!?
5人のレザンジュ兵が俺に向かって来る。
どこから現れた?
近くには誰もいなかったのに!
もう目の前!
俺を囲むようにして剣を振るってくる!
速い!
が、対処できないほどじゃない。
5人というのが厄介だが。
キン!
まずはひとりの剣を叩き。
ザン!
隣の男を斬り払う。
「ぐうっ!」
キン!
さらに剣を払い、斬りつける。
「うっ」
残るは3人だ。
「ファイヤーボール!」
なっ!?
もう1人いたのか?
至近距離から放たれたファイヤーボールをギリギリで避けたところに、3人の剣が振り下ろされる。
「コーキさん!!」
危なかったが、大丈夫。
これくらいなら、対応できる。
後ろに跳躍、回避成功。
が、何だ!?
地面がおかしい??
「くっ!」
足を踏ん張れず着地に失敗!?
そのまま地面に転倒。
倒れた俺に剣が迫って来る!
「だめぇ!!」
身を捻って一撃を避ける。
「やめてぇ!」
悲鳴のような幸奈の声を聞きながら、もう一撃も回避。
地を転がり体勢を整えようとしたところで、また足を取られた!?
「っ!」
これは、地魔法か?
そこに迫る剣撃。
まずい!!
「だめぇ、駄目! 止まれぇ!!」
3本の剣を同時に叩こうと振り上げた俺の剣の先。
「……」
「……」
「……」
3本の剣が止まり。
3人の動きも止まっていた。





