第38話 テポレン山 1
「しかし功己君も随分と変わったよね」
「……そうですか」
そんなことより、俺はもうふたりとの会話に疲れた。
幸奈のテンションにもついていけない。
ホント、今日の幸奈はどうかしている。
酒の場でもこの調子だったら、手におえないぞ。
……。
こんな幸奈とお酒を一緒に飲んでいいのか悩んでしまう。
今さらだけど、誘って良かったのだろうか?
なぜだか、ギリオンとヴァーンさんとの飲み会が頭に過ぎる。
あれもグダグダだったよな。
まいった。
「顔つきひとつとってもそう。去年の功己君とは全く違うよ」
「本当に変わったよ」
「……」
「功己、聞いてる?」
「聞いてる。聞いてるけど、変わったと言われても自分では分からないからさ」
実際のところ、40歳からいきなり20歳に戻ったのだから、そりゃあ、変わりもするだろう。
とはいえ、20歳時の俺がどういう態度、どんな話しぶりだったのかなど明確に覚えているわけじゃない。
ただまあ……。
幸奈とここまで親しく話すことはなかったということだけは確かだ。
「私は良い方に変わったと思うね。角が取れたというか、憑き物が落ちたというか、今の方が自然体に見えていい」
マスターともこんな風に話したことはなかったと思う。
「マスターも! わたしもそう思う」
「ふたりがそう言うなら、まあ、そうかもしれないですね」
この時間世界に来る前に神様からいただいた助言。
オルドウでの一連の事件。
幸奈との交遊。
変わったかもしれないな。
いや、変わったんだろう、きっと。
良い方に変わることができたのなら、それは嬉しいことだ。
なんて考えていると。
「でもさぁ、わたしたちもうお酒を飲める年齢なんだよねぇ」
「そうだな」
「それに……結婚もできる年齢なんだよ」
「……そうだな」
「お酒も一緒に飲みに行くことだし、その………………次は私と結婚でもする?」
「っ!? な、何言ってんだ」
とんでもない爆弾を投下してきたぞ。
これ、どういうつもりだ?
「結婚?」
本気じゃないよな。
そもそも、幸奈が俺と結婚したいと思っているなんてこと……。
前回の流れでは、他の男性と結婚していたし……。
「そう。できる年齢だよね」
「そんなの無理に決まってるだろ。だいたい、ふたり共学生なんだし」
「……冗談に決まっているでしょ。なのに、そんな本気で答えて」
俯きながら早口で答える幸奈。
冗談が通じなかったからか?
「ん、悪い。そうだな」
そうだよな。
冗談だよな。
「まあ、結婚は無理だろうけどさ……その、つ、つ」
「何だ?」
「……つ、月に1回くらいは一緒に遊びに行こうよ」
それくらいなら問題ない。
……。
そうかぁ。
前の時間の流れでは、この頃は月に1回遊ぶことすらなかったんだよな。
当然、俺がこの時代に戻る直前までもそう。
月に1度幸奈に付き合うことすらしていなかったなんてな。
どれだけ自分のことで頭がいっぱいだったんだか。
情けない。
「……そうだな」
この時間の流れの中では、同じ轍を踏むつもりはない
「まずは、飲み会だね」
「了解」
「それと……また花を観に行きたいかな」
「花? 何の?」
「梅の花。子供の頃一緒に行ったでしょ」
「ああ、そうだったな。分かった、春になったらな」
「約束だよ。今度は忘れないでね」
今度は?
今度も何も、初めての約束だろ。
だよな?
「分かった」
「楽しみだなぁ」
ところで、約束した後で今さらなんだけど。
俺が幸奈と遊びに行っていいのか、特に飲みに行くなんて。
……。
確か、幸奈は21歳の頃に恋人ができたんだよな。
なら、今この時点で好きな男性がいるのかもしれない。
まあ、それもあって、幸奈が俺と結婚したいと思っているわけがないと考えているんだけど……。
もちろん、幸奈が俺のことを友人として大切に思ってくれていることに疑いはない。
でも、恋愛感情は別だよな。
「ところで、幸奈は気になる男性とかいないのか?」
だから、つい聞いてしまった。
「ふぇ!?」
「どこから声出してんだ」
「だって、いきなりそんなこと聞くから」
「変なことか?」
「そうだよ」
「そうかぁ? で、いないのか?」
いるのなら、飲みに誘うのは良くないよな。
「うーん、いるような、いないような~」
どっちだよ。
「何だそれ」
「乙女心は複雑なのです」
「……」
「でも、功己はそんなこと気にしなくていいよ。乙女心なんて理解できないだろうし」
「さいですか」
まあ、いいか。
この感じなら飲み会に誘っても問題ないんだろう、多分……。
「まあ、その辺も勉強した方がいいとは思うけどね」
「はい、はい」
気にしなくていいのに、勉強しろって。
どっちだよ。
**********
「あぁ、これは大変そうだ」
目の前にそびえ立つのは、雄壮で厳粛な雰囲気を持つ山。
……。
キュベリッツ王国とレザンジュ王国の国境に位置するミッドレミルト山脈。
南北に広がるこの山脈は、北からミルト、エビルズピーク、テポレンと名だたる山が連なっている。
ここはその中のひとつ、テポレン山。
オルドウの者からは御山と呼ばれ畏怖の対象にすらなっている山だ。
その威容は現代日本の整備された山に慣れている俺にとっては、神々しさとともに厳しさも感じさせるもので、これから足を踏み入れるにあたっては少しばかり腰の引けるものがある。
正直、二の足を踏みそうになるな。
とはいえ、これも仕事。
躊躇ってばかりもいられない。
ということで、今から山に分け入るところなのだが……。
そもそも、しっかりとした道が存在していない。
小さな獣道なんかが少し目に入る程度。
『この薬草採取は依頼額の割に達成難度が高いので人気がないのです』
ギルドの受付嬢が言っていたことは何の誇張もない事実だったようだ。
目的とする薬草はこの山の山腹に群生している。それを手に入れるために道なき道を進んで、このテポレン山を登らなきゃいけないのだから。
テポレン山はオルドウの街の北東からさらに北に広がるようにして存在しており、その姿は山というより山地という形容が正しいと感じるほど。
この山地帯はちょうど隣国レザンジュ王国との国境となっている。山頂以西がキュベリッツ王国、山頂以東がレザンジュ王国ということになっているらしいが、両国民ともテポレン山の山頂付近に足を踏み入れることなどまずありえないとのこと。特にオルドウの一般市民にとっては、街の東に広がる常夜の森で自然の恵みを入手できるため、テポレン山の麓にすら足を運ぶことはほとんどないそうだ。
そんなテポレン山での薬草採取は冒険者にも人気がなく、手つかずの状態で放置されていることが多いらしい。
今回俺が引き受けた依頼もそのうちの1つだ。
「ふぅ~」
正面にはテポレン山、右手には常夜の森の端が目に入る。
「常夜の森での活動の方が楽だというのも良く分かるな」
そんな独り言がつい出てきてしまうほどだが、実際の所は右手に見える常夜の森も奥に行けば行くほど危険度は増すので、森の深奥とテポレン山頂を比べると探索難易度にそれ程変わりはないそうだ。
常夜の森の深域とテポレン山の山頂付近はその険しさに加え、強力な魔物が生息しているという点でも似通っている。それゆえ、冒険者であっても特別な腕利きでもない限りは自ら進んでそこに挑む者などいないというのが現状らしい。
そんなテポレン山ではあるが、今回は山腹とはいえ、比較的低い位置に生息する薬草の採取が目的なので俺のような5級冒険者でも依頼を受けることができる。
まっ、テポレン山に興味があって受けた依頼なのだから、多少の苦労は覚悟の上ってことだ。
「では、行きますか」





