第375話 思い
<イリアル視点>
「イリアル、あれは何なのだ?」
先陣から距離を取り、少し落ち着きを取り戻したトゥオヴィが尋ねてくる。
「分かりませんが……、魔道具の類でしょうか」
「魔道具か?」
俺の魔眼でも魔道具の性能までは分からねえ。
ましてや、この距離。
状況の確認で精一杯だ。
いや、この魔眼があるからこそ、これだけ離れていてもしっかり見えてるんだけどな。
「武器として使える魔道具、魔法を内包した魔道具、確かにそういう類の魔道具は存在する。しかし、どれもこれも貴重な品でそう簡単に手に入るものではない。それを、あれだけ揃えるというのは……」
そうだよな。
ちょっと信じられねえよな。
「しかも、この恐ろしい威力。こんな魔道具聞いたこともないぞ」
宝具に匹敵するような魔道具。
こんな道具、初見なのも当然だ。
ある程度情報を持っていた俺でも、ここまでの魔道具を使ってくるとは思ってなかったんだからよ。
「とんでもないな」
「ええ。空中で爆裂する矢なんて、俺も初めて見ましたよ」
「……防げるか?」
あの爆裂を盾でどこまで防げる?
「正面からの単純なものなら防御可能かもしれませんが……」
さっき見た感じでは、爆発が八方に拡がっていた。あの爆裂が同時に複数起こるとなると……。
全方向の防御が必要になる、か。
「簡単じゃありませんね」
「……」
「ただ、あれだけ強力な魔道具です。数には限りがあるでしょ」
じゃないと、困る。
あんなもの大量に使われたら堪ったもんじゃない。
ある程度の兵力差なんて、ひっくり返っちまう。
いや、今回の2斉射だけでも大量に使われたんだけどよ。
でもまあ、斉射も2回で終わってるからな。
「……だと良いが」
現状では矢数も限られている。
そう思いたいぜ。
まっ、とりあえず。
「本隊に戻って千人長に報告した方がいいですね」
「……今回の追撃も失敗か」
「貴重な魔道具の情報を得られたのですから、良しとしましょう」
こっちは兵数で上回ってる。
情報を掴めれば十分だろ。
次の追撃、その次の追撃で結果を出せばいいだけ。
といっても、やり過ぎは困るんだけどな。
「……確かに貴重な情報だ」
そういうこと。
今はこれで満足した方がいいぞ。
下手に手を出したら大火傷を負うかもしれねえからな。
と言っても、3射目がないなら……。
「……」
「……」
いや、これで十分だろ。
今回の作戦。
想定外の魔道具攻撃に驚いちまったが……。
エンノアの民が姿を現し、予想以上の活躍を見せてくれた。
バケモンの戦う姿もしっかり確認できた。
で、俺もこの小隊も無事。
冷静に考えりゃ、何の問題もねえ。
想定以上の成果を得られたってことだ。
そう!
俺にとっちゃあ、最高だわ。
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<長老ゼミア視点>
「ゼミア様、素晴らしい威力です!」
「そうじゃな」
コーキ殿からいただいたこのクロスボウという兵器。
元々はテポレン山に巣くう魔物から身を護るためにとコーキ殿から手渡されたものだ。
その時は3挺だけ、矢も通常のものだった。
それでも、非力なエンノアの民が簡単に扱え、強弓にも勝る威力を誇るこの魔道具。
我らがどれだけ助かったことか。
……。
病から救ってもらった上に、食料の援助、魔道具の提供と、我々エンノアがコーキ殿から受けた恩の大きさは計り知れない。
とても、とても容易く返せるものではないのじゃ。
であるから、今回の参戦は我らにとっては恩を返す絶好の機会。
その上、この流れは概ね預言に記された通り。
わしが驚くほど、預言通りになっておる。
ならば、ここで戦わずしてどうする!
とはいえ……。
預言の存在自体はエンノアの民は皆知っておるが、その詳細を知るのは一部の者のみ。
それゆえ、この流れが預言通りと知る者も少ないのじゃがな。
「ゼミア様!」
ふむ……今は戦闘に集中すべき。
新たに提供してもらった50挺のクロスボウと魔法の矢で!
「二射目は?」
「……」
数は控えるように言われているが、もう一度くらいは斉射しても良いじゃろう。
「皆、構えよ」
クロスボウを構える皆の動きも悪くない。
ここ数日、通常の矢で訓練を続けた成果が出ておる。
「二射目、撃てぇ!!」
「「「「「ドン!!」」」」」
「「「「「バーン!!」」」」」
「「「「「ドガーン!!」」」」」
魔法の矢が美しい弧を描きレザンジュ王軍の上方で爆散する。
「「「「「「「「ああぁ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「うぅぅ」」」」」」」」
破裂音が轟いた後には、うめき声をあげるだけの敵兵の姿。
本当に凄まじい。
こんな魔道具を独力で作ってしまうコーキ殿の何と恐ろしいことか……。
「「「「「「「「凄い!」」」」」」」」
「これで、エンノアも戦える!」
「もう地上の民に侮られることもないぞ」
「地上に出れるんだ!」
「やっと、この時が……」
「長年の夢が!!」
皆が感激に浸っておる。
まだ戦闘も終っておらぬというのに。
じゃが、それも……。
むべなるかな。
我らエンノアの積年の思い。
今ここから踏み出せる。
そう確信しておるじゃろうから。
……。
コーキ殿とセレスティーヌ殿、それにワディンの騎士たちを迎え、共に行動をするという決断。不便ではあるものの、それなりに安定した生活を捨て新たなエンノアを求めるという決断。
この寡兵でレザンジュ王国を相手取るなど、エンノア以外の者には無謀と映るであろう。
じゃが、わしらにはエンノアの未来を照らす預言がある。
我らを精神的に支えてくれる拠り所、その預言通りに黒と白が現れ事が進んでおるのじゃ。
それに加え、エンノアの心に深く根付く無念の思い。
読心の異能を持つエンノアだからこそ受け継ぐことが可能であった、この思い。
数百年に渡り、まるで自らの身に起きたことのように感じ続けてきた無念の思いを、我らの代で晴らすことができる。
こんな喜びは他に存在しないであろう!
じゃから、わしに迷いはない。
今の皆にも迷いなどないはず。
「エンノアの皆さん、もう十分です。ここで退いてください」
歓声の中、こちらに近づいて来たコーキ殿からの一言。
「コーキ殿は?」
「ここで殿を務めた後、エンノアに戻ります」
「……」
「今が潮時です。皆さんは戻ってください」
「ですが!」
「我らはまだ闘えます」
「コーキさん!」
皆の気持ちも理解できるが……。
「この戦いが全てではありません。この後に備えましょう」
「「「「「……」」」」」
コーキ殿に従うべきじゃ。
「皆、コーキ殿の命に従うのだ」
未練はあるものの、皆頷いている。
「スぺリス、フォルディ、行くぞ」
「「はっ!」」





