第373話 遊撃戦 2
<和見幸奈視点(姿はセレス)>
わたしがセレスティーヌでなければ、お父様からの愛情を失ったことにはならない。
悲しむこともない。
なんて……。
とても屈折した考え。
でも、それが事実だとしても。
この違和感は……やっぱり、それが全てだとは思えない。
「セレス様、セレス様っ!」
「あっ、はい、シアさん?」
「セレス様、またお身体の調子が?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけなので。それより、どうしました?」
「……皆さんも部屋の方に一度戻るみたいですので、わたしたちも戻ろうかと」
「ああ、そうですね」
トトメリウス様の神像が見守ってくださる広場の中央。
ここはとても心地良いけれど、ずっと広場にいるというのも……。
淡い光が優しくわたしを照らしてくれている。
この光に温度などないはずなのに、手の先から足の先までほんのりと温もりを感じてしまう。
それはまるで、トトメリウス様の加護のような光。
トトメリウス様の優しさが光となってわたしを包み込んでくれているよう……。
「……部屋に戻りましょ」
「はい」
わたしの言葉に頷いたシアさんが、安心したように微笑みを浮かべている。
アル君も……。
「……」
そうなんだ。
ここではわたしの一挙一動がみんなの行動を変えてしまう。
こんな未熟者なのに……。
責任は重い!
わたしを信じてついて来てくれる皆さん。
わたしを護ってくれる皆さん。
そんな皆のため、ワディンのため。
わたしのすることは決まっている。
迷いや心情なんて関係ない。
自分が本当は神娘ではないかもしれない、なんて今は問題じゃない。
もちろん、迷うことも戸惑うことも無くなりはしないでしょう。
けれど、わたしがこのセレスティーヌの姿でいる限り。
すべき事をするだけなのだから。
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十数回に及ぶ遊撃戦。
その全てで成功と言えるほどの戦果をあげ意気揚々と今回の遊撃戦に挑むワディンの騎士たち。
今回出撃している20名の内のほとんどが自信に満ち溢れている。
自信を持つのは悪いことじゃない。
が、それが過信になると……。
……。
どうも、上手く事が進み過ぎているような気がしてならない。
地の利を活かした遊撃戦、こちらが有利なのは分かるが……。
懸念を抱いているのは俺だけじゃない。
ただ、こうして戦果をあげ続けている以上、明確な理由もなしに遊撃戦を中止することなどできない。そんな雰囲気が醸成されているのも事実。
とはいえ、こちらの戦力は敵に比べれば僅かなもの。
一度の敗戦が大きな問題となってしまう。
慎重に事を進めるべきなんだ。
「「「「「「おおぉ!!」」」」」」
「「「「「「いけぇ!!」」」」」」
そんな俺の思いとは裏腹に、今回の遊撃戦も順調に進んでいる。
山中で孤立した敵の一部隊を翻弄するように攻撃できているのだ。
「そろそろ、退くぞ!」
「いや、もう少しやれる!」
「そうだ、ここで退くのはもったいない」
「駄目だ、作戦通り進めるんだ!」
やはり、慢心の気配が出ている。
良くないな。
「ヴァーン、騎士たちをまとめて退くぞ!」
「ああ、了解だ」
ワディン騎士たちの前に出て撤退を促そうとした、次の瞬間。
「包囲しろぉ!!」
「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」
「「「「「「「「おおぉぉ!!」」」」」」」
左右の木々の中から現れたのは王軍。
待ち伏せだ!
まずい!!
「撤退だ、皆もどれぇ!!」
「撤退だぁ!!」
「「「「「「ファイヤーボール!!」」」」」」
「「「「「「アイスアロー!!」」」」」」
「「「「「「ストーンボール!!」」」」」」
撤退を指示するルボルグ隊長。
指示を受けたワディン騎士たちに王軍による魔法が襲いかかってくる。
「「「「「「「うわぁぁ!!」」」」」」」
「「「「「「「逃げろぉ!」」」」」」」
魔法を避け一斉に後退を始めるワディンの騎士たち。
が、敵の包囲はほぼ完成している。
退路にも敵兵が!
「囲まれた!?」
「囲まれたぞ!!」
「どうすれば?」
くっ!
こうなるともう。
俺が何とかするしかない。
「退路は確保する、そこを走り抜けろ!」
混乱している騎士たちの耳に届くよう声に魔力をのせて叫ぶ。
「ルボルグ隊長、ヴァーン、皆をまとめてくれ」
「了解!」
「承知!」
「ノワール行くぞ」
「オオーン!」
包囲している敵兵は数百。
退路を塞いでいるのは百ほどか。
それなら。
「雷波!」
「雷波!」
「オオォォ!!」
俺の雷波2発とノワールの黒炎。
初手で最高の遠距離攻撃だ。
「「「「「「「「ああぁぁ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「助けてくれぇ!!」」」」」」」」
強烈な遠撃を受け王軍の隊列が乱れている。
今だ!
「走れぇ!!」
退路を塞いでいた王軍の隊列に空いた穴を斬り裂き走り抜ける。
「そのまま走るんだ」
「「「「「「「おう!!」」」」」」」
20名全員が無事かどうかは分からない。
ただ、今は後ろを振り向かず走るだけ。
なのだが、陣形を再度整えた数百の王軍が後ろから迫ってくる。
「コーキ、こいつぁ、まずいぞ」
「……ああ」
このままじゃ地中に入るのを見られてしまう。
地下への入り口だけは何としても隠さないといけないんだ。
「どうする?」
「……もう少し進んだところで俺が迎え撃つ。その隙に地下に戻ってくれ」
「なっ、馬鹿なこと言うんじゃねえ。いくらコーキでも、あの数は無理だ」
「そうです、コーキ殿ひとりに任せるわけにはいきません」
確かに、あの数をひとりで迎え撃つのは不可能に近い。
が、場所を選んで戦えるなら、時間稼ぎくらいは可能なはず。
「あの場所なら、皆の逃げる時間くらいは稼げます。隊長は皆を率いて地下に戻ってください」
最悪の場合を想定して、考えていた迎撃地。
今俺たちが向かっているエンノアへの入り口の近くにあるあそこなら。
「……」
「……」
「もうすぐです。迷ってる暇はありません!」
「「「「「「「「追えぇ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「逃がすなぁ!!」」」」」」」」
敵兵もすぐそこに迫っている。
想定の場所も見えてきた。
だから、俺に構わず逃げてくれ。
ん?
あれは?
「コーキ殿、ひとりで戦う必要はないみたいですよ」
「皆が出てきたみたいだぜ」
「……」
地下に残っていたワディンの騎士たちとエンノアの民の中で戦える者。
その全員がこっちに向かって来る。
「よーし、ここで迎え撃ってやろうぜ」
「コーキ殿!」
遊撃に出ていた俺たちに彼らを加えると兵数は100に近い。
対する王軍は400から500か。
なら……。
「……皆で迎え撃ちましょう!」





