第372話 懸念
「早く戻ってセレスティーヌ様に報告しようぜ」
「ああ、安心してもらおう」
「エンノアの皆にもな」
エンノアに戻り初の奇襲作戦の成功に沸くワディン騎士たち。
彼らの歓声が響き渡る地下通路には、薄暗さとむき出しの岩肌を忘れさせてくれるような、そんな熱が溢れている。
その騎士たちの後ろを歩く俺とヴァーンの目線が図らずも交差した。
「……コーキはどう思う?」
「初戦としては申し分ないだろ」
「まっ、そうだよな」
浮かれている騎士たちとは違い、ヴァーンの顔に喜色は見えない。
「心配か?」
「……」
ヴァーンが不安に思っているのは、今後のこと。
それは2000の王軍だけの話じゃない。
地中に留まることが決定してから、ヴァーンとは何度も話をしてきた。今後予想される危険、それに対する策、最良と最悪の想定。とにかく、多くのことを話し合った。
その中でも、特に懸念していたのは兵数の問題。
仮にこの軍勢を退けることができたとしても、王軍が駐留するトゥレイズとワディナートにはまだ多くの兵士が残っている。
なら、ここでの勝利など泡沫のようなものじゃないのか?
次も数千、数万の軍でテポレン山に攻め寄せてくるのではないか?
どれだけ話を重ねても、この心配を掻き消すことはできなかった。
どこまでもこの可能性は残ってしまうのだ。
とはいえ……。
これが杞憂であれ実憂であれ、今は目の前のことに集中するしかない。
「先のことは、先で考えよう。今はこの難局を切り抜けることだけを考えた方がいい」
「……ああ」
これも俺たちが何度も口にした結論。
先の数千、数万の軍勢より、まずは足下の2000。
お互い、それは良く分かっている。
「それも気にはなるが今は……」
そっちの方か……。
レザンジュ王軍が始めた掘削作業。
まるで地下に俺たちが隠れているのを知っているかのような行動だった。
もちろん、浅い穴を掘った程度で地下に侵入することなどできはしない。
ただ、俺が最初にテポレン山でエンノアに遭遇した時。
あの時は剣で地表を打ち抜いてしまい地下に落下したことが事の発端だった。
なら、この浅い掘削でも地盤の崩落が起きる可能性は考えられる。
運悪くエンノアの地下都市の上を掘削され、地盤が崩落したら……。
地下都市の存在が知られてしまう。
そのまま地下への侵入を許してしまうことも!
それだけは避けないといけない!
と、いうわけで今回の遊撃戦の決行が決まったんだ。
が……。
「ホント、不気味だぜ。あいつら、どこまで掴んでんだ?」
「……こっちの動向を知っているのかと思えば、そうじゃないとも思えてくる」
「穴掘りなんてぇのは、こっちが地下に隠れていると知らなきゃやらねえはず。こっちの動きがバレてる可能性が高けえと思ってたんだが」
俺とヴァーンが抱いていたもう1つの憂慮がこれ。
王軍が俺たちの動きを掴んでいる可能性。
充分に考えられることだ。
「奇襲については、全く対策がされてなかった」
俺たちの動きを掴んでいるなら、今回の奇襲への対応もされている。
そう踏んでいたのに、蓋を開けてみれば呆気ないもの。
「ああ、バレてなかったな。警戒してたこっちが馬鹿みたいだったぜ」
もしもの場合に備えて色々と考えていた作戦が無駄になったしな。
「……となると」
「王軍もこっちの動きを完全に掴んでるわけじゃねえってことか。裏切り者も……いねえかもな」
「……」
内通者の存在。
最も恐れていることだ。
「裏切り者がいねえなら、どうして地下を知ってるんだって話になるがよ」
「エンノアの存在を知っている者が王軍にいる。そういうことだろ」
「ちっと妙なこともあるが……まっ、そうだな」
地下都市の存在を知っていて、奇襲を知らなかった。
とすると、内通者がいる可能性は低い。
そう考えても良いはず。
「っとによ、裏切り者がいるなんて、考えたくもねえぜ」
同感だ。
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<和見幸奈視点(姿はセレス)>
10度目の遊撃戦から戻ってきた騎士の皆さん。
これまで同様、ひとりも欠くことのない無事な帰還に胸をなで下ろす。
「セレスティーヌ様、今回も大勝利にございます」
エンノアの家屋のすぐ近くに位置する広場の中央。
そこに集まったわたしたちとエンノアの皆さんに勝利を伝えてくれるのはルボルグ隊長。
勝利に沸くワディンの騎士の中、ルボルグ隊長が落ち着いた口調で報告してくれた。
「この勝利、騎士の皆様とエンノアの皆様、そしてローディン様、トトメリウス様に感謝いたします」
「「「「「「感謝いたします」」」」」」
わたしの言葉に、エンノアの皆さんも唱和するように感謝を口にしてくれます。
「ありがたきお言葉」
そう言って深く頭を下げる隊長。
後ろに控えるワディン騎士たちもそれに倣うように頭を下げたまま。
「頭を上げてください。この勝利は皆様のおかげなのですから。皆様が危険を顧みず、頑張ってくださったからです」
「「「「「「ははぁ」」」」」」
「それでは、ゆっくりと身体を休めてくださいね」
「「「「「「ありがとうございます」」」」」」
「……」
このやりとり、何度やっても慣れない。
ホント、何度同じことをしても……。
自分がセレスティーヌであることにも慣れたと思っていたけれど、こういう時にはやっぱり変な感覚を抱いてしまう。
この奇妙な感覚。
どこか曖昧な実感。
不確かな存在感。
……わたしの身体は相変わらず祝福も予知も使えないし、大仰な振る舞いに慣れることもない。
……。
……。
お父様から受けた愛情!
お父様の死!
あの時に生まれた感情の動きは、偽物じゃない!
紛れもないわたしの本当の想い。
だからあの時、わたしがセレスティーヌであるという確信を得たつもりだった!
なのに……。
お父様の死の間際でさえ、わたしの祝福の力は戻ることがなかった。
ワディンの地で神娘がその父を亡くそうとしているその時でも!
あの時は何も考えられなかったけれど、そんなこと……。
歓喜と悲哀が時を置かずにやって来たあの日のトゥレイズ。
わたしの心は千々に乱れていたのだと思う。
その後の数日は自分でも自分のことが分からなかったし、何をしているかの実感もないまま過ごしてしまったから。
本当に悲しかった。
辛くて仕方なかった。
今までも辛いことは沢山あったけど、こんな思いは……。
ユーナスあにさまを亡くした時と同じ、いえ、それ以上だと思う。
でも、皆さんがわたしを護ってくれているのに、わたしだけがずっとこんな調子でいて良いわけがない。
そうして、少しずつ冷静になっていき。
振り返って考えてみると……。
やっぱり、おかしい。
これが、普通だとは思えない。
……。
自分が神娘であることに確信を持てなくなってしまう。
セレスティーヌが神娘の力を失っただけ。
そうとも考えられるけれど……。
本当にわたしはセレスティーヌなの?
そんな疑問さえ生まれて……。
……。
……。
お父様にいただいたあの感情、あの喜びが偽物だとは思えない!
思いたくないけど、それ以上にあれを失いたくない。
ずっと渇望して、ようやく手に入れたお父様からの愛情。
失いたくない。
もうここにはないと思いたくない。
だから……お父様の愛情を失くした自分から逃げたくて。
ただ逃げているだけ。
お父様の死を受け入れることができないわたしの精神が、自分がセレスであることを否定している。
あの喜びが偽物だったと思い込もうとしているだけ。
そうすれば、愛情を失くしたことにならないから。
……。
とっても屈折している。
でも、自分らしい。
ただ……。
それだけじゃないような気が……。
その懸念を消し去ることが、どうしてもできない。
……。
……。
まだ完全には回復していませんが、なんとか更新できました。





