第369話 会議は進む
「ここに残りましょう!」
「いや、迷惑はかけられん。すぐにここを出るべきだ!」
「オルドウに逃れればいい」
「キュベリッツ王国はレザンジュと友好関係にある。そんな国、危険ではないか!」
「そうだ。レザンジュ王軍がオルドウにやって来れば、オルドウの私兵も我らの敵にまわるぞ!」
「だから、ここに留まればいい。エンノアの民も我らを受け入れてくれる」
「王軍が攻めてきたらどうする? 彼らを巻き込むつもりか?」
「なら、どうすると言うのだ?」
「レザンジュと国交のない他国に行くしかあるまい」
古野白さんと武上に壬生伊織から聞いた話を伝え、今後の方針を話し合った後、エンノアに戻って来た俺を待っていたのはこの喧騒。
普段は静かなはずのエンノアの早朝に、ワディン騎士たちの声が響き渡っている。
まさに喧々囂々といった様相を呈する室内。
結論が出ないまま、同じ内容が繰り返されている状況だ。
「他国と言うが、どこに行くつもりだ。その国が我らを受け入れるとも限らんぞ」
「潜伏すればいい」
「潜伏ならば、オルドウでも可能だ」
今後について、ワディン騎士たちの意見をまとめると。
1、エンノアに留まる。
2、オルドウに隠れ住む。
3、キュベリッツ以外の安全な国を探し、そこに逃れる。
概ね、この3つと考えてもいい。
キュベリッツやレザンジュの地方都市や村に潜伏すべきという意見もあるが、それについて強く主張する者がいない現状。この三択ということになるのだろう。
「セレスティーヌ様はどう思われますか?」
「わたしは……。皆さんやルボルグ隊長の考えを尊重したいと思っています」
そう答える幸奈の声は細いもの……。
ただ、その細さの中に強さを感じる。
表情も少し変わってきたようだ。
……。
傍らのルボルグ隊長は腕を組み目を瞑ったまま、口を開こうとしない。
そうだよな。
簡単に決めることなどできないよな。
どれを選択しても問題は残るんだから。
「困ったもんだぜ」
ワディンの騎士たちから少し距離を置いた位置に席をとる俺とヴァーン。
そのヴァーンも珍しく判断に苦しんでいる。
「コーキ先生?」
「コーキさん?」
シアとアルも同じく心が揺れているようだ。
「コーキなら、どうするよ?」
「俺は……」
もちろん、俺にも何が最善なのかは分からない。
ただ、エンノアの民に迷惑をかけることだけは避けたいと思っている。
「ここを出るべきだと思う。ヴァーンはどうなんだ?」
「どれも問題ありだが……。まっ、俺としてはオルドウに戻りてえな。何と言っても、オルドウは俺たちの街だからよ」
「そうか」
シアとアルも頷いている。
3人はオルドウに思い入れがあるから、この考えも当然か。
「ディアナ、ユーフィリア、おめえらの考えは?」
「私はセレスティーヌ様に従うだけだ」
「私も」
「最終的にはそうだろうがよ。今は個人の意見を聞いてんだぜ」
「そんなもの必要ない」
「はっ、そうかよ」
こんなやり取りが室内のいたる所から聞こえてくる。
各人はそれぞれ意見を持っているものの、みな決め手に欠ける状況。
まだまだ結論が出る感じにも見えない。
とはいえ、いつまでもここで話している時間もないんだ。
エンノアを出るなら早い方が良いのだから。
と、そこに。
「皆さん、お話し中に申し訳ないのですが朝食の用意ができましたので、こちらにお越しください」
エンノアの民が俺たちを迎えに来てくれた。
「今後については、朝食の後に話しましょう。もちろん、我々も参加いたします」
「スぺリス殿?」
「どうか、お気になさらず。一度受け入れた以上、我らは同胞と考えておりますから」
「……」
「ということで、我らエンノアは全面的にあなた方を支援いたします。レザンジュ王軍がやって来ようとも問題はありません」
話しているのはスぺリスさん。
彼がエンノアの代表として発言を続けている。
「この地下にいれば彼らとて、我らを見つけることは容易ではないでしょうから」
「「「「「……」」」」」
「オルドウや他の都市より、よっぽど安全です」
朝食後。
ワディンの騎士とエンノアの民が一堂に会して話し合いの場を設けたのだが、途中からはエンノアの独壇場。エンノアによる協力とこの地に留まることの利点を力強く話し続けることで、ワディンは反論することもできなくなってしまった。
エンノアを巻き込みたくないと俺も何度か口にしたのだが、彼らはそんなこと全く意にも介していない様子で。
「エンノアとコーキ殿は一心同体です!」
ゼミアさんに言い切られてしまった。
フォルディさんやスぺリスさん、他の皆も同じようなことを口々に。
そこまで言われると俺も……。
「ワディンの皆様、この地に留まるということでよろしいでしょうか? よろしければ、ここからは対レザンジュについて話を進めていきたいと思いますが?」
ここまで来れば、場の流れはほぼ決まったと言っても良いだろう。
もう仕方ない、か。
いや、本当にありがたいことなんだ。
ただ、どうしても申し訳ない気持ちが拭い切れないだけで。
「セレスティーヌ様?」
「隊長、ワディンの皆さん、エンノアの方々がここまで言ってくれているのです。わたしはこの提案を受け入れたいと思います」
今まで自分の意見を主張することなどほとんどなかった幸奈。
その幸奈が受け入れると断言してしまった。
決定だな。
「ルボルグ隊長、皆さん?」
「我らワディンの騎士、セレスティーヌ様に従うだけです」
「「「「「従うだけです!」」」」」
一斉に片膝をつき頭を下げるワディン騎士。
「ありがとうございます。……ヴァーンさん、コーキさんは?」
「ああ、俺も従いますよ」
「……私もです」
こうなれば、俺はもう最善を尽くすのみ。
幸奈もエンノアも護るだけだ!
「それでは、決定ですね。エンノアの皆様、今後もよろしくお願いいたします」
「はい! ワディンの皆さん、一緒にこの難局を乗り切りましょう!」
「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」」」
ワディンからもエンノアからも地中に轟くような声が上がる。
喚声、いや歓声だ!
「……」
これで良かったのかもしれないな。
「では、今後の対レザンジュの方針について話したいと思います」
スぺリスさんが話を続ける。
「近々テポレン山に姿を現すであろうレザンジュの王軍に対してとる行動は2つ。最前から話しているように、この地中でやり過ごすことが1つです」
そうだな。
基本的に隠れることになるだろう。
「そして、もう1つはこちらから攻めること。レザンジュ王軍に攻撃を仕掛けることです」
攻撃に出るのか?
この地に潜むという利点を捨てて?
「といっても、正面から敵の大軍にぶつかる必要はありません」
「……」
「この地中と地上を繋ぐ出入口は複数存在します。これを利用すれば比較的安全で有効な攻撃も可能かと」
山における少数での戦い。
それをエンノアは熟知している?
「相手はテポレン山に不慣れな軍兵。ですので、複数の出入口を利用しての少数による奇襲、撤退。これを繰り返すことで有効な攻撃となるはずです」
なるほど、ゲリラ作戦的なものか。
「そうか、その戦い方なら!」
「ああ、大軍相手でも何とかなる」
「今までだって勝ってきたんだ。その上にこの作戦! やれるぞ!」
ワディンの騎士たちもこの奇襲作戦の有効性を理解したみたいだ。
「もちろん、地中に潜むか、外に出るか? それは状況次第でしょう」
その通り。
相手の出方次第で対応が変わってくる。
すべては状況次第だ。
「ただ、攻守をともに考えておくことが何より重要かと愚考いたします」
スぺリスさんの話す内容に皆が惹きつけられている。
たいしたものだな。
「では、それぞれ具体的に話を進めていきましょう」
攻守の具体的作戦。
その話の前に皆が息をのんでいると。
「ゼミア様!」
荒い息をした男性が駆けこんできた。
「何があったのじゃ?」
「テポレンにレザンジュ王軍が現れました!」





