第365話 テポレン山 1
<アル視点>
「ということで、エンノアの方々のお世話になるわけですが、これはあくまでも彼らの好意によるものですので」
コーキさんが硬い表情で、おれたちに語りかけてくる。
「しっかり理解して行動してください」
そんなの当然だろ。
おれたちやワディン騎士に、わざわざ言うことか?
まっ、コーキさんらしいけどさ。
「それと、もう1つ」
「コーキ殿、何でしょう?」
「……これから訪れる場所についてです」
「と言いますと?」
「ルボルグ隊長やワディンの皆さんを案内する休憩所は、特殊な地に存在しています」
特殊?
テポレン山ってだけで十分特殊だけど?
「エンノアの方にとっては非常に重要な、秘密の居住地とも言える場所です」
「そいつぁ、隠れ里みたいなもんか?」
「ああ」
「……ホントかよ」
ヴァーンさんの問いに頷くコーキさん。
「信じがたい話だが、コーキがそう言うなら間違いねえんだろうな」
特殊で秘密の隠れ里がテポレン山に実在する。
その事実に、皆がざわめいている。
おれもワクワクしてきた!
「そのような場所に我々を案内していただけるのですか?」
「ええ。ですので、この先のことは口外無用でお願いします」
「おう、了解だ」
「我々も了解です」
ヴァーンさんも騎士たちも、全員が秘密厳守を約束している。
けど、それ以上に。
みんなが興味津々といった表情。
そうだよな。
そうなるよなぁ。
「くれぐれもお願いしますよ」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
コーキさんの念押しに力強く頷くワディン騎士たち。
おれも、これでもかというくらい頷いてしまった。
「それでは、フォルディさん」
「はい」
今まで黙っていたフォルディさんが一歩前に。
「皆さん、これから案内する場所はとっても面白い場所にありますけど、驚かないでくださいね」
いやいや。
そう言われると、高まっていた期待がさらに膨らむだけだぞ。
「では、まいりましょう」
「……」
フォルディさんとコーキさんを先頭に、皆が歩き出す。
ゆっくりだけど、足が軽い。
これまでの疲れが消えたかのようだ。
でも……。
やっぱり、セレス様だけは変わらないか。
暗い表情で、ずっと何かを考え込んでいる。
何かって、それはもちろん、あれだろうけど……。
分かっていても、おれにはかける言葉が見つからない。
姉さんやコーキさんが話しかけても上の空なんだ。
おれが何を言っても、今のセレス様に届くとは思えないから。
「……」
あの事件の直後。
セレス様はもちろん、おれたち全員が悲しみに深く沈みこんでいた。
ただただ黙って歩くばかり。
けれど、状況がそんな歩みを許してくれなかった。
俺たちを追走するレザンジュ王軍。
時に王軍をかわし、時に戦いに臨む。
そんな厳しい時間の中で、いつまでも悲しんでいるわけにはいかなかったから。
ただ、その後の戦いでは連戦連勝。
大軍相手に、信じがたいほどの戦果を挙げ続け。
気づけば、皆の顔から悲壮感は消えていた。
ただ、セレス様は……。
だから、おれたちは自然に振る舞うことに決めたんだ。
そうすれば、セレス様もいつかは元気を取り戻してくれるはず。
時間がセレス様を癒してくれる。
そう信じて。
ん?
セレス様が立ち止まって何かを見ている。
「……あの花?」
「あちらの薄紅の花弁ですか?」
「はい、何という花なのでしょう?」
セレス様が尋ねたのは、一本の大木の枝の先に薄く色づいた花。
「ベニワスレという広葉樹です。まだほとんど咲いてませんが、もうすぐ見頃になるはずですよ」
「ベニワスレ……」
僅かではあるけど、セレス様の表情に色が戻っている。
薄紅の花弁がセレス様を慰めて?
「この辺りもあと数日で満開になるでしょうから、その時にまたゆっくり楽しんでください」
「……はい」
********************
「「「「「おおぉぉ!!」」」」」
「「「「「何だ、ここは!?」」」」」
「「「「「凄い……」」」」」
ワディンの騎士たちが驚きの声を上げ固まっている。
放心状態と言っても過言じゃないな。
「地下にこんな空間が……」
「嘘だろ」
「テポレンの地下に住んでんのかよ」
「しかし、なんて眺めだ」
「綺麗……」
シアもアルもヴァーンも目を見開いている。
幸奈もだ。
まっ、当然か。
テポレン山中に地下都市があるなんて、皆の想像を超えているだろうからな。
「信じられない」
「ああ」
そんな彼らの反応は、概ね予想通り。
ただ、ここまで連れてきたことは。
「フォルディさん、本当に良かったんですか?」
「ええ、長老の許可を得ましたので」
「ですが……」
今はほぼ使われていないとはいえ、エンノアの居住地は地上にもある。
なのに、そこではなく地下都市に案内してくれた。
しかも地下への入り口程度ではなく、地中深くまで。
「コーキさんの仲間の方々ですし。それに、今の状況を聞いて放置はできませんよ」
しかし、この人数だぞ。
「大丈夫ですって」
「……」
「ボクたちには、コーキさんに対して返せないほどの借りがありますからね」
そうは言っても、レザンジュ王軍が押し寄せてくる可能性だってあるんだ。
場合によっては、エンノアに大きな損害を与えてしまうかもしれない。
「そもそも、地下に隠れていれば追手など怖くありませんし。誰もエンノアを見つけることなどできませんので」
確かに、王軍といえど地中までは捜索しないはず。
仮に捜索したとしても、広大な山中で地下都市を見つけるのは簡単じゃないだろう。
「だからね、コーキさん。ここはエンノアに任せてください!」
「……ありがとうございます」
「いえいえ、我らにとっては当然のことですって」
「……」
ここまで来て、今さらどうこうできることじゃないか。
ひとまずは彼らのお世話になって。
もし迷惑をかけるようなら、すぐに立ち去るとしよう。
「さてと、皆さん、こちらへどうぞ」
結局、その日はエンノアの方々の好意に甘え、彼らの住居でゆっくりと休ませてもらうことになった。
怪我人の手当てから始まり、たっぷりの食事に温かい寝床の提供と。
本当に感謝の言葉もない。
あっ、そうそう。
以前より改善されたとはいえ、相変わらずエンノアの食事は偏ったもので、今夜も獣肉とベオであふれた食卓だったな。
ただ、俺とワディンの皆にとっては、ありがたくも美味しい食事以外の何物でもない。
特に、平たく伸ばされたベオはパンとナンの中間のような食感で俺にとっては懐かしいものだったよ。
ちなみに、エンノアの皆さんは俺が以前渡したサプリメントとオルドウで手に入れる野菜でビタミン補給をしているようだ。
夕食を終え、今は各自あてがわれた宿舎の中。
地下都市という奇天烈な環境と珍しい食事に興奮しきりだったワディンの騎士たちも穏やかな寝息をたてている。さっきまでの興奮状態が嘘のようだな。
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
トゥレイズを脱して以来、初めて温かな寝床を与えられたんだ。
今はゆっくり休んでもらいたい。
幸奈も今夜はゆっくり眠れるだろう。
で、俺は。
もちろん、すぐに休みたいところだが、すべきことが沢山残っている。
ここまでの逃走中にできなかったこと。
今しかできないこと。
そう。
日本にいるセレス様に会いに行く必要がある。
「……」
状況的にやむを得ないとはいえ、最近の俺はこちらで幸奈にかかりきりだった。
なので、トゥレイズを脱出して以降は一度も日本に戻れていない。
あちらでもセレス様を守るべく策を講じてはいるものの。
これだけ間が空いたんだ。
セレス様も待ちわびているはず。
だから、そろそろ日本へ。
セレス様の近況を確認するため、そしてトゥレイズ陥落と辺境伯の件をセレス様に報告するため、戻らなければならない。
「……」
ただし、その前に。
今夜は、ここエンノアの地でやらなければいけないことがある。
「フォルディさん、少し時間をいただけますか?」
エンノアの皆さんとの話し合いだ。
********************
<長老ゼミア視点>
「ゼミア様、これで良かったのでしょうか?」
「……分からぬ」
今回の対応が正解かどうか?
予知の力を持たぬ身に分かるわけもない。
長老たるわしが軽々に判断することもできない。
じゃが。
「このまま座してただ時の流れに身を任せるが良いと思うか?」
「いえ、それは……」
二者択一となれば必然。
スぺリスも内心では理解しているはず。
「……」
エンノアの命運をかけた決断、そうやすやすと答えられぬだけじゃ。
ここにいる皆が同じ思いじゃろう。
ただ、そうであるなら。
わしが話すしかない、か。
「このままゆっくりと衰退の道を選ぶのも一つの選択」
「……」
「コーキ殿と共に歩むのも、また一つの道」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
スぺリス、フォルディ、サキュルス、ゲオ、ミレン。
皆一様に黙ったまま。
ふむ……。
むべなるかな。
「……」
皆の気持ちは、よく理解できる。
じゃが、ここが一族の正念場。
我らエンノアにとっては、特に読心を宿す者にとっては、意志を示すことにこそ意味がある。
それこそが道を拓くのじゃ。
「フォルディ、おぬしはどう考える」
「……エンノアの民の命は非常に大切なものだと思います」
「ふむ」
「ですが……」
フォルディの返答を、皆が固唾をのんで待っておる。
「エンノアの悲願は民の命に勝る」
「「「「……」」」」
「それは……それは、皆も理解しているでしょう」
「ふむ」
「しかも、今回は預言通り。黒と白が揃いました」
「……」
「今こそが預言の時かと」
「ならば?」
「わたしはコーキさんと共に歩みたいと考えています」
「「「「!!」」」」
「レザンジュを敵に回しても、ということじゃな?」
「はい。預言通り、我らには勝利が約束されているはずですから」
「ふむ」
よくぞ、口にした。
「スぺリス、サキュルス、ゲオ、ミレン。おぬしらはどうじゃ?」
「私も……コーキ殿と歩むべきかと」
スぺリスも心を決めたか。
「私もです」
サキュルス、ゲオ、ミレンも頷いておる。
「ならば、好し!」
あとは皆に伝えるだけ。
それも問題はない。
「エンノアの民全てを広場に集めるのじゃ」
「「「「「はっ!」」」」」
今も昔も広場で我らを見守ってくださる神像。
トトメリウス様が我らの未来を照らしてくれるであろう。





