第364話 野営地
<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>
「はぁぁ」
今日はとんでもない一日だった。
良くも悪くも、普通じゃなかった。
「……」
ゆきちゃん、永理ちゃんとランドで楽しく過ごしたところまでは、とっても素敵な時間。こんなに楽しいことが存在するなんて今でも信じられないほどの夢のような一時を過ごすことができた。
ただ、その後が……。
壬生兄たち異能者による襲撃。
ある程度は予知で分かっていても、大変だったから。
でも、ゆきちゃん、永理ちゃんに害が及ばなくて良かった。
心からそう思う。
そんな非日常の一日。
大変な一日を無事に乗り切ることができた今。
私の心身には、かなりの疲労が残っている。
体は鉛のように重いし、頭痛も少し。
「……仕方ない、かな」
実際のところ、疲弊するのも当然だと思う。
異能者による襲撃は予知通りのものだったとはいえ、彼らへの対応が簡単なわけではない。
予知した戦闘内容はお互いの行動次第で変化するもの。それを考慮して慎重に動かなければいけないのだから、かなり神経を使う。その上、身体能力が高くもない私が攻撃を回避し続けるのは、先が分かっていてもかなり難しいことだ。
あの場では余裕なんてなかったから、ただ予知から外れないよう体を動かすことに必死だったけれど……。
今になって振り返ってみると、怪我もせず良く切り抜けることができたものだなと。自分でしたことながら、ちょっと信じられないなと。
そう。
体の重さと頭痛で済んでいるのなら、まだまし。
運が良かったと考えるべきなんだろう。
それに私の疲労なんて、古野白さんと武上君に比べれば何てことはない。
私が頑張ったのはほんの僅かな時間のみ。
2人が現れてからは、ほとんど何もしていない私が愚痴なんて……。
私が無事に家に戻ることができたのは、2人が壬生兄の蛮行を防いでくれたから。
全ては古野白さんと武上君のおかげ。
私の力じゃないのだから。
「……」
古野白さんと武上君の力で捕らえることに成功した壬生兄。
能力開発研究所に連行された彼は、この後どうなるのだろう?
研究所は、彼にどんな対応をするんだろ?
心配無用と武上君は言ってくれたけど。
ほんとにもう平気なの?
彼の背後には壬生の家と和見の父がいるのに?
でも……。
今回の件で、研究所が壬生家と父に強く牽制してくれるのかもしれない。
だとしたら、状況が変わることも考えられる。
今後彼らが幸奈さんに手を出さない可能性だって……。
もちろん、そんなに甘い相手じゃないと理解はしている。
それでも、事態が良化していることだけは確かだと思うから。
「……」
クールな古野白さんとヒーローの武上君。
息ピッタリの2人に任せておけば大丈夫。
今は信じるしかない。
武上君……。
「ふふ」
あのヒーローっぷりったら。
思い出しただけで、頬が緩んでしまう。
ほんと、とっても個性的で面白い人。
そんな武上君に古野白さん、もちろんコーキさんも。
頼りになる人ばかり。
こちらの世界でもあちらでも、私は恵まれている。
本当にありがたいことだ。
「……」
心から信頼できる3人に護られた私にできることは何だろう?
今は……やっぱり様子を見ることだけ?
和見の家で慎重に過ごすだけ?
************************
<アル視点>
「キッツイなあ」
「戦闘後だから、しょうがねえ。けどよ、女性陣は文句も言わず歩いてんだぞ。弱音を吐いてる場合じゃねえなぁ、アル」
「弱音じゃない。ただ、ちょっと、そう思っただけだろ」
「なら、頑張れ」
「……分かってる」
王軍を叩きのめしたという高揚感が足を軽くしてくれるものの、やっぱり無視できない程の疲労を感じてしまう。トゥレイズ城塞を脱出してからずっと緊張感のある時間が続いているんだから当然といえば当然だけど。
「……」
しっかし。
またミッドレミルト山脈かぁ。
少し前にエビルズピークで大変な目に遭ったばかりなのに、こんなに早く戻ってくるなんて想像もしてなかったよなぁ。
「アル、体は大丈夫なの?」
「……問題ないよ。姉さんこそ、どうなのさ?」
「わたしは平気」
ヴァーンさんの言う通りだ。
姉さんが頑張っているのに、おれひとり疲れた顔を見せるわけにはいかないな。
「それに、もうすぐ今日の登山も終わりでしょ。そうよね、ヴァーン」
「ああ。日も傾いてるし、そろそろ野営の準備じゃねえか」
「ねっ。だから、大丈夫」
そろそろ終わり。
だったら、何の問題もない。
「アルも体が平気なら、あと少しだけ頑張りなさいよ」
「こっちは、さっきから問題ないって言ってんだろ」
「そう?」
「そうだよ」
姉さん、なんで笑ってんだ。
ホント、いつまでも子供扱いして!
おれはもう冒険者で剣士だっての!
「でも、そうかぁ。今夜はテポレン山で野営するのね」
「どうした、シア? 山での野営はもう何度も経験してんだろ?」
「そうなんだけど……」
ヴァーンさん、分かってねえなぁ。
テポレン山については、ちょっと特別な思いがあるんだよ。
そこは、何度通っても変わらないんだって。
「アル?」
「ん……こうやってテポレン山を越えてオルドウに向かうなんてさ」
「……」
「あの時は思ってもいなかったよな、姉さん」
常夜の森とテポレン山との境界でセレス様を待っていた時。
ダブルヘッドとの激闘を経験したあの時。
テポレン山を上ってセレス様を迎えに行く力なんて持っていなかった。
コーキさんに任せるしかなかった。
ただ待つことしかできなかったあの日の思い、今も鮮明に覚えている。
「……本当ね」
あの時果たせなかったテポレン越え。
まさか、こんな状況で経験するなんて。
嬉しいような、寂しいような、哀しいような。
何とも言えないよなぁ。
その思いは姉さんも同じだろ?
「……」
ただ、今回のテポレン越え。
そんなおれたちの思いより、セレス様が……。
今は少し離れてコーキさんと一緒に歩いているセレス様。
とにかく、表情が晴れてくれない。
こうして振り返って様子を見ても……。
やっぱり、元気がない。
とはいえ、この数日間で少しはましになってきたのか?
だといいんだけど。
「……」
今考えれば、トゥレイズ城塞から脱出した当初なんかは最悪の雰囲気だった。
セレス様も騎士のみんなも口をつぐんだまま、ただ足を動かすだけ。
まるで葬送行列のような歩みがずっと続いていたものだ。
それに比べれば、今は空気も随分よくなったと思う。
特に騎士連中なんかはそう。
みんな少なくない怪我を負っているし、疲労困憊もしているはずなのに……。
レザンジュの追手を何度も撃退したという事実が、勇気と自信、それに活力を与えてくれているんだろうな。
ただ、その中で。
セレス様の表情だけは晴れない。
「……」
まあさ。
理解はできるよ。
おれだって、騎士のみんなだって、あの衝撃はまだ消えていないんだ。
実の父親を亡くしたセレス様の想いは、おれの想像を超えていると思うし。
気持ちの整理がつかないのも当然だと思う。
けど、いつまでもこれでいいわけないからさ。
だから。
セレス様に近づいて、気楽に気軽に。
「セレス様はテポレン越えを経験してますよね」
「……」
「あの時は、どうでした?」
「……コーキさんが助けてくれましたから」
おっ、答えてくれたぞ。
「コーキさんのおかげで、無事に山を下りることができたんです」
「なら、今回も安心ですね」
「……はい」
まだ、上の空って感じだけど。
こうして話をしてくれるだけで、今は十分かな。
姉さんもみんなも、そんな顔をしてるよ。
なんて思いながら歩いているうちに。
「セレスティーヌ様、そろそろ野営の準備をしたいと思います」
野営地に到着したようだ。
「……はい」
「では、あの開けた辺りで」
ルボルグ隊長の指揮のもと、騎士のみんなが野営の準備を開始。
もちろん、ヴァーンさんやコーキさんも一緒に設営している。
んん?
コーキさん、どうした?
その微妙な感じは?
周囲を見渡して何か考えている?
「コーキ、気になることでもあんのか?」
「いや……」
「煮え切らねえ返事だなぁ」
「……」
やっぱり、おかしい。
この辺りに何か問題が?
でも、問題ある場所での野営ならコーキさんが止めるはずだし。
いったい……?
っと!
「あれは!?」
前方に見える大岩の後ろから、突然人影が?
それも、ワディン騎士じゃない。
正体不明の男が3人!
こんな所にどうして?
まさか、王軍の追手?
「コーキ!」
コーキさん、3人を凝視している。
気配を感じてたってことか。
「誰だ、あいつら?」
「……ヴァーン、アル、大丈夫だ」
「けど、あやしい3人が」
「心配はいらない」
そう言ってコーキさんが3人に近づいていく。
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
その様子を皆が固唾をのんで見守っている。
「コーキさん、お久しぶりです」
えっ?
知り合い?
「ご無沙汰しております、フォルディさん」
フォルディさん?
あっ!
そうだ、フォルディさんだ!
いつもと様子が違うから気付かなかった。
でも、フォルディさんがどうしてテポレン山なんかに?
「お元気そうで何よりですよ。で、これは、どうされたんです?」
「実は……」
「…………」
「…………」
何か話している。
けど、声を落としたようで、よく聞こえない。
「…………」
「…………」
「了解です」
おっと、話が終わったみたいだ。
コーキさんが小走りで戻って来る
「皆さん、安心してください。彼らはテポレン山に住んでいる私の知人ですので」
「知人?」
「こんな場所に?」
「ホントかよ?」
「テポレン山に人が住んでんのか?」
「信じられない……」
騎士たちが驚いている。
姉さんもヴァーンさんも、もちろんおれも。
だって、テポレン山に人が住んでるなんて!
それも、フォルディさんが!
こんな話、驚かない方がおかしいだろ。
「ルボルグ隊長、テポレン山については彼らが詳しいので、こちらの事情を少々話しても良いでしょうか?」
「コーキ殿、問題はないので?」
「はい、信用に値する方々です」
「そうですか……セレスティーヌ様、いかがいたしましょう?」
「コーキさんにお任せします」
「……」
「ありがとうございます。では、少しお待ちください」
コーキさんが、再び3人のもとへ。
「…………」
「…………」
「……!?」
「……ですが、黒と白……」
「いや……」
「…………」
「しかし……」
「…………」
「…………」
「分かりました」
「では、そういうことでいいですか、コーキさん」
「お願いします」
「了解です。サキュルス、おじいさ……長老に報告を」
「はい、急ぎご意向を伺ってまいります」
良く分からないけれど、話がまとまったみたいだ。
フォルディ:エンノアの長老ゼミアの孫
サキュルス:エンノアの若者、読心能力者
エンノア :テポレン山に隠れ住む人々





