第361話 黒都カーンゴルム 2
<ヴァルター視点>
「憂鬱な薔薇は全員が1級冒険者のA級パーティーだぞ。お前がその一員だというのか?」
「ああ、そうだ」
あやしい。
あやしすぎる。
「……」
オレはシャリエルンとは二度、パーティーメンバーとは一度だけ顔を合わせたことがあるが、記憶の中にラルスという冒険者はいない。
もちろん、パーティーメンバー全員に会ったわけじゃないし、このオレの記憶も曖昧なものだから、ラルスが憂鬱な薔薇の一員ではないと断定はできないが。
こいつの動きは……。
特化タイプなのか?
いや、それでも1級には見えない。
「間違いなく、私は薔薇のメンバーだぞ」
「……そうか」
今はそこは聞き流してやる。
「で、なぜオレを尾行していた?」
「あっ……ちょっと気になったから」
「何?」
「あんたの動きとか? 動きとか??」
こいつ、何言ってる。
「動きが、その……」
はぁ~。
仕方ない。
「分かった」
「おっ、いいのか! ほんとに?」
「ああ」
「なら、放してくれ」
「駄目だ。行くぞ」
「えっ、何? どこ?」
「憂鬱な薔薇の拠点だ」
早くお嬢に報告したいところだが……。
どうやら、これを片付けてからになりそうだな。
「っ! 全部話しただろ」
「あれで話したつもりか」
「……」
「話してないよな」
「くそっ! 放せよ」
「いいから、黙ってついて来い」
ラルスの腕を引っ張って異臭漂う路地裏を後にする。
「……」
「……」
最初は逃れようと暴れていた彼女も大通りが近づくにつれ大人しくなってきた。
観念したのか?
いや、してないな。
「なあ?」
「何だ」
「本当に行くのかよぉ?」
「ああ」
「……ちゃんと喋ったのに」
「……」
今はまだ大通りの手前。
ここなら、そう目立つこともないだろ。
「もう一度聞いてやる。オレを尾行したのはなぜだ?」
「だから、あんたの動きが気になったからだって」
また同じことを。
こいつ、それで通ると思っているのか?
「ちぇっ」
思っていそうだ。
「もう放してくれよ、頼むからさ」
「おまえ……オレが誰だか知っているんだよな?」
「……」
「知っていて尾行した?」
「……」
「そういうことか?」
「……」
話す気がないと。
そこだけは、しっかりしているようだ。
が、まあ……。
オレの存在が知られているのは、いいだろう。
以前カーンゴルムで冒険者として活動していた関係で、今もギルド内には知り合いが多いからな。特段おかしいことでもない。
それに、今回は彼らの力も借りている。
だから、オレについては問題ないんだ。
が、お嬢のことがバレてるとなると話は違ってくるぞ。
「話さないなら、このまま拠点に行くまでのこと」
「それは、ちょっと……」
「なら、喋ればいい」
「その……あんたが……」
「何?」
「あんたが、カーンゴルムで何をしてるのかと思って」
「……」
「ホントなんだって。今回は私の独断で、パーティーは関係ないから」
信じがたいな。
「幻影のヴァルターがカーンゴルムで何もせずに長期滞在しているから、それで気になって……」
憂鬱な薔薇のメンバーが、そんな理由で?
「ほんとに、ホントだから」
簡単に信じられる内容じゃないが、嘘を言っているようにも見えない。
「それだけか?」
「……」
やはり、薔薇のリーダーシャリエルンと話をした方が良さそうだ。
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<レザンジュ王国第一王子アイスタージウス視点>
「トゥレイズ城塞の征圧が完了しました」
想定通りだな。
「神娘セレスティーヌについては、現在捜索中です」
「……」
セレスティーヌの生存は嬉しい誤算だったが、まさかトゥレイズから逃してしまうとは……。
が、生きているなら大きな問題じゃない。
手に入れればいいだけ。
簡単なことだ。
「ただ、近い内に見つけ出すことも可能かと」
「ふむ。近い内とは?」
「はっ、10日以内には可能との報告がありました」
「10日……」
ワディナートとトゥレイズを落とした今、残すは神娘だけ。
ならば、すぐに片が付くということであろう。
それにだ。
トゥレイズでの報告で10日以内と言うことなら、今頃は既に捕えている可能性もある。
神娘が我が手に。
ふっ、悪くないな。
「南部方面については、今後ワディナートとトゥレイズの統治に専念することになりそうです」
「陛下のお考えか?」
「はい」
「……」
これで、南部問題はほぼ終わったと見ていい。
もう憂いはない。
ふふ。
何もないな。
「下がって良いぞ」
「はっ」
頭を下げたまま、勅任官が部屋を出て行く。
残ったのは私と腹心のみ。
「殿下、これで整いましたな」
「南部はな。宮はどうだ?」
「無論、終えております」
「うむ」
「こちらについては、心配は無用です」
「……」
長く続けてきた準備も全て終わり、これで先に進める。
ようやくだ。
本当に長かった。
「ただ、エリシティア様が」
「あやつのことは、捨て置けばよい」
いまだキュベルリアに健在のエリシティア。
誤算と言えば誤算だが、それももう大きな問題ではない。
「ですな」
「うむ。今はもう全てが整ったと考えてよいだろう」
時は今か。
「「殿下!」」
「「御決断を!」」
「……」
これまでのことを考えると、万感の思いが込み上げてくる。
抑えきれないその感情の中に、ただひとつ……。
もし可能なら、避けることができるなら。
この手段だけは。
「……」
今さらだな。
そう、詮無きことだ。
「ふふ」
「殿下?」
「ああ、何でもない」
私の中にもまだこんな心が存在する、か。
「それでは?」
だが、それもここまで。
ここでお別れ。
「……決行だ。5日後に決行する!」
過去の私とも、今とも決別!
「万端、怠るなよ」
「「「ははっ!」」」





