第358話 白都キュベルリア 1
<イリアル視点>
「思ったより早く決着が付きましたねぇ」
「……子爵次第で、もっと被害を抑えることもできたはずだがな」
「そりゃそうですけど、簡単に決断できることでもありませんしね」
「……」
「こんなもんでしょ」
今回の攻城戦。
開戦前から寝返りの可能性は十分に考えられていた。
家門繁栄を第一とするトゥレイズ子爵に働きかけることは、そう難しいことでもなかっただろうからな。
とはいえ、戦は水物。
戦況次第で子爵の心がどう動くのか?
まったく分かったもんじゃない。
ってことで、こっちは開戦以降慎重な攻めに終始してきたわけだ。
「想定の倍の損害は軽くないぞ」
まっ、6万という圧倒的多数で攻めながら、それなりの損害を受けちまった攻城戦に愚痴を言いたくなる気持ちも理解できる。
とはいえ、悪い戦果じゃねえだろ。
「難攻不落と称されるトゥレイズ城塞をこの短期間で落としたんです。好しと考えるべきですよ」
「……」
満足できねえってか。
潔癖で完璧主義のトゥオヴィらしいぜ。
けどよ。
おまえは攻城戦の指揮官どころか、大隊の長ですらねえんだぞ。
「……そうだな」
おっ?
「イリアルの言う通りだ」
今日は素直じゃねえか。
「どうも、いかんな。つい焦ってしまう」
「エリシティア様ですね」
「……うむ」
今は白都にいる王女エリシティア。
こっちは遠く離れた辺境の城塞にいるってのに、相変わらずトゥオヴィの心は王女様でいっぱいか。
ほんと、呆れた忠誠心だよ。
「ですがまあ……これで南部侵攻も終了でしょ」
終戦となれば、黒都に戻ることができる。
場合によっちゃあ、白都までエリシティアに会いに行けるんじゃねえのか。
「うむ。大規模な軍事行動はこれで終わりだろう。ただ……」
「神娘ですね?」
「逃走を許してしまったからな。彼の者を捕らえるまでは南部侵攻が終了したことにはならぬ」
「そうはいっても、神娘を護るのは少数のワディン騎士でしょ。なら、難しい追跡じゃない。捕縛は他の者に任せて、トゥオヴィ様は黒都に戻れるのでは?」
数字上は容易なこと。
けど、実際は……。
「ローンドルヌを突破した猛者たちだぞ。侮れる相手ではない」
良く分かってるな。
って、当たり前か。
トゥオヴィはあの戦いを指揮してたからな。
「神娘を容易に捕縛できるとは思えん」
「追跡部隊によりますよ」
「……」
で、その追手はどんなもんだ?
「……200名の部隊を複数差し向けているらしい」
「200ですかぁ」
並の兵士200じゃあ、無理だろ。
「トゥオヴィ様は進言しなかったので?」
「したに決まっておろう」
「ってことは?」
「少数のワディン騎士への対応など、200で十分とのことだ」
「……」
上は、奴らの力を過小評価してると。
まっ、常識的に考えりゃ、妥当な兵数だけどよ。
「……難しい、か」
その通り。
ほんと、上の奴らは分かってねえなぁ。
ローンドルヌ大橋での戦闘報告は上げてんのによ。
「あのワディン騎士たち、それにダブルヘッドまでいるのだからな」
間違いねえ。
そいつらだけでも十分な戦力だ。
けどよぉ、トゥオヴィ。
ひとつ抜けてるぞ。
あのバケモンだ。
神娘の傍には、常にあいつがいるんだぜ。
って、おまえは知らないんだったな。
とにかく。
バケモンが神娘を護っていることは確実。
それだけで、追跡捕縛がどんだけ困難になることか。
「……」
メルビンによると、あいつはドラゴンをひとりで倒す力を持ち、その剣技は剣姫に匹敵するらしい。
加えて、あの魔法の腕前。
遠距離からこっちを狙撃してきた攻撃魔法は、とんでもねえもんだったからよ。
その兵数で対処できるなんて、とてもじゃないが思えねえ。
200の部隊が複数でかかれば、何とかってところだろ。
「厄介なことだ」
「……」
はあ~。
また仕事が長引きそうじゃねえか。
こっちは、やつの動向を探ればいいだけとはいえ、面倒事に変わりはねえんだからよ。
ん?
そういえば、ボスからの指示をもらってないな。
ってことは、もう俺の仕事じゃない?
バケモンの監視は終わりか?
********************
<ギリオン視点>
「おい、おい、おい、どういうこった?」
「何がだ?」
「何がじゃねえぞ、レイリューク! おめえが呼んだんだろうがよ」
「それは、前回のことだな」
「はあ? おめえ、また戻って来いって言ったよなぁ?」
レイリュークから依頼された王都キュベルリアでの仕事。
そいつを終えた後に、レイリュークが言った言葉だ。
忘れたとは言わせねえ。
「ギリオン、お前は社交辞令という言葉を知っているか?」
「ったりめえだ! それがどうした!」
「……それだ」
「ああ!?」
「戻って来いというのは、社交辞令だと言ってる」
「……」
「理解したか?」
「はっ、そんなこと知るかよ! てめえが吐いた言葉に責任持ちやがれ!」
おめえの言葉があったから、こうして戻ってきたんだ。
オルドウから王都のレイリューク道場までな。
「はあ……社交辞令だと言ってるだろ」
「言い訳すんじゃねえ!」
「……私は暇じゃないんだ。またにしてくれ」
「またじゃねえ。今の話しだろうが!」
「……とにかく、おまえを雇うつもりはない」
「おめえ、吐いた唾を吞むってんだな」
「もういい。諸君、彼にあれを渡して帰ってもらうように」
「「「「「承知しました」」」」」
ちっ!
門弟がぞろぞろと。
「おい、先生を煩わすのはやめろ」
10人に囲まれちまったか……。
「これを持って帰れ」
「何だ、こいつぁ?」
「今夜の宿代くらいにはなるだろ」
「おめえら……このギリオン様を舐めんじゃねえぞ!」
「「「「「……」」」」」
「レイリュークよ、おめえの考えはよーく分かった。こんな仕事はなぁ、こっちから願い下げだぜ」
「……そうか。では、達者でな」
「けっ!」
「ほら、もう帰れ!」
「うるせえ。分かってらぁ」
こんな道場、二度と来てやるかよ!
仕事じゃねえなら、レイリュークにも用はねえ!
何てったって3本中1本は取れるようになったんだ。
もうすぐオレの剣の方が上になる。
いや、もう既にオレが上だろうからな。
「……」
まっ、あれだ。
オレもちっと甘かったか。
そもそも、あいつを信じたのが間違いってもんだぜ。
レイリュークがオレのことをどう思ってるかなんざ、分かってたことなのによ。
一度雇われたことで、ボケちまったようだ。
けど、問題ねえ。
金を稼げばいいだけだかんよ。
明日にでも王都のギルドで仕事見つけっか。
で、その後は。
しばらく王都にいるか?
オルドウに戻るか?
……そん時の話だな。
夕暮れの王都をひとりで歩いてると、熱くなってた頭と身体が冷えてくる。
それだけじゃねえ。
懐も……。
いや、懐は最初から冷えてっか。
ところで、今の持ち金は?
今夜の宿代に足りるのか?
「……」
ダブルヘッド討伐の報酬があんなにあったのに、何だこれ!
この財布の中身はどうなってる!
「はあぁぁぁ」
使い過ぎだわなぁ。
剣に防具に酒に、調子に乗って使っちまったか。
けど、どうするよ?
今は金を借りるにも、ヴァーンもコーキもいねえ。
くそっ!
そもそもだ。
今回はあいつらを追って、キュベルリアまでやって来たんだぞ。
「……」
前回、レイリュークの依頼を終えてオルドウに戻ったら、ヴァーンもコーキもアルもいなかった。
で、『王都に出かける。しばらくは戻らない』って一言の書き置きだ。
しょうがねえ、オレも王都に戻るしかねえだろ。
ってことで、キュベルリアに戻ってきたら、あいつらどこにもいねえって……。
ちっ!
どうなってんだ?
「……」
まっ、今夜はこの金で何とかするしかねえ。
これで泊まれる安宿ってえと、確か……。
大通りからかなり外れた、この辺りに……。
「はぁぁぁ」
ジメジメして暗えなぁ。
人の姿も見えねえし。
ここに泊まんのかよ。
まいっちまうぜ。
……?
んん?
何だありゃ?
喧嘩か!?
「ようやく姿を現したな」
「「「「「「……」」」」」」
「今日こそは逃さぬぞ」
「「「「「「……」」」」」」
「ふふ、だんまりか」
「「「「「「……」」」」」」
若い女に2人の男。
その前には黒づくめの集団ってか。
面白え。
「当然、私の素性を知っての所業であろうな」
「「「「「「……」」」」」」
「まあよい、あとでゆっくり聞いてやろう」
あの女、威勢はいいが……。
黒づくめの集団に襲われてんだろ?
「エリシティア様、こちらへ」
「うむ」
やっぱり、襲われてんな。
ってことは、オレの出番だぜ!





