第357話 光は……
<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>
「お父様!」
「……大丈夫、もう痛みも感じないくらいだよ」
「本当に?」
「本当だとも」
けど!
コーキさんの治癒魔法の光に照らされたお父様の顔色は蒼白いまま。
血色が戻らない!
「傷口は塞がり痛みも消えた」
「お父様……」
治療の必要がないくらい回復したの?
顔の色も戻ってくるの?
「素晴らしい治療に心から感謝するよ、コーキ殿」
「いえ……」
「ということで、治療はもう十分だ」
「まだ治療を続けた方がいいです。傷は皮膚表面だけではありませんので」
「……」
「お父様、コーキさんに任せて、お願い!」
せめて顔色が戻るまでは治癒魔法を受けてほしいから。
「……分かったよ。コーキ殿、頼めるかな?」
「もちろんです」
よかった。
治療を続けてくれて。
魔力を消費し続けるコーキさんには申し訳ないけれど。
「閣下!」
治療を受け続けるお父様のもとに駆け寄ってきたのはルボルグ隊長。
「ルボルグ、無事か?」
「はっ」
隊長に怪我はない。
みんなは?
戦闘は?
「セレス様、我らの勝利です」
「……」
シアさんの言う通り。
樹林の中に立っているトゥレイズ兵はほとんどいない。
でも、5倍の兵数だったのに?
ワディン騎士が完全勝利を?
「ルボルグよ、騎士たちは?」
「傷を負っている者は多いですが、幸い命に別条はございません」
「そうか!」
「コーキ殿とノワール殿のおかげです」
「うむ。コーキ殿には世話になりっぱなしだな」
「はっ」
「で、子爵は?」
「申し訳ありません。逃がしてしまいました」
「通路を通って城塞に戻ったのだな?」
「……」
そんな!
お父様を害したトゥレイズ子爵が護衛のトゥレイズ兵とともに城塞に逃げ帰ったの?
「今からあとを追い、討ち果たしますので」
「その必要はない」
「ですが、奴は逆賊です」
「逆賊であろうと、今は捨て置け」
「……」
「通路の先には、トゥレイズの新手もいるであろう。ならば、ここにいる騎士たちの命を優先すべきだ」
「……申し訳ございません」
「気にするでない。その方らのおかげで、こうしてセレスも無事なのだからな」
「閣下……」
「うむ……ゴホッ!」
「お父様?」
治まっていた咳がまた。
「ゴホッ、ゴホゥ!」
お父様の口元に血?
咳とともに血が出て!?
「お父様!!」
「閣下!!」
「だいじ……ゴホッ、ゴホッ!」
咳も血も止まらない。
コーキさんの魔法は続いているのに、なぜ?
「閣下、私も治療を!」
「私も!」
喀血に気づいた治癒魔法を使える2人の騎士がお父様の傍らに。
「おまえたち、急ぐんだ!」
「「はっ!」」
2人が治癒魔法を発動した。
コーキさんの治癒魔法は?
「コーキさん?」
「今、全力で治癒魔法を行使しています。ですが……」
コーキさんの額には大粒の汗。
さっきからずっと頑張ってくれているんだ。
だったら。
3人同時の治癒魔法があれば。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホゥ!!」
えっ!?
大量の喀血!!
それに吐血も!!
「お父様ぁ!!」
どうして?
胸の傷口は塞がっているのに、どうして!?
「申し訳ありません。私の治癒魔法では内臓の治療は難しく……」
えっ?
「内臓に大きな損傷があるのですか?」
「おそらく、その可能性が高いかと」
コーキさんが途方に暮れている。
こんな表情見たことない。
内臓の傷がそれほど酷いの?
「っ!」
お父様、さっきまでは平気だと言ってたのに!
もう痛くない、傷は塞がっていると言っていたのに!
「あるいは、子爵が使った宝剣に毒や呪の類が施されていたか……」
毒、呪い!
そんな卑怯なことまで!
「とにかく今は、内臓の出血をできるだけ止めなければいけません」
「おまえたち、治癒魔法の強度を上げるんだ」
「「はっ」」
コーキさんとワディン騎士2人が治癒魔法の発動を続け、同時に魔法薬も使っている現状。これ以上どんな治療をすればいいの?
「……」
神娘の権能。
祝福の力。
記憶を失ってから今まで一度も使えなかったけれど。
今この場で使えれば!
使えるようになれば!
そう!
わたしが力に目覚めればいいのよ!
お願いです、ローディン様。
わたしにもう一度だけ力をお授けください!
「ゴホッ……苦労を、かけるな」
「閣下、そのようなことは決して!」
「そうです。お父様は回復だけに専念してください」
必ず助けますから!
「ゴホゥ……うむ」
「……」
皆が懸命に治療を続けてくれている。
わたしは、わたしも……。
「ゴホッ、ゴホッ!」
お父様の咳が止まらない。
出血も。
わたしも変わらず無力なまま。
変わったのは。
騎士2人の治癒魔法。
治癒の光が弱まりつつある。
魔力残量が限界に近い!
「ぐっ、うぅ……」
ああ!
ついに1人の魔力が尽き、治癒の光が消えてしまった。
「ゴホッ!」
お父様の容態に変化はないのに。
「……もう、よい。ゴフッ!」
「「「閣下?」」」
「もう、よいのだ」
「お父様?」
「「「「……」」」」
「自分のことはよく分かっておる。私の内臓にこれ以上の治療は無駄というもの」
「そんなことないです! このまま治療を続ければ、きっと!」
「ゴフッ! ……治療のおかげで、こうして時間をもらえた。セレスと話すこともできる。それだけで満足だよ」
「話なんて、この先いつでもできますから! だから、だから、どうか!」
「……」
「閣下、まだ魔法薬もあります。治療はこれからです!」
「ルボルグ!」
「はっ」
「治療より娘と2人で話す時間を。よいであろう?」
「閣下……」
「お父様……」
「セレス、ルボルグ、コーキ殿、老いぼれの願いを聞き入れてくれんか?」
「「「……」」」
「治療は……話をした後に、また受けよう」
「……分かりました」
「……」
ルボルグ隊長と2人の騎士が下がっていく。
コーキさんも。
残されたのは、お父様とわたしだけ。
「ゴホッ……セレス、顔を見せておくれ」
せっかく……。
せっかく、お父様の心を理解できたのに。
今はこんなに近く温かく感じているのに。
うっ。
ううぅ。
「今日は……ゴホッ……泣かせてばかりだな」
ううぅ。
うう……。
「すまない、セレス」
「……」
「おまえをひとり残してしまうこと、許しておくれ」
いや!
「うぅ……許しません! だから治療を!」
「治療より、ゴホッ……今は、最期は話を、ゴホゥ!」
最期なんて。
そんなの……。
「分かって……おくれ」
「お父様……うぅ……」
いやなのに。
なのにもう……。
「ゴホッ、ゴホッ……はあ、はあ……。さっきの話、覚えて、いるかい?」
「……はい」
「私がいなく、なっても……同じだ」
「……」
「セレスが責任を、ゴホッ、感じる必要はない」
ワディンのこと?
「だから、好きに、生きなさい。自由に」
「……」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホゥ!」
「お父様!!」
「時間がない、みたいだ」
「い、いやです!」
「……抱き、しめて、いいかい」
そんなこと。
いいに決まってる。
「……」
ゆっくりとお父様の背中に手を回す。
お父様の腕もわたしの背に。
「セレス……」
ああぁぁ。
お父様の胸。
こんなに濡れているのに。
やっぱり、温かい。
「ゴフッ! ゴホッ! ……セレスや」
「……はい」
「感謝して、いるよ」
「……」
「私の娘に、生まれてくれて」
違う!
感謝するのはわたしの方。
「ここまで立派、に成長して……くれて」
「育ててくれたのはお父様です!」
「……そうか」
「そうです! お父様のおかげです!」
「なら……よかった」
「……」
「この世で、おまえと出会えて……よかった」
「わたしもです! お父様の娘で良かった!」
「うむ……」
「ずっと、ずっと幸せでした!」
「セレス……あ……あいし、て、いるよ」
「知ってます。そんなの知ってます!」
「……」
「わたしも愛しています!!」
「……知って、いる、とも」
お父様!
「……」
今も昔もこれからも、ずっと愛しています。
この気持ちは変わりません。
変わるわけない!
「ゴホッ、ゴホゥ、ゴフゥッ……」
「お父様!」
「……セレ……しあわせ…………」
「お、とう様?」
「……」
いやだ!
「お父様ぁ!!」
「……」
いや!!
わたしを、おいて行かないで!!
「お父様……」
「……」
「お父様……」
「……」
「お父様ぁぁぁ!?」
「……」
「……」
「……」
「……」
消えていく。
わたしの前に灯った光が。
また消えて……。
第7章 完
これにて7章終了です。
7章もお付き合いいただき、ありがとうございました。





