第356話 トゥレイズ子爵 2
「そんな……」
「「「「「「閣下!!」」」」」
しまった!
王軍に気を取られるあまり、子爵への警戒を怠っていた。
いや、違う。
子爵のことを疑ってなかったんだ。
子爵家は数世代にわたりワディンに尽くしている家門。
信頼できる忠臣、そう聞いていたから……。
今、この状況で油断していいわけがないのに!
やってしまった。
「貴様ぁ!!」
胸を鮮血で染めた辺境伯。
傍らにいた数名の護衛騎士はトゥレイズの兵によって既に斬り伏せられている。
「血が、血が! 誰かお父様を助けて!」
樹林に幸奈の悲痛な声が響く中。
ルボルグ隊長やワディン騎士たちが動こうとしているが、トゥレイズの兵たちに囲まれた状況では、迂闊にセレス様のもとを離れられない。
セレス様の護衛を何より優先するようにと辺境伯から命令されていた影響もあるのだろう。
俺とヴァーンも同様。
100人のトゥレイズ兵は無視できない。
それに、まだ裏切り者がいる可能性だってある。
簡単には動けないんだ。
「よくも、裏切ってくれたな!」
「裏切るとは、おかしなことを」
「……」
「確かに、我が家門はワディン家の寄子です。これまでお世話になってきたことも事実です。ですが、我々はワディンの臣下ではない!」
「レザンジュに、降るつもりか!」
「降る? はは……。我らはレザンジュ王国の臣。レザンジュの民ですよ」
「……」
「閣下は理解した方がいい。ワディンの正義が全てではないということを。トゥレイズにも正義があるということを。もちろん、レザンジュにも」
「……」
「とはいえ、私もこんなことをしたくはなかった。あなたが病床であのまま……」
「まさか、こ、この体調不良も貴様のせいなのか!」
「ふっ、どうでしょうね」
「ゴフッ! ……よくも!」
「閣下、もう充分! 充分なのですよ。……我々はこれまでワディンのために献身してきました。そして、多くの民を犠牲に……」
「……」
「残念ですが」
「っ! ゴホッ!」
「……ここまでです」
「き、さま! ゴボッ!」
辺境伯は胸に大きな傷を負いながらも、気丈に話し続けている。
ただ、あの傷では。
「お父様、お父様ぁ!」
「セレス様、駄目です。ここを離れないでください」
「でも、お父様が! シアさん!」
「分かってます。ですが!」
「早く、急がないと!」
セレス様の護衛騎士たちが動けない中、幸奈は自ら伯爵に駆け寄ろうと一歩踏み出した。
そんな幸奈を止めるシア。
「今動かれるのは危険です。どうか、我慢してください」
「待ってたら手遅れに!」
「セレス様……」
「ゴホッ、ゴホッ!」
「レザンジュ王家と敵対した閣下が悪いんですよ」
「……」
「あなたが大人しく王家に従っていれば、何も問題はなかったんです」
「っ! ゴボッ!」
辺境伯が地面に膝をついてしまった。
「お父様ぁ!!」
「「「「「閣下!!」」」」」
「来るな! おまえたちはセレスを護るんだ!」
「「「「「……」」」」」
「娘に向けるその優しさを我らにも少しいただければ、違う未来もあったでしょうね」
「ゴホッ……セレスをどうするつもりだ!」
「ここで消える閣下に教える必要はありません。あなたは、ただ静かに去ればいい」
「貴様!」
「皆の者、神娘を捕えよ」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」
「ワディン騎士たちは、始末してもよい」
子爵の号令に、俺たちを囲んでいたトゥレイズの兵たちが詰め寄ってくる。
その兵数は約100。
対するこちらは20。
後遣隊の中にはワディンの騎士もいるが、今ここにいるのはこの数だけ。
「コーキ、突破すんぞ」
「ああ」
もう、やるしかない。
まずはトゥレイズ兵による包囲網の外に出てからだ。
「隊長も行けるよな!」
「ええ」
「よーし、包囲を出たらトゥレイズ兵を叩く。コーキはセレスさんを護ってろよ」
「了解」
「ワディン騎士たち、戦闘開始だぁ!!」
「「「「「おお!!」」」」」
「「「「「おう!!」」」」」
ヴァーンの一声で全員が動き出す。
俺も。
「シア、セレス様を護って突破するぞ!」
「分かりました!」
「セレス様、私とシアの後ろへ。必ず護りますから、傍から離れないでください」
「わたしよりお父様の治療を! お願い!」
「安全が確保でき次第、治療にあたりますので」
「それでは手遅れに!」
「間に合うよう急ぎます」
「……」
辺境伯より幸奈、セレス様の身体が優先。
これだけは譲れない。
「シア、準備はいいな」
「はい!」
なら。
キン、キン!
ガン、ガン!
敵兵と打ち合う味方に誤射しないよう注意して。
「雷撃!」
指揮官を狙い撃ちだ。
「うぐっ!」
続いて。
「雷波!」
「「「「「うわぁぁ」」」」」
「雷波!」
「「「「「ぎゃあぁぁ!」」」」」
敵兵が魔法に怯んでいる隙をついて。
「出て来い、ノワール!」
黒い霞の中から登場したノワールは完全体。
堂々とした体躯を誇るように。
「オオーーーン!!」
一吠えして、俺の傍らに歩み寄ってきた。
「ひと暴れしてやれ」
「オン!」
「なっ、何だあれは?」
「魔物、化け物!?」
「まさか、ダブルヘッド?」
「ダブルヘッドなのか?」
「間違いない、ダブルヘッドだぁ!!」
「「「「「ぎゃああぁぁ!!」」」」」
「……」
子爵が凶行のために連れてきたトゥレイズ兵。
精鋭ぞろいかと警戒したが、それほどでもないな。
5倍の兵数とはいえ、これならそう苦戦することもなさそうだ。
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<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>
「お父様、お父様!」
「セ、レス……」
「早く、これを飲んでください! 治癒魔法も早く!」
「あ、ああ」
まだ戦闘は続いているけれど、コーキさんがもう大丈夫と言ってくれたから。
やっと、お父様の治療ができる!
「ん……」
胸に治療薬をかけた後。
お父様は魔法薬を口にしてくれた。
これが効けば胸の血も止まるはず。
でも、こんなに真っ赤。
凄い出血。
お父様……。
「うぅ……。少し楽に、なったよ」
「よかった!」
出血は止まったように見える。
ただ、お父様の顔色は変わっていない。
蒼白のまま。
「おかげで……ゴホッ……こうして話ができる」
「お父様、無理はしないで。次は魔法で治療しますから」
わたしが祝福を使えれば!
こんな時なのに力が戻らない。
ああ……。
「閣下、私が魔法治療を」
けど、コーキさんが治療してくれる。
コーキさんなら、きっと助けてくれる。
「お願いします!」
「はい」
お父様の胸に置かれたコーキさんの手から、淡い光。
治癒魔法が発動された!





