第350話 籠城 1
<イリアル視点>
「「「おお!」」」
「「「凄え!」」」
周りから上がる歓声。
よくあることだが、まあ。
悪くねえな。
「イリアル殿は凄いですな。ここまでの魔法の使い手は宮廷にもそうはおりませんから」
「たまたま上手くいっただけですよ」
「御謙遜を」
「うむ、謙遜も過ぎると嫌味になる」
「トゥオヴィ様……」
いやいや、あまり煽らないでくれ。
また仕事が増えちまうじゃねえか。
まっ、ちょっと調子に乗り過ぎた俺も悪いんだけどな。
「この魔法に、ワディン側も慌てていますぞ」
「……」
トゥレイズ攻城戦が始まって3日。
予想通りトゥレイズ城塞の守りは固く、まだ城内に侵入することができていない。
こっちは魔法と破城具を使って城門と城壁の破壊を試してんだが、魔法で強化されたそれは簡単に破壊することができねえんだよな。
ってことで、今も開戦当初から状況はほとんど変わらないまま。
魔法と弓矢が戦場を乱れ飛んでいるだけ。
そんな中、選抜された王軍魔法兵が城壁の上にいる敵さんの狙い撃ちを始めたってわけだ。
敵の攻撃圏から離れての魔法狙撃。
これがなかなか効果的なんだよ。
もちろん敵も狙撃を仕掛けてくる。
けど、質も量もこっちが上だからな。
「200歩の距離から、このように正確な魔法射撃ができるのですから。慌てるのも当然ですなぁ」
弓の平均射程距離は100歩から150歩ほど。
で、魔法の射程距離は50歩から100歩程度。
ただし、魔法は使い手の腕によって全くの別物になっちまう。
俺みたいに200歩以上の射程距離を誇る使い手もいる。
まあ、数は少ねえけど。
ああ、強弓、長弓の使い手なら、200歩の距離でも矢を届かせることができるか。
といっても、ギリギリ届くだけで、命中率は低いし威力もそれなり。警戒さえ怠らなければ新兵でも対処可能ってもんだ。
敵さんもそれを承知して、矢の無駄使いはしてこねえ。
「素晴らしいことですよ」
「うむ、イリアルの攻撃魔法の距離と精度は普通じゃないからな」
だから、トゥオヴィ。
煽るのはやめてくれって。
こっちは、あまり目立ちたくねえんだ。
下手をうって例のバケモンと遭遇した日にゃあ、エライことになっちまう。
っとに、あいつとは戦いたくねえぞ。
観察だけで十分だ。
今は直接観察なんてできねえけどな。
「イリアルに任せておけば問題はないはずだ」
「そうですなぁ」
「……」
「では、そろそろ移動しましょうか。次は東の城壁に」
ほら、こうなるだろ。
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<ディアナ視点>
「撃てぇ!」
「「「「ファイヤーボール!」」」」
「「「「ファイヤーアロー!」」」」
「「「「ストーンボール!」」」」
「「「「ウインドアロー!」」」」
号令一下。
魔法が城壁の上から放たれる。
「次は弓隊だ。ってぇ!!」
今度は無数の矢が王軍に降りかかる。
「弓隊後退、次っ!」
こうして城壁に近づいて来る王軍に飛び道具で攻撃を仕掛け続けている。
が、開戦当初ほどの成果をあげることができなくなってきた。
当然だな。
3日も戦闘が続けば、敵も有効な対策を立ててくるというもの。
そうは言っても、まだまだ戦局はこちらに傾いたまま。
まったく悪い状況ではない。
狙い通り、戦況は膠着状態に陥っているのだから。
「……」
今、城壁前で繰り広げられている魔法を中心とした戦闘は派手に映る。
空を飛来する数多の魔法や弓矢は、鮮麗と言ってもいいほどだ。
ただ実際のところ……。
戦闘自体は単調になりがち。
遠距離からの射撃が中心なのだから、それも仕方のないことだ。
代わり映えしない魔法。
単調な空中戦。
物足りない。
こうして剣もとらず、城壁の上に3日もいる我々騎士にとって当然の感慨だろう。
うん?
ユーフィリアがこちらを見ている。
「どうした?」
「そろそろ……」
「魔力切れが近いのか?」
「そう」
今回の籠城戦において、ユーフィリアの魔法は貴重なもの。
威力も精度も射程距離も群を抜いている彼女の射撃は、東側の城壁守備で最高の攻撃手段となっている。
そのユーフィリアが魔力切れ。
「あと2,3発だと思う」
「それなら、少し休んだ方がいい」
「……分かった」
ユーフィリアが休憩に入るとなると。
ちょっとやり方を変える必要があるか。
「「「「ファイヤーボール!」」」」
「「「「ファイヤーアロー!」」」」
トゥレイズの東城壁上にいる魔法の使い手たち。
ユーフィリアを除くと、ほとんど全員が同じようなレベルに見えてくる。
皆、それなりに優秀な魔法使いなのだが、ユーフィリアの魔法に慣れている私にとっては、どうしても微妙に映ってしまうな。
「……」
それに、あの男。
オルドウの冒険者コーキ。
彼の魔法を見てしまうと、もう……。
今回は子爵の命令で戦闘には参加していない彼が今この場にいたら?
戦況は?
間違いない。
状況はさらに好転していただろう。
いかに凄腕であろうとも、たったひとり。
ひとりの冒険者に過ぎないのに。
彼がいれば、目の前にいる6万の王軍が相手でも……。
そう思えてしまう。
頼もしくも恐ろしいことだよ。
ただ、今回はこれで良かったと思う。
今、私が置かれている立場を考えると。
「……」
嫌なものだな。
こんなことを考える私は、本当に……。
「「「「ファイヤーアロー!」」」」
「「「「ストーンボール!」」」」
「「「「ファイヤーボール!」」」」
相変わらず、魔法と弓矢が飛び交う戦場。
王軍の方も破城槌などによる攻撃を中断して、今は遠距離攻撃に専念しているようだ。
と?
「「「あれは?」」」
「「「何だ?」」」
兵たちが見つめる先。
敵軍に若干の変化が見える?
「……」
前方に光?
これは?
「ディアナ殿、危ない!」
横にいた騎士が私の肩に手を置き抑えつけてきた!
「っ!」
何だ?
ヒュン!
屈んだ私の頭上に?
魔法!
魔法狙撃だ!
「遠距離狙撃です!」
「あの距離から届くのか?」
「はい、腕利きの魔法狙撃手なら」
ユーフィリア以上の腕?
ヒュン、ヒュン!
「くっ! 皆、隠れろ!」
私の声に、周りの兵たちが鋸壁の後ろに身を隠す。
ヒュン!!
そこにまた狙撃魔法が飛来する。
この遠距離を驚くほど正確に!
ヒュン!
が、鋸壁の裏にいれば問題などないはず。
「ディアナ殿?」
「このまま待機だ」
「……」
こうなると、しばらくは様子を見るしかない。
「うん、どうした? 何隠れてんだ?」
背後からの、この声は?
「ヴァーン!?」
屋敷から出てきたのか?
無断で勝手に?
「おまえ、どうして?」
「まあ……何だ。そんなことより、手を貸してやるよ。俺とアルと、コーキがな」





