第349話 焦燥
メルビンの行動ついて。
オルドウで冒険者活動 → カーンゴルムで冒険者活動 → 剣姫に同行
→ カーンゴルムに戻る→ イリアルのもとに
<イリアル視点>
「だから、おまえも気をつけろよ」
「俺が? 何に?」
「そのバケモノにだ。今はトゥレイズにいるはずだからな」
「ミッドレミルトからトゥレイズまでバケモノがやって来たってか?」
「そういうことだ」
メルビンは冒険者としてもかなり腕が立つ。
そんな男がバケモノと連呼する相手が並なわけがない。
ちっ。
相当ヤバイのがトゥレイズにいるってことかよ。
「で、どこまで凄え?」
「単独でドラゴンを倒す腕を持っている。その上、剣姫と比べても遜色ない剣技もな」
「なっ! ホントか?」
「ああ、この目で見たから間違いない」
ドラゴンに剣姫……。
とんでもねえぞ。
「とにかく、気をつけろ」
「……」
バケモノがトゥレイズに。
ワディン軍にいる。
「はぁ~。ここまで散々苦労してんのに、またそんなバケモンの相手しなきゃいけねえって。嫌になるぜ」
「いや、その必要はないな」
「ん?」
「相手はしなくていいぞ」
おい。
今さっき気をつけろと口にしたじゃねえか?
「どういう意味だ?」
「言葉通り。こちらから手を出す必要はない」
「……」
「ただし、可能な限り観察は続けてくれ」
バケモノの観察が仕事ってことか。
「イリアル、おまえならできるだろ?」
「何とかな」
観察だけでいいなら、この眼で対応できる。
それに、そもそも。
「こいつはボスの命令だよな?」
「ああ」
だったら断れねえわ。
で、ボスの意向ってことは。
「やっぱり、アレか?」
「その通りだ」
「だよなぁ」
アレの話は前から聞いてたけどよぉ、そんなバケモンだったとは……。
「言うまでもないことだが、優先度はSだぞ」
「今の任務より上じゃねえか」
「当然だな」
「……」
ちっ!
ここにきて大変な仕事が増えちまった。
っとに、勘弁してくれ。
「戦ったら、おまえでもやられるような相手だからな。無駄に手を出すなよ」
「分かってらぁ」
剣姫に匹敵するバケモンに手を出すほど馬鹿じゃねえっての。
「それで、バケモノの名前は?」
「コーキ・アリマ。オルドウの冒険者だな」
***********************
「ヴァーンさん、このままでいいのか?」
「今はどうしようもねえだろ」
「でもさ、王軍が攻めて来るってのに、おれたちだけ何もすることないんだぜ」
「分かってる。分かってるが、子爵の言葉には逆らえねえ。特にこの館にいる俺たちはな」
対レザンジュ王軍の対策本部と化したトゥレイズの領主館は、朝早くから夜遅くまで人で溢れ返っている。
ひっきりなしに入ってくる諜報部隊からの情報とそれを基にした作戦会議。そんなものがずっと続いている屋敷内では怒声が絶えることはなく、喧騒もおさまる様子を見せない。
そんな子爵邸の中庭で俺たち3人だけが、これまで同様の鍛錬をしている。
「おれたちも戦えるのに、どうしてだよ?」
「おまえは子供で、俺とコーキは余所者ってことだろ」
「っ! ここまで来れたのはおれたちの力があったからなのに」
「お偉い子爵様が俺たちの力なんて要らねえと言ってんだ。仕方ねえ」
「……」
辺境伯の体調が思わしくない現状。
ワディン軍を実質的に率いているのは、この地の領主トゥレイズ子爵だ。
その子爵が俺たちに手出し無用と言っている。そんな状況で、こちらから積極的に関わることなどできない。少なくとも今は。
「コーキさんは、どう思う?」
「ヴァーンと同じだ」
「そんな」
「今はどうしようもねえ。我慢しとけ、アル」
「……」
アルの焦る気持ちも理解できる。
子爵の館で動けないながらも情報だけはセレス様、ルボルグ隊長経由で入手している俺たちは、現状をそれなりに把握しているのだから。
その情報によると、今は楽観できる状況じゃない。
焦るのも当然。
「……このまま籠城かな?」
「あっちにゃ、5倍以上の兵数がいるんだ。そうなるだろうよ」
「おれたちは戦に参加できない。ここで大人しくしてるだけ。なら、いっそ……」
「セレスさんを連れて逃げるか?」
「……」
王軍がワディナートに侵攻してきた際、辺境伯はセレス様を領都から逃がすという選択をした。
今回も酷似した状況。
それなら、同じようにセレス様を逃がすべき。
そういう意見も多いと聞く。
「セレス様が望むなら、それもありだと思う」
「なら、無理だな」
そう、ヴァーンの言う通り。
セレス様には逃げる意志はない。
その上、病床にいる辺境伯も彼女の考えを尊重しているという。
「セレスさんは逃げねえよ。今も軍議中だしな」
この中庭にいるのは、ヴァーン、アル、俺の3人だけ。
セレス様、ディアナ、ユーフィリア、ルボルグ隊長は軍議に参加している。
「まっ、ここは難攻不落の城塞都市トゥレイズ。守るだけなら何とかなる。伯爵も子爵も、セレスさんもそう思ってんだろ」
「……何とかなるかな?」
「アルはどう思うよ?」
「守りきれると思いたいけど……嫌な予感がするんだ」
「……」
「……」
ルボルグ隊長やワディンの騎士たちが言うには、この兵数差でも籠城戦の成功確率は低くないとのこと。
実際、過去のトゥレイズ籠城戦の歴史から考えれば、妥当な見込みらしい。
なのに、アルは胸騒ぎを覚えている。
おそらくは、ヴァーンも。
俺は……。
「……」
優先すべきはセレス様の身体と幸奈の魂。
何があっても、護る必要がある。
冷たいことだが、トゥレイズに対する思い入れは俺の中には存在しない。
幸奈が頷くなら、今すぐにでもトゥレイズから脱出したいくらいだ。
そうは思うものの、彼女の意志がどうにも……。
神娘として最後まで前線に留まろうという思いに揺るぎが見えない今は、このまま城塞内に留まるしかないだろう。
ただし、もしもの場合は幸奈を連れて逃げる。
そうするしかない。
「……」
エビルズピークやローンドルヌ河で見たレザンジュ王軍の戦いぶり。
俺とノワールの力。
それらから判断すると、ノワールの背に乗って俺が防御魔法で守りを固めれば逃走も可能なはず。最悪の戦局を迎えても、幸奈と俺だけなら何とかなるはず。
ただ、ヴァーン、アル、シアは……。
幸奈に加え、この3人を護って逃げることは可能なんだろうか?
レザンジュ王軍の包囲網の中を?
分からない。
何とも言えない。
「……」
幸い、まだ数日の猶予がある。
なら今は籠城戦の成功を祈りつつ、できる限りの準備をして。
開戦を迎えるしかない、か。
数えきれない程の思惑が交錯する中。
時間だけは、無慈悲に平等に過ぎ去り。
トゥレイズは、ついに開戦の時を迎えた。





