第345話 ヒーロー 1
<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>
「私の言うことを聞けば、悪いようにはしない」
「……」
「嫌なのか?」
「当たり前です!」
「ふふ、威勢がいいな」
嫌なものを嫌と言っただけ。
貴方の提案なんか受け入れるわけがない。
私も幸奈さんも!
「だが、今の君にはどうしようもないだろ」
「……」
「伊織もいない。他に助けてくれる味方もいない。この状況ではな」
自分の邪魔をする者がいないから思い通りになる。
下劣極まりない考え。
そんなことを恥ずかしげもなく口にするなんて。
この人……。
「もちろん、君の父親の了承も得ている」
和見の父が許した?
家の外なのに?
「多少手荒なことをしてもいいそうだ」
「……お父様が直接そう言ったの?」
「ああ」
「……」
やっぱり、あの父親は幸奈さんのことをモノとしか見ていないのね。
分かっていたことだけど。
心が痛い。
これは、幸奈さんの心。
父親を信じたい気持ちがまだ残っている?
幸奈さん……。
哀しく切ない。
泣きたくなる感情。
私まで……。
「まっ、こっちも君を傷つけたいとは思っていない。だから、分かるな?」
「……嫌です」
「ここまで言っても歯向かうのか。強情な娘だ」
「……」
「はあ~」
呆れたような溜め息をつく壬生兄。
呆れているのは私なのに。
「いったい、どこに不満がある? 壬生家の跡継ぎと婚約できるんだぞ」
異能を使える権門の長男。
あちらの世界で言えば、魔法を使える貴族家の後嗣みたいなもの。
多くの人が自分の前に膝を屈し、世界が思い通りに動くと考えているような人物。
「答えてみろ」
でも、この人は何も分かっていない。
あなたのような人になびくのは、あなた自身になびいているからじゃないのよ。
その力に魅力を感じているから。
権力になびいているだけ。
こんな男性と幸奈さんが婚約、結婚?
考えられない。
許せるわけがない。
「私の身には余りますので、遠慮させていただきます」
「父親が認めているというのに、壬生家の申し出を断るつもりか?」
「ええ! あなたとは婚約したくありません!」
「……」
何、その気味の悪い表情は?
「ふふ……、ははは」
「……」
「君には壬生家の嫁として教育が必要みたいだな」
その言葉とともに、壬生兄の後ろからふたりの男性が姿を現した。
でも、これは予知通り。
会話以外の展開はほぼ予知通りだ。
会話が違ってしまったのは、私が言いたいことを言ったから。
許してね、幸奈さん。
「このまま拘束してもいいんだが、趣向を変えよう」
「……」
最初からそのつもりでしょ。
「異能の素晴らしさを忘れてしまった君に、あらためて味わってもらおうか。ああ、手加減はするから、心配はいらない」
「何をするつもり?」
知っているけど、ここは予知通りに。
「すぐに分かるさ。やれ!」
壬生兄の前に出たふたりの男が私に掌を向けてくる。
対して、こちらは数歩後退。
「アイスアロー!」
「ストーンバレット!」
向かってくるのは氷の矢と石の礫。
完全に予知通り。
数も方向も全て解っている。
だから。
右に避け。
左に回り。
軽く跳んで。
身を屈める。
かなちゃん、永理ちゃんに褒めてもらったこのワンピース。
卑劣な異能で汚しはしない。
「アイスボール!」
「ストーンボール!」
淡い光の中をワンピースが舞う。
裾が回り、回って風を生み。
風が異能を逸らすよう。
「アイスアロー!」
「ストーンバレット!」
ひるがえるワンピースの中。
私は踊るだけ。
舞うように、飛ぶように、避け続ける。
何度も何度も!
「くっ! これは、どういうことだ?」
「分かりません。ただ、これでは避けられてしまいます。威力を上げても良いでしょうか?」
「傷物になってしまうが……」
異能攻撃の威力、速度を上げられたら、対処が難しくなる。
幸奈さんの身体で完璧に避けるのは不可能かもしれない。
でも、ここからは。
「やむを得ん、か」
「……」
この小道での遭遇。
帰り道を変えれば、回避も可能だった。
予知で分かっていたのだから当然のこと。
ただ。
ここで避けても、またいつかは襲われる。
それを予知できなかった場合、上手く対応できないかもしれない。
だったら、予知できている今回こそが好機だと考え遭遇に踏み切った結果。
予知は的中し、事は上手く進んでいる。
多分、この後も……。
「下手に避けた君が悪いんだ。痛みは我慢してもらうぞ」
「我慢などしません」
「ふふ、速度を上げても回避できるかな」
「……」
回避なんて、どうでもいい。
だって、もう私だけじゃないのだから。
「おい、おい、こんなか弱い女性をいじめるなんて、みっともねえなぁ」
「そうね。異能者とは思えない情けなさだわ」
「まっ、そのか弱い女性に異能を避けられてたんだけどよ」
「ええ、優雅に舞い踊るような回避だったわね」
薄暗い小道の中、私の後ろに現れたのは武上君と古野白さん。
「ってことで、言わせてもらうぜ」
「……早くしなさい」
「おう! 待たせたなぁ!」
「……」
「……」
「……」
色々な意味で言葉を失っている襲撃者たち。
私は、まあ……。
このセリフを知っていたので……。
「もう、いいかしら」
「ああ、いいぜ!」
頷く武上君から離れ、こちらに近づいて来る古野白さん。
心配そうに私を見つめている。
「幸奈さん……大丈夫?」
「はい、平気です」
今回私が大胆な行動に出れたのは、予知に加えこの2人がいたから。
コーキさんから事情を聞いた彼らが私を護ってくれていたからだ。
古野白さんと武上君がいなかったら、もう少し躊躇していたと思う。
「遅れてごめんなさい」
「いえ……」
到着が少し遅れるのは、予知で分かっていたことだし。
武上君があのセリフ言いたいからじゃないと思うし、多分……。
「でも、ここからは任せてね」
「お願いします」
にっこりと微笑んだ古野白さんが、私を庇うようにして前へ。
武上君も、古野白さんの隣にやって来た。
「くっ! おまえら、異能を知っているとは、何者だ!」
これは、氷系の異能者。
部下の後ろにいる壬生兄は動こうともしない。
「ん? 通りすがりのヒーローだけど?」
「馬鹿なことを!」
「馬鹿なこと? 事実、ヒーローだぞ」
「おまえ、何を言ってる?」
「だから、正義のヒーローだって」
「……」
「……」
「ちょっと! 恥ずかしいから、やめなさい」
「ああ? ホントのことだろ」
「あなたねぇ……」
武上君らしい。
そんな彼が異能者。
幸奈さんの記憶の中では、武上君はコーキさんの友人というだけで異能とは無縁の大学生だったはずなのに。
本当に驚いてしまう。
「おまえら、機関の者か?」
「そう、あなたたちみたいな無法者を取り締まることが仕事のね」
古野白さんは、コーキさんの紹介で初めて会った女性だけど。
とても颯爽としていて綺麗なひと。
頼りになる女性騎士みたい。
「無法は、おまえらだ!」
「そんなわけねえだろ。俺たちは正義のヒーローなんだぜ」
「……私は違うわよ」
「悪い、ヒロインだったな」
「……」
武上君……。
「戯言ばかりほざくんじゃないぞ」
「だから、ホントだって。正真正銘、正義の味方……ん?」
「武上君! 少し黙っててもらえるかしら!」
「どうしてだよ?」
「もう、いいから。……ということで、あなた達を拘束します」





