第344話 侵攻決定
<イリアル視点>
「ふぅ~」
やっぱり、宿舎で休めるってのは最高だぜ。
ここ最近は、ベッドでゆっくり眠れることもなかったからなぁ。
ローンドルヌ河では天幕暮らし、その後の撤退行も休んでいる暇なんてないくらいで……。
ホント、ちっとは寛がねえと、この俺でもまいっちまう。
だからそう、しばらくはワディナートで骨休めだ。
しっかし。
今回はいつにもましてハードだったぞ。
それもこれも、トゥオヴィのせい。
あいつに付き合うのも大変だわ。
やたら目端が利くから細かい事を色々実行するし、作戦変更も多いし。
俺とウラハムの仕事量は増えてばかり。
こっちに来る時は、こんなに仕事をするつもりじゃなかったってのに。
ありゃ、過剰労働ってもんだろ。
っとによお。
今回の任務が終わったら、それなりのモノ貰って遊びまくってやる。
じゃねえと、やってらんねえ。
「……」
この労働時間に仕事内容。
どう考えても、俺が一番働いてるよな。
白都と黒都で動いてるあいつらとは、比べ物にならねえはずだ。
あ~あ、俺も都で仕事したかったぜ。
こんな田舎の戦地を行ったり来たり。
都会派の俺には合わねえっての。
まあなぁ。
トゥオヴィのことは嫌いじゃねえから、嫌な気分にはならねえんだけど。
それでも面倒には変わりないんだって。
「はあ~」
とりあえず、今夜はゆっくり眠るか。
なんて思ってたのに。
誰だ?
扉の前にやって来たのは?
「イリアル様、トゥオヴィ様がお呼びです」
「……」
おい、おい。
また仕事かよ。
「イリアル様?」
「聞こえてる。すぐ行くと伝えてくれ」
「はっ」
っとに、あいつは……。
「イリアル、来てくれたか」
「ええ。で、こんな遅くに何です?」
「ん? もうこんな時間?」
トゥオヴィ……。
頼むから、時間くらい気にしてくれ。
こっちは激務から解放されたとこなんだぞ。
って、おまえも一緒だったな。
「それで?」
「ああ、さっき今回の件を報告してきたんだが」
「……」
「どうやら、責任を問われることはなさそうだ」
「まったくですか?」
「うむ」
予想外だな。
しばらくは、ワディナートで謹慎。
あるいは、事務方の仕事でもさせられると思ってたぞ。
「それどころか、次の戦に第一陣、先陣として参加することになる」
「南部に?」
「うむ」
なるほど。
次の戦いで汚名返上しろってか?
「南部トゥレイズ侵攻が決定した」
まだ先のことだと思っていたが、随分と早かったな。
「いつです?」
「10日後だ」
「なっ!」
早すぎる。
10日後に進軍となると、ゆっくり休んでられねえぞ。
王軍はしばらくワディナートの統治に専念するんじゃなかったのかよ。
「方針変更の理由は? 何があったんです?」
「詳しいことは知らされていない。が……」
何だ?
「どうやら、神娘が南にいるらしい」
「ワディンの神娘が南に?」
「うむ」
「死んだんじゃなかったんですかい?」
「神娘死亡は誤報、生存は確実。だそうだ」
方針が変わった理由はそれかよ。
「……」
確かに、上はあの娘に執心だったからな。
生きてると分かっちゃあ、どうしても手に入れたいんだろ。
「今はトゥレイズの城塞にいるみたいだな」
「ローンドルヌ封鎖前に南に入ってたんですね」
「封鎖前どころか、ワディナート侵攻以前からトゥレイズに逃れていたのかもしれん」
「辺境伯が娘を逃していたと?」
「うむ」
不利な戦いを前に娘を避難させる。
神娘の価値を考えれば、まっ当然か。
「あるいは、先日のワディンの一団にいた可能性もある」
「……」
そういえば……。
あの中州で会った娘。
外見的には神娘に似ていたぞ。
ウラハムも初見で神娘と勘違いしたくらいだ。
まさか、本物の神娘?
いや、いや。
魔眼で神娘じゃないと判定してたからな。
「とにかく、神娘はトゥレイズにいる。これは確かな筋からの情報らしい」
「草からの?」
「うむ」
ワディン内部に入り込んでいる間者からの情報なら間違いないだろう。
「神娘がトゥレイズにいると分かったから、方針を変えた可能性が高い」
「……」
ちっ。
こうなりゃ、仕方ねえ。
またトゥオヴィに付き合って、トゥレイズに行ってやるよ。
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<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>
「ゆきちゃん、永理ちゃん、今日も本当に楽しかったね」
「うん」
「ああ、ランドは楽しいな」
「だよね。特に3人一緒だと最高だよ」
本当に楽しかった。
友達と出かけるだけでも楽しいことなのに、あんな素敵な場所で一緒に過ごせたんだから。
でも、やっぱり。
私だけが楽しんでいることへの罪悪感が……。
コーキさんと話をして、心の中で決めていたはずなのに。
「だから、また来ようね」
「そうだな」
「ゆきちゃん?」
「えっ? うん、私も来たい」
「よかったぁ。ゆきちゃんもそう思ってくれて」
「……ありがと、かなちゃん」
このふたりには、心から感謝している。
彼女たちの笑顔にどれだけ力を貰ったことか。
だから、彼女たちを危険にさらすわけにはいかない。
絶対に。
「じゃ、ここで別れてもいいかな?」
「うーん、ホントはもっと一緒にいたいんだけど」
「また、かなは我儘を」
「だってぇ~」
「だってじゃない。幸奈は用事があるんだぞ」
「分かってるよぉ」
嘘ついてごめんね、かなちゃん、永理ちゃん。
でも、仕方ないの。
「じゃあ、またな、幸奈」
「うん、永理ちゃん。かなちゃんも、またね」
「うん、うん。またね、ゆきちゃん」
ふたりと別れた私はひとりで歩を進める。
そろそろ。
そう、次の角を曲がったところで、それは起こるはず。
昨夜見たあれがただの夢でなく、予知であるなら……。
足に力を入れなおし、次の角へ。
右に曲がり、小道に足を踏み入れると。
「久しぶりだな」
「……」
ああ、やっぱり。
予知だったのね。
ワディンから遠く離れたこの地で、祝福だけでなく予知まで使えるのは不思議だけど。少し疑っていたけど。
私は間違いなく予知を使ったんだ。
「また、そんな表情を。せっかく婚約者である私が会いに来てやったというのに」
「……頼んでません」
「ふふ、相変わらずか」
「……」
予知の通り、壬生兄と他に2人の男。
3人の異能者が道を遮るようにして立っている。
「が、今日は伊織もいない。私の言うことを聞いてもらうぞ」





