第341話 ローンドルヌ河 13
<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>
上流から流されこの中州に上陸してきたマッドアリゲーターという魔物。
その数は10体以上!
時間が経てば、もっと多くの魔物がここにやって来るの?
「動きが鈍っているうちに片付けるとするか」
重そうな体で今はほとんど動いていないマッドアリゲーター。
でも……。
この雨風の中で凶悪な魔物の姿を見たら、恐怖しか感じない。
なのに、この兵士の顔に見えるのは余裕だけ。
ユーフィリアさんも焦っていない。
……頼もしい。
「まっ、あいつらは陸じゃあ大したことねえんだけどよ」
水中ほどは俊敏に動けない。
そういうこと?
「あんた魔法使いだろ。先制は頼むぜ」
「……分かっている」
ふたりがゆっくりと魔物に近づいて。
これから攻撃が始まる、そんな時に。
「うっ、ううぅ……」
わたしの隣で横になっている細身の兵士から声が!
意識が戻ったの?
「ごほっ、ごほっ、ごぼぅ!」
口から水を。
さっきのわたしと同じだ。
「はあ、はあ……。こ、ここは!?」
呆然とした表情。
無理もない。
「私は……生きている?」
「ここはローンドルヌ河にある中洲です。あなたは意識を失っていたんです」
「助かった、のか?」
「はい」
「おっ、やっと目が覚めたかよ」
「イリアル、お前も無事だったか?」
「無事だったかじゃねえぞ。誰のせいでこうなったと思ってんだ」
「……すまん」
「っとに、気をつけろよ。おまえを失うわけにはいかねえんだからな」
「ああ、申し訳ない」
「分かったら、こっち来て手伝え。少しくらいは戦えんだろ」
「了解だ」
「あの、大丈夫ですか?」
溺れて今まで意識を失っていたのに。
「……ああ」
本当?
もうひとりの兵士は鍛え上げられた体をしているけれど、こちらは華奢で細身。
そんな彼が目覚めてすぐに戦うなんて。
「私も王軍のひとり。これくらいなら戦える」
「……」
「ん? 君……?」
何?
「その白い髪、深紅の瞳は!?」
あっ!?
今は顔も髪も隠してなかったんだ。
「きさま、下がれ!」
魔物と対峙していたユーフィリアさんがわたしの横に。
「お嬢様、こちらへ」
わたしを庇って瘦身の彼と向き合ってくれる。
「まさか、ワディンの神娘……」
「っ!」
知られてしまった!
「お嬢様に対して何を言っている!」
「そうだぜ、ウラハム。何言ってんだ?」
こっちの男性は気づいていない。
なのに、彼だけ?
「神娘はとっくに死んでんだぞ」
えっ?
「……」
わたしが死んだって、どういうこと?
「なら、今目の前にいるのは?」
「ちっ! ちゃんと視てみろ」
「そう、だな」
細身の兵士が、ユーフィリアさん越しにわたしを見つめようとしてくる。
その眼はどこか不思議な光を帯びて……。
「何をしている!」
ユーフィリアさんが両手を広げ、立ち塞がってくれた。
「……神娘? いや、神娘じゃない? 偽物? これは?」
「だからな、神娘は既に死んでるんだって」
「……」
「もういいから、こっち来い。で、魔法使いさんも戻ってくれねえか」
「……了解」
細身の兵士が魔物に近づいていく。
ユーフィリアさんは……。
「お嬢様」
わたしにだけ聞こえるように耳元で。
「幸いなことに、やつらは勘違いしているようです。このまま話を合わせましょう」
「……はい」
「では、少しお待ちください」
「……気をつけて」
わずかに微笑んだユーフィリアさんが、また魔物の前に戻り。
今度こそ、戦闘が始まる。
でも……。
わたしが神娘じゃない?
死んでいるって?
何を言っているの?
勘違いしてくれるのは、ありがたいけれど。
意味が分からない。
「……」
偽物か。
確かに、今のわたしは偽物みたいなものかもしれない。
記憶は完全じゃないし。
神娘の力も使えないから。
酷い状態なのだから……。
「あっ!」
痛い!
また頭痛が。
こんな場面で。
「アイスアロー!!」
少し離れた場所で、3人が戦っているのに。
わたしは痛みで意識が朦朧と……。
「……」
意識が薄れていく。
そんなわたしの頭に浮かんできたのは……。
真白に霞がかかったような世界。
そこに?
白い部屋。
私が横になっている。
その傍らにいるのはコーキさん。
どうして?
涙を浮かべてる?
って、これは!
白昼夢?
違う、予知だ!
わたしが神娘の力を?
「……」
いえ、それも違うわ。
予知を使っているんじゃない。
この映像は以前行った予知の記憶。
それを、ここでまた見ているだけ。
ただ……。
何かおかしい。
何かが?
あっ!
霞がかかっていた世界が消え。
視界が戻ってくる。
痛みも消えていく。
「……」
今見た映像。
何がおかしかったの?
分からない。
「おい、こんなに動けるのかよ!」
「話が違うぞ。どういうことだ?」
「分からねえ。マッドアリゲーターは陸では動きが遅くなるはずなんだが……」
「雨のせいか?」
「雨だけで水中と同じように動けるなんてあり得ねえ、こともねえのか?」
「イリアル、原因なんてどうでもいい」
「……だな」
そうだ。
今は3人が魔物と戦っている最中。
過去に見た予知のことで悩んでいる場合じゃない。
それで、状況は?
わたしが朦朧としている間に、どうなったの?
魔物は……死骸がたくさん。
でも、数はあまり減っていない。
新たに上陸してきたってこと?
「あっ!」
「ウラハム!」
ひとりが攻撃を受けてしまった!
大きな顎の中に身体が!
「っ! この野郎!」
「グギャアア!!」
もうひとりが、その魔物を倒したけれど。
ウラハムさんという兵士は……大怪我だ!
「ウラハム……動けるか?」
「ぐっ! ……何とか」
「おめえ、後ろで休んどけ。薬は持ってんだろ?」
「……ない。河で流された」
「ちっ、俺もだ」
「……」
「おい、次が来るぞ! アイスアロー!!」
「グギャ!」
「とりあえず、退いとけよ。治療は……後で考える」
「……悪い」
ウラハムさんが足を引きずりながら、こっちに戻ってきた。
えっ!?
凄い出血。
こんなの、放置したら!





