第337話 ローンドルヌ河 9
ローンドルヌ大橋から北へ続く街道脇。
街道から少し離れた草むらの中。
周りにはレザンジュ王軍の兵士どころか、近隣住民や旅人の姿も見られない。
「……」
これで、やっと落ち着けるな。
なら、まずは時間遡行の目的、露見数の確認から始めよう。
安堵と不安の混じり合ったような感情でステータスを表示させ……。
よし!
露見数が元に戻ってるぞ!
よかったぁ。
「……」
時間遡行したのだから、当然と言えば当然。
それでも、異世界では何が起こるか分からないのだから、数字を見るまでは安心しきれないものがあった。
けど、もう大丈夫。
危機を乗り越えたんだ。
そう思うと、急激に頭が冷えて……。
今回の時間遡行。
冷静になって考えてみると。
本当に使う必要があったのだろうか?
あの場面で貴重な切り札を?
焦って使っただけじゃ?
そんな思いが、どうしても浮かんできてしまう。
「……」
露見数4。
衝撃的な数字だ。
ただ……。
まだ点滅の状態。
点滅しているだけだった。
4という数字も点滅しているだけなら問題はない。
確定してはじめて脅威になるのだから。
ウラハムが持っている魔眼。
あれで俺のギフト異世界間移動を視たというのなら、その時点で露見も確定していたはず。
それなのに、点滅どまりだったということは、決定的なものを見ていないってこと。
つまり、露見確定の可能性は限りなく薄いということ。
そうだよな。
だったら……。
次はいつ手に入るのかも分からない時間遡行。
もう二度と入手できないかもしれない。
そんな貴重な時間遡行を使う必要はなかったのでは?
「……」
今さらだよな。
使ってしまった時間遡行を悔やんでも何にもならない。
もう先に進むしかないのだから。
しかし、こんなことを考えるなんて……。
思っていた以上にやり直しに依存しているのか?
俺は?
「……」
この世界にやって来た当初。
セーブ&リセットの使用は控えようと思っていた。
それが今や精神的にも思考的にも頼り切っている。
リセットも時間遡行も超常の力なのに。
本来は持ちえない力なのに。
情けない。
心からそう思う。
けど……。
今のやり直しがきかない状況。
ちょうどいいかもしれない。
「……」
偵察でも、その後のローンドルヌ渡河でも、トゥレイズへの道中でも、もう遡行は使えない。
全てが一発勝負。
やり直しに依存した精神を鍛えなおす良い機会だろ。
よし。
まずは偵察任務から始めよう。
と思ったんだが、レザンジュ駐留部隊の偵察に関しては、遡行前にほぼ完了している。
なら、魔眼に視られるという危険を冒してまで大橋を渡ることはない、か。
ただし、みんなが無事に橋を渡ることができるように対岸でやっておきたいこともある。
そのためには……そうだよな。
やはり河を渡る必要がある。
「……」
ウラハムとの遭遇を避けた上での渡河。
となると……。
いっそ泳いで渡るのは?
岸にはレザンジュ兵の監視、水中には魔物が棲息しているローンドルヌ河。
泳ぎ渡るのは簡単なことじゃない。
とはいえ、大橋で魔眼に視られるよりはましだ。
そうと決まれば。
上流まで足を運び、監視兵のいない川幅が狭いルートを探さないとな。
うーん、これは……。
可能な限り上流まで足を運んだのだが、ここまで来ても対岸では監視兵が巡回を続けている。
その上、水中に潜む魔物の数も少なくない。
「……まいったな」
ここから水中に入ると、結構な数の魔物と戦闘になるだろう。
水中とはいえ戦闘の気配を完全に消し去ることはできない。
必然、対岸の監視兵に見つかる可能性も高くなる。
見つかった後、ウラハムを呼ばれたら……。
最悪だ。
ではどうする?
監視兵に見つからないよう、日没まで待って河に入るか?
暗闇の水中で魔物と戦闘になるが、それでも?
「……」
難しいところだぞ。
********************
<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>
ドーン!
ガシャーン!
バーン!
馬車の外から聞こえる炸裂音。
激しい風雨の中でも、この音は聞き間違えようがない。
たくさんの魔法が王軍から放たれているんだ。
「「セレス様!」」
「……」
馬車の中に残っているのは、わたしとシアさんとユーフィリアさんの3人だけ。
他のみんなは外で戦っている。
「「「「「うわぁぁ!!」」」」
「「「「「おお!!」」」」」
ドガン!
ダーン!
密室である車内に響くのは、叫び声と戦闘音ばかり。
緊張感が避けようもなく襲ってくる。
……怖い。
なぜだか分からないけれど、エビルズピークで王軍と遭遇した時より。
魔物に襲われた時より。
今の方が恐怖を感じてしまう。
わたしは神娘なのに……。
「「「アイスアロー!!」」」
「「「ストーンボール!!」」」
外から聞こえる魔法発動の声。
と同時に!
ガン!
ガン、ドガン!
何らかの魔法が馬車に直撃!
魔法を受けた衝撃で馬車が大きく振動する。
暴風も相まって、横転しそうな勢い。
「セレス様、こちらへ!」
わたしを心配してくれるシアさんとユーフィリアさん。
左右から抱きしめてくれた。
衝撃から守るように強く優しく。
「……シアさん、ユーフィリアさん?」
恥ずかしいことだけど、とっても安心できる。
「大丈夫です。必ず護りますから!」
「護ります!」
ふたりとも、ありがとう。
でも……。
「このまま馬車の中にいても良いのでしょうか?」
*************************
これでもう、やり残したことはないか?
和見家にいるセレス様のこと、異能関係、それにローンドルヌ渡河のための用意……。
大丈夫だ。
日本滞在時にやるべきこと、思いつくことは全て終えたはず。
なら、戻るだけ。
ローンドルヌ河に戻って渡河の準備を進めるだけだ。
12時間という制限時間も、今まさに過ぎたところ。
よし。
「異世界間移動!」
ひとり暮らしの部屋から移動した先は、ローンドルヌ河南岸近くの小さな集落。
その外れにある小屋の中。
状況的に宿より小屋の方が動きやすいということで借りることになった小屋なんだが、まさに期待通り。雨風を凌げれば、それで十分……ん?
これは?
凄い風と雨、それに雷まで!
小屋が揺れているぞ。
まるで台風のような天気じゃないか。
「……」
まともに活動できないくらいの荒天だ。
この風雨の中、手紙を対岸まで投擲なんてできないだろ。
今は待機するしかないか。
そう思い、半刻あまりを小屋の中で過ごしたものの。
相変わらず空は黒いまま、激しい雨が降り続いている。
うーん……。
今日一日を小屋の中で過ごすという選択肢は、ないよなぁ。
なら、様子を見に行くか?
そうだな。
河の状況次第で、何をするか考えればいい。
ということで、暴風雨の中を外に出て歩いてみたところ……。
この風、半端ないぞ。
並の台風どころじゃない。
歩くだけでも大変だ。
油断すると身体を持っていかれそうになる。
これ、ローンドルヌ河が氾濫なんてしてないよな?
「……」
そう思うと、不安になってきた。
とりあえず、急いで河の様子を見に行くか。
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<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>
何発も魔法が馬車に当たっているから。
このままでは破壊されてしまうのでは?
それなら、外に逃げた方が?
「ユーフィリアさん、どう思います?」
シアさんも迷っている。
ガシャーン!!
そこに、ひと際大きな揺れが!
大きな魔法が直撃したの?
「っ!」
何とか揺れはおさまったけれど……窓の下には大きな穴!
他にも、無数の小さな穴が開いている。
「セレス様! お怪我は?」
「大丈夫です。ただ……」
もう、馬車が持たない!
多分、魔法の的になっているんだわ。
「……出ましょう」
ユーフィリアさんの一言。
「……」
外からは、剣がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえてくる。
魔法音もひっきりない。
「セレス様!」
外は怖い、危険だ。
でも、このまま馬車の中にいる方がもっと危ないから。
「……はい」
今はもう外へ。
先導してくれるユーフィリアさんの手を取り馬車の外に足を踏み出そうとした、その時。
ドッガァァーーン!!
えっ!?
これまでにない衝撃!!
何!?
分からない。
分からないけど、馬車が横転し。
わたしの身体が宙に投げ出されて……。





