第34話 男子会? ※
ヴァーンベックさんはギリオンとたまにパーティーを組む冒険者だそうで、ここ1年ほどはオルドウで活動しているらしい。
その見た目に反して、なかなか気さくで面白い人柄だったもので、3人での飲み会は大いに盛り上がった。
店の料理と酒も夕連亭に匹敵するくらい美味しく、おかげで今も楽しく、好い時間を過ごせている。
そうそう。
結局、夕連亭には行かず、ギリオンの行きつけの店で飲むことになったんだ。
「で、コーキの目標は何なんだ?」
お腹も満たされ、酒もそれなりに進んだところでのこと。
「ん? オルドウでの話か?」
「いんや、オルドウじゃなく剣士としてのお前の目標だ」
剣士として生きていくなんて一言も言ってないっての。
「ん…特に考えてないなぁ。まっ、色々と経験したいとは思っているかな」
10代の頃はいろいろと妄想したものだが、日本の日常の中で30年も待っていると、何をしたいなどと具体的に考えることは少なくなった。
最近では異世界に来ることだけを目的にして行動をしていたような気がする。
オルドウに来てからも、予想外のことが起こったおかげで、あまり余裕がなかったしな。
まっ、心躍る冒険をしたいというのは、ずっと変わらず心の中にあるんだけど。
「なんだそりゃ」
「田舎者だから、多くのことに慣れる必要があるんでね」
「面白みのねえ奴だなぁ。剣はそこそこ使えんのによ」
「面白くなくていいんだよ。まず俺はオルドウの街と冒険者の活動に慣れる必要があるからな」
「確かにそれは大事だな。分からないことがあったら、ギリオンじゃなく俺に聞けよ」
「ヴァーンベックさん、ありがとうございます」
「おう、何でも聞いてくれ」
それなら、ひとつ聞いておきたいことがある。
「実は人を探しているんですが」
「ん? 誰だ?」
「冒険者をしているかどうかは分かりませんが、赤い髪のリーナという女性と金髪のオズという男性、ふたりとも15~20歳くらいなのですが、知りませんかね?」
時間にずれがあるかもしれないので、2人の年齢については正直分からない。
駄目元で聞いてみよう。
「リーナにオズか……。その名前は聞いたことがねえわ」
「そうですか」
「わりいな」
「いえ……」
まっ、そうだろうな。
オルドウみたいな街で人を探すのは難しいよな。
しかし、リーナもオズもオルドウにいるんだろうか?
これまで何人かに聞いてみたが、誰もふたりのことを知らなかったからなぁ。
オルドウ以外の街に住んでいる可能性の方が高いのかもしれない。
分かってはいたが、簡単じゃなさそうだ。
「ヴァーンじゃダメだな。オレに任せりゃいいぞ。なっ、コーキ」
「じゃあ、ギリオンはこのふたりを知ってんのかよ」
「いや、知らねぇ」
「なんだそりゃ」
本当になんだそりゃだわ。
でも、おかげで湿っぽくならずにすんだな。
「なっ、ギリオンに聞くのは止めといた方がいいぜ。知識も常識もないからな」
「んだと、オレのどこが常識ないってんだ」
「つい最近も非常識なことやってただろうが」
「んなことやってねえぞ」
「ほら、これだ」
飲み会が始まってからずっとそうなんだが、この2人のやりとりは横で聞いているだけで面白い。
「負けても負けても毎日のようにレイリュークに挑んでただろうが、ありゃ迷惑この上ないぜ」
「迷惑じゃねぇ。なんせ、いい勝負だったからな」
「何言ってんだ。レイリュークに簡単にあしらわれていただろうがよ」
「そんなことねえわ。もう一歩だったっての」
「よく言うぜ」
「嘘じゃねえ。おい、コーキ、こいつの言うこたぁ、信じんなよ」
「……」
「これだから酔っ払いはタチがわりい。しかしまあ、こんな有様で赤鬼ドゥベリンガーや剣姫イリサヴィアや幻影ヴァルターに勝つって言うんだぜ。信じられるか、なあ、コーキ」
「はん、近々勝ってやるわ」
口を挟む暇がない。
「レイリュークに子供扱いされてたのにな」
「だから、されてねえっつってんだろ」
子供扱いかどうかは分からないが、ギリオンはオルドウ滞在中のレイリュークさんと数度対戦し、一太刀もその身体に浴びせることができなかったらしい。
実際に対戦を見たわけではないので詳しいことは分からないが、さすがに善戦したとは思えないよな。
ちなみに、今回も俺はレイリュークさんに会えていない。
残念だが、色々とあったから仕方ないな。
次の機会を楽しみにしよう。
「ホント、レイリュークも良く相手してくれたよなぁ」
「ふん、それはオレ様が強いからよ」
「そうかい。さすが未来の剣豪様だよ」
呆れたように両手を上げて、こちらに視線を送ってくる。
「おうよ。分かりゃいい」
「コーキ、こいつ酔ってるから許してやってくれよ」
いい気分で酒を飲んでいるギリオンに聞こえないような小声で囁いてくる。
なんだかんだ言いながらも、気にかけているんだな。
良い関係だ。
まあ、ギリオンはこっちのことなど気にもとめず、ひたすら杯をあおっているだけなんだけどさ。
「ええ、分かってますよ」
「でもなぁ、コーーキィ~。お前はもっと大きな夢を持てっよ」
「……」
かなり酔いがまわってきた感じだ。
「オレの夢はなぁ、キュベリッツで最強の剣士になることだぁ~」
「うるせえなぁ。もう何度も聞いてるわ。コーキもだろ」
「まあ、そうですね」
「しかし、最強の剣士ねぇ。そんなに興味はねえけど、今の最強って誰なんだろうな」
「オレさまだ」
「分かった、分かった。で、お前以外だと誰だよ」
「そりゃあ、ドゥベリンガーかイリサヴィアだっろ」
「ヴァルターじゃ駄目か」
「あいつぁ、もう現役じゃねえからな」
「まあ、そうだな」
レイリュークさんに加え、赤鬼ドゥベリンガー、剣姫イリサヴィア、幻影ヴァルター。
こちらの世界に来てから何度か耳にした高名な剣士の名前。
その中でもドゥベリンガーとイリサヴィアが抜けているらしい。
いつかお手合わせ願いたいものだ。
「そう言えば、最近オルドウで剣姫を見かけたって話を聞いたな」
「そうなんですね」
「剣姫は世界中を飛び回っているらしいからオルドウにいてもおかしくはないんだが、今回はただの噂に過ぎないだろうな」
「どうしてです?」
「本当に来てたら、こいつが黙っちゃいねえだろ。きっと追いかけまわしてるぜ」
「なるほど」
それは間違いないな。
レイリュークさんに対しても、しつこく何度も挑んでいたんだから。
「なぁ、そうだろ、ギリオン」
「んあぁ? 何の話だ」
「こいつ、もう聞いちゃいねえよ」
「んなことよりな、これを聞いて笑うなよ。コーキ、ヴァーンの夢を知ってっか?」
「いや」
知るわけない。
「ハハハ、なんと王になるってよ。貴族でもないこいつがだぜ」
ご機嫌状態のギリオンがそう言って笑い飛ばす。
「うるせえ。黙ってろ」
「はん、ホントのこったろーが」
「……」
王になることが夢とは、大きく出たものだ。
でも、若者が大きな夢を持つのは悪いことじゃない。
「少し聞いてもいいですか」
この話を掘り下げるのもどうかと思うが、単純に興味があるので少し。
「何だ?」
「エストラルでは、一般人が王になる方策はあるのですか?」
この世界ではあるのか?
魔王を倒せば王になれるとか?
「そんなのあるわけねぇっつうの」
だよな。
「言ってろ。で、コーキ、本当に聞きたいのか?」
「ええ、興味本位で申し訳ないのですが」
「……本気か。真面目に聞いてくるとは、お前も変わってんな」
「そうですか」
「ああ、変わってるぜ。でも、嫌いじゃねえ。話してやるよ」
「はあ」
「けどなぁ、その前にその口調なんとかならないのか。ギリオンに話すように話してくれたらいいからよ。それと、ヴァーンと呼んでくれていいぞ」
「いきなりそれは難しいですね」
日本人だからか、それとも長い間社会人をしていた名残なのか、初対面の人に気安く話しかけることには結構な抵抗がある。
「何とかしてくれ。こんな酒の場で、堅苦しくてたまんねえわ」
「分か……った。少しずつで良ければ」
「よし。で、王になる方策はな、あるにはあるぜ」
「そうなんです……そうなんだ?」
これは驚きだ。
なら、単なる夢想ってことでもないと。
「俺のような冒険者の場合は、まずは1級で冒険士となり、その後特級の冒険爵になる。これでいっぱしの貴族だ。ここまではいいよな」
「冒険士と冒険爵は初耳だけど」
「ギルドで聞いてないのか?」
「冒険者には1級から5級までの階級がある。上級者には特例もあるが、それは昇級してから伝える、と聞いただけかな」
「ああ、今のギルドは詳しく教えないってのは本当なんだな。じゃあ、そこから説明してやるよ」
「分かった」
「一般的な冒険者とは2級から5級までだ。その上の1級冒険者は正式には冒険士という名称があり準男爵と同等の権限を持つ。ただし、1代限りの名誉貴族みたいなものだがな。で、さらに上には特級冒険者がいる。これは冒険爵という名称で呼ばれ、子爵相当の権限を持ってる。領地と相続権を与えられる場合もあるんだぜ」
それはすごい。
「まっ、冒険爵は1国に多くても1人か2人だ。1人も存在しない国も多いな」
「なるほど」
冒険者ギルドの中を見ていても感じることだが、この世界のギルドは想像以上にしっかりした組織みたいだな。
貴族に昇格する規定まで定められているとは、本当に驚きだ。
「とはいえ、ここまで昇格したとしても所詮は貴族に過ぎねえ。で、この先は明確な規定などねえんだ」
とすると、その先は?
「そんでだ。こいつは冒険爵に限った話じゃねえんだが」
「……」
「政治的にしろ経済的にしろ軍事的にしろ、貴族はその貢献次第で国から大領を与えられることがある、さらに独立を許される場合もあるんだ。貴族が独立したもの、つまり、これが王だ。新たな王の誕生だな」
「まずは冒険爵に。それから功績を残して王になると」
ちょっとワクワクするな。
「まあな。ただ、現実は甘くねえ。実際にこの過程を通して王になった者は、この世界では過去に1人しか存在しねえからな」
「それでも、その道が分かっているだけでも随分と違う」
「その通りだ。分かってんなぁ、コーキは。ギリオンとは大違いだぜ」
そう言って俺の肩を叩いてくる。
「まっ、先は長えが、この道の先に王の位が見えてくるってもんだぜ」
キラキラと目を輝かせながら語るその姿は40男の俺には眩しすぎる。
が、20歳の今の俺なら目を見開いて聞くことができる。
その溢れる情熱。
「格好いいなぁ」
「お前……いいやつだな」
「そうかな。素直な感想だけど」
「おまっ……。とにかく、まあ、あれだ。方策はあるし、これ以外の方法もなくはない。なら、目指せってもんだろ」
「本当に夢のある話だと思うよ」
「だろ。そこの筋肉男とは違うってもんだ」
ギリオンはギリオンで、素晴らしい目標を持っていると思うけどな。
暑苦しいのが玉に瑕だが、情熱を持って生きているのはヴァーンさんと同じだろう。
その筋肉男、茶化すことなく静かに聞いていると思ったら。
「こいつ寝てやがる」
深夜まで続いたこの夜の飲み会は、俺にとって楽しいだけでなく勉強にもなり刺激も貰え、非常に有意義なものとなった。
でも、最後がしまらない。
「アッタマにきたぜ。表に出ろや、この色黒痩せ男!」
「俺に負けて泣きっ面見せんなよ、この単細胞筋肉ダルマ!」
「お客さん、いい加減にしてください」
店員に追われるようにして、2人は外に出て行った。
これはさすがに……。
これにて1章終了となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
1章は、設定、布石、伏線、などを随所に書き込む必要があったため、どうしても物語の進行が遅くなりがちでしたが、2章以降は改善されていくと思います。
とはいえ、2章もまだ物語の序盤にすぎません。
今後新たなキャラクターも続々登場してきますし、物語も展開していきます。
そんな拙作となりますが、楽しんでいただければ幸いです。
では、次話から2章となります。





