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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
339/701

第336話  ローンドルヌ河 8

<和見幸奈視点(姿はセレスティーヌ)>




 窓の外に稲光が走り、遅れて雷鳴がやって来た。

 その轟音に。


「きゃあ!」


 この世の終わりといった表情でシアさんが震えている。

 レザンジュの兵団やエビルズピークの怪物を見ても、ここまでじゃなかったのに。

 

「ううぅ……」


 そこまで雷が苦手なの?


「シアさん、大丈夫ですよ」


「……はい」


「まっ、建物が倒壊することはねえだろ」


「そうだよ、姉さん。怖がり過ぎだって」


「……」


 早朝から続く雨と風はかなりの酷さで、建物が揺れているように感じてしまう程。

 その上、苦手な雷光まで目にしたとあっては、シアさんが怖がるのも仕方ない。


 とはいえ。


「そのうち収まんだろ」


 ヴァーンさんの言う通り。

 いつまでもこんな嵐が続くわけがない。


「雷も?」


「間違いねえ」


「……」


「けど、今日は一日雨っぽいかも。となると、コーキさんからの連絡もないかな?」


「さすがのコーキでも、この強風の中を投擲すんのは無理ってもんだぜ」


 わたしもそう思う。


「まっ、前回の手紙で王軍の警備体制は分かってるんだけどさ」


「ああ、そこに関しちゃあ問題はねえ」


 コーキさんから届いた文には、ローンドルヌ駐留部隊の目的はわたしではなく、トゥレイズに向かうワディン騎士や傭兵を取り締まることだと書かれていた。だから、わたしやシアさん、アル君にヴァーンさんの4人に関しては商人に扮して橋を渡ることも可能かもしれないと。


「そうは言っても、ワディン騎士たちは簡単に橋は渡れないよなぁ」


「変装して、10の商隊に分かれて、それでごまかせるか?」


「どう考えても、難しいって」


 溜息をつくアル君。


「能力を見抜く魔眼持ちもいるようだし」


「……魔眼持ちのいない時を狙って渡るしかねえ」


「いない時が分かればいいけどさ」


「まあ、な」


「それに、河を泳いで渡るのも難しいんだろ」


 ローンドルヌ河を泳いで渡るのは危険。

 小舟で渡る場合も頑丈な船以外では避けるべき。

 水中には、想定以上の魔物が潜んでいる

 コーキさんの文の中には、そうも書かれていた。


「河に魔物を集めるなんて汚いことするよな」


「レザンジュ王軍らしいやり方だぜ」


 王軍は、ローンドルヌ河の上流から大橋付近まで魔物を呼び寄せたらしい。


「まっ、橋を渡れるんなら何の問題もねえけどよ」


「……」


「……」


「ヴァーン?」


「ん?」


「その、今日は外に出なくていいわよね?」


「ああ、ねえと思うぞ」


「……よかった」


 シアさん、本当に雷が苦手なのね。





 雷雨の中、シアさん、アル君、ヴァーンさんと昼前まで部屋の中で過ごし、そろそろ昼食かと思い始めた頃。明らかに急ぎ足と分かる足音を立て、誰かが扉の向こうにやって来た。


「セレスティーヌ様!」


 この声はルボルグ隊長だ。


「よろしいでしょうか?」


 珍しいことに、早口になっている。


「……どうぞ」


 部屋に入ってきたのは、ルボルグ隊長とディアナさん、ユーフィリアさんの3人。

 やっぱり普通の様子じゃない。


「どうしました?」


「今斥候から連絡が入りまして……」


 斥候から?

 まさか、慌てるほどの大問題?


「王軍が橋から姿を消しました!」


「「「えっ!?」」」


「何!?」


 隊長さんの言葉に、一瞬思考が止まってしまう。

 今まで雷に怯えていたシアさんも驚きで固まっている。


「確かな情報なんだろうな?」


「ああ、私もユーフィリアも直接聞いたからな、間違いない。レザンジュ王軍が消えて、封鎖が解かれているのは事実だ」


 隊長だけでなく、ディアナさんもユーフィリアさんも耳にしている。

 ということは、本当に?


「……撤退、それとも単に嵐からの避難?」


「今はまだ判断がつかない」


「隊長さん、詳しい情報はあるんでしょうか?」


「第一報では、詳細はあまり分かっておりません。とはいえ、この嵐ですから」


「一時避難の線が濃厚ってことかよ」


 ローンドルヌ大橋からそう離れていない場所で待機している可能性が高い?


「常識的に考えたら一時的な退避でしょう。ただ、今回は少しばかり状況が異なります」


「……」


「大橋の近辺に、レザンジュ兵の姿が全く見当たらないとのことでして」


「隊長さん、兵士の姿が見えないのは雨風を凌ぐために天幕の中にいるだけではないのですか?」


「いえ、王軍と共に天幕も消え、軍営自体が消えているようなんです」


 敵陣が完全に消えてしまった?


「なら、一時避難より撤退の可能性の方が高いだろ」


「今は断言はできません。ですが、最寄りの村の調査報告が届けば大きな判断材料になるかと」


「村にいれば退避、いなければ撤退の可能性が高い」


「ええ」


「けどよ、仮に村に一時避難していたとしても、大橋から結構離れた場所への退避になるよな」


 大橋からその村までの距離をわたしは知らない。

 でも、ヴァーンさんがそう言うなら、近くはないんだと思う。


「つまり、どちらにしてもローンドルヌ大橋の近くにレザンジュ兵はいない。そういうことか」


「その通りです」


「「「「……」」」」


 現在の状況を理解したわたしたち4人。

 全員が口を閉ざしてしまった。


「「「……」」」


 隊長、ディアナさん、ユーフィリアさんも口を閉ざしたまま。

 7人がいる室内の空気は重いのか軽いのか、よく分からない状態だ。


 けど、みんな。

 わたしが話すのを待っている?


「……」


 そうだ。

 ここは、神娘であるわたしが話さなきゃいけない場面。


 できることなら、予知で最良の選択を提示したいけれど、今のわたしにはそんなことできないから。

 だから、自分の考えを口にするだけ。


「……橋を渡る好機、ということですね」


「はい、今が好機だと思います」


 わたしの言葉を受け、自信満々に返すのはディアナさん。


「一時避難だった場合、嵐が収まると同時に王軍が戻ってくる可能性が高いですから。風雨の激しい今こそが絶好の機会かと」


 わたしも、そうだとは思う。

 でも、他の可能性もあるから。


「隊長さんとユーフィリアさんの考えも教えてもらえますか?」


「斥候の報告を信じるなら、王軍の罠である可能性は薄いでしょうから渡河を決行してもよろしいかと」


 罠の可能性は低い……。


「私も同じです」


 3人は渡河に賛成。


「ヴァーンさんは?」


「第二報を受け取ってから考えたいところですが、嵐が止む前の決行となるとゆっくりしてられませんしねぇ」


 その通りだと思う。

 今は雨風ともに激しいけれど、いつまで続くかは分からないのだから。


「なので、一応街道を南下して、大橋の様子を確認しつつ最終決定といったところでしょうか」


「渡河するにしてもやめるにしても、今すぐ村を出て南下すると?」

 

「ええ」


 そうかぁ。

 ヴァーンさんも、そういう風に考えるんだ。


「アル君は?」


「ヴァーンさんの方針がいいと思います」


「……」


 アル君、本当に考えたの?

 あやしいけど、ヴァーンさんに賛成と言うなら、それでいい。


 では、最後に。


「シアさんは?」


「わたしは……」


 嵐の中、外に出たくないのは分かっている。

 ただ、今は大事な話だから。


「セレス様に従います!」


「外は嵐ですよ?」


「……平気です、問題ありません」


 あんなに雷を怖がっていたのに。


「わたしはいつもセレス様の傍にいますから」


「シアさん」


 これまでも、ずっと傍にいてくれたシアさん。

 気持ちはよく分かっている。

 それでも、やっぱり……こんなに嬉しくなってしまう。


「さすが、シアだぜ」


「ほんと、やる時はやるよな、姉さん」


「もう! からかわないで、ふたりとも! 外に出るだけなんだから」


「嵐が怖い姉さんにとっては一大事だろ」


「だから、やめなさい、アル。みんないるのよ」


「隠しても外に出ればバレるんだから無駄だって」


「……」


 仲がいいからこそのアル君の言葉。

 でも、ここはやめてあげて。


「シアさん、大丈夫です。外では、わたしがずっと傍にいますよ。嵐からも守りますからね」


 しっかりと手を握って、心を込めて。


「セレス様、それは、その……ありがとうございます」


「はは、立場逆転だな」


「ヴァーン……」


「って、時間もねえのに、脱線しまくりじゃねえか」


 そうだった。

 今はゆっくり話している時間はないんだ。

 先に進めなきゃ。


「では、皆さん、今後の方針ですが」


 わたしの考えは。


「今から南に向かい、道中で斥候からの報告を受ける。その報告次第で渡河の最終決定をくだす。これでいかがでしょう?」


「私はセレス様に従うのみです」


「もちろん、私も従います」


「私も」


「おれも」


「俺も従いますよ。まあ、同じ考えなんですけどね」


「セレスティーヌ様、ここにおらぬ騎士たちも思いは同じですので」


 みんなが信用してくれる。

 神娘の力を使えないわたしを。


「……」


 本当にありがたいことだと思う。



「しっかし、こんな時にコーキの考えを聞ければ心強いんだけどなぁ」


「コーキさん対岸にいるんだから仕方ないって。文の投擲も難しいし、橋を渡って戻って来るのも……って、今なら戻れるんじゃ?」


「そうか! 王軍がいねえなら大橋を渡れるぞ」


「ひょっとすると、もう橋を渡ってるかもしれない。で、南下中に合流とか」


「だったら、鬼に金棒じゃねえか。けどよ、あいつ抜けてるとこあるからなぁ。気づいてない可能性もあり得るぞ」


「確かに……」


 また脱線している。

 時間がないと言いながら、みんな心のどこかでホッとしてるんだろうな。

 王軍がローンドルヌから姿を消したという事実は、ほんとに大きいことだから。






「本当に誰もいない」


「……ああ」


「これはもう、簡単に渡河できそうだよなぁ」


「かもしれねえ」


 ローンドルヌ大橋は前方100歩の位置。

 馬車の窓からは大橋の全容が見渡せる。


 その橋の上には、アル君とヴァーンさんの言うように、レザンジュ兵は1人も見えない。

 ひと安心だ。


 ただ、こうなると。

 気になるのは……。


「シアさん?」


 王軍兵はいないけど、雨風は相変わらず。

 稲光も時折やってくる。

 だから、心配になってしまう。


「大丈夫?」


「……はい」


 答える顔色は真っ青そのもの。

 とても平気とは思えない。


「これで少し楽になるといいんだけど」


 シアさんの震える手をわたしの両手で包み込む。


「セレス様……とっても落ち着きます」


「よかった」


 こんなことで震えが止まるなら、お安い御用だ。


 と!

 これまで以上の強烈な横風!

 馬車が揺れている。


「きゃあ!」


 シアさん、これは雷ではなく突風よ?


「今のは雷じゃないぞ、姉さん」


「……分かってるわ」


「ホント、大丈夫かよ?」


「こ、ここまで来たんだから、大丈夫……に決まってるでしょ」


「全くそうは見えないけど?」


「……」


 シアさん、かなり無理をしている。

 嵐の中で頑張って。


「あの、セレス様、ほんとに平気ですので」


 そんなはずない。

 また震えているのに。


 でも、頑張るシアさんを見ていると。


「いつも一緒にいてくれて、ありがと、シアさん」


 お礼が言いたくなる気持ちを抑えきれなくて。


「そんな、わたし……わたしこそ、ありがとうございます」


「お礼を言うのは、こちらですよ」


「いえ、今はセレス様がわたしを護ってくれてますし」


「あっ、そうでしたね」


「そうですよ! とっても頼りになりますから!」


 馬車の中、見つめ合うわたしたち。


「あの、こんなこと口にしては駄目だと分かっているんですが……」


「何でしょ?」


「前の凛々しいセレス様はとっても素敵でした。けど、今の親しみやすいセレス様も……わたし、大好きです」


 記憶を失くしたわたしに、そんなことを!


「セレス様の傍にいると、幸せだなぁって」


「シアさん……ありがと。でも、本当に?」


 前のわたしだけじゃなくて、今のわたしも?


「もちろんです」


 嬉しい……。


「幸せです!」


 いつもと違い、飾ることなくストレートに思いを口にしてくれるシアさん。

 今までに経験したことのない思いが込み上げてくる。


「わたしもシアさんの隣で過ごす時間が、とっても幸せですから」


「セレス様」


「シアさん」


「ふふ……」


「ふふふ……」


 ふたりとも、つい笑みがこぼれてしまう。



「シア、女同士のイチャイチャも悪かねえけどよぉ、もう大橋だぞ」


「……分かってるわ」


 ヴァーンさんの言葉で、窓の外に目をやると。

 わたしの乗る馬車がローンドルヌ大橋の上に。


 馬車の前には騎士の皆さん、後ろにも騎士の皆さん。


「……」


 橋上まで来ても、王軍の姿は全く見えない。

 やっぱり、罠なんてなかったんだ。

 渡河を決めて良かった。

 これで、ようやくローンドルヌ河を越えることができる。


 勢いが衰えない雨と風の中。

 橋の上を悠然と進んでいく馬車とワディン騎士の皆さん。


 と、そこに突然。

 異音?


 これは雨音じゃない。


「!?」


「「「「「おおぉ!!」」」」」


「「「「「うおおぉぉ!!」」」」」


 喊声!



「セレス様!」


「そんな!?」


 激しい雨で視界がはっきりしないこの状況でも確認できる。

 見えてしまう。


「くそっ、やられたぜ!」


 レザンジュ王軍!

 橋の両側に敵兵の姿が!!


「セレスティーヌ様、申し訳ございません。敵の急襲。挟撃です!!」


「隊長さん!」


 王軍兵の姿なんて、どこにもなかったのに。

 突然、どうして?


「我々が迎撃します! 必ずお護りします! ですから、セレスティーヌ様はこの中で待機を」


「……はい」


 何も言えない。

 こんな言葉しか出てこない。


 わたしは神娘なのに……。



「アル、行くぞ」


「おう!」


「ノワールも来い」


「オン!」


 ヴァーンさんとアル君が戦闘の準備を整え。

 ノワールちゃんと一緒に馬車から出て行った。


「私も出ます」


 ディアナさんまで。


 馬車に残っているのは、わたしとシアさん、ユーフィリアさんだけ。


「セレス様、大丈夫です」


「……」


「きっと皆が護ってくれます」


 さっきまでシアさんの手を握っていた私の手。

 それを包み込むようにシアさんが握り返してくれる。


「私が必ず護ります」


 さらに、ユーフィリアさんも私の手を握ってくれる。


「……」


 ふたりの温もりに、平静さを取り戻せた気がする。


 でも……。


 なぜ?

 どこからレザンジュ王軍が現れたの?


 そんなわたしの疑問を斬り裂くように聞こえてきたのは……。



「「「「「アイスアロー!」」」」」


「「「「「ウォーターボール!」」」」」


「「「「「ストーンランス!」」」」」






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[良い点]  コーキの知らぬ間にピンチですね。それともこれはコーキの策なのか……
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