第328話 忠告
<セレスティーヌ視点>
「さて、紹介も終わったことですし」
兄と弟の紹介を終えた壬生さんが、ソファーから離れ私の前にやって来た。
「幸奈さんとは色々話をしたいんですけど……何から話しましょ?」
今この応接室にいるのは、父と壬生兄妹弟と私の5人。
私ひとりで彼らに彼らに対抗しなきゃいけない。
複数の異能者相手にひとりで。
その現実を前に。
「ふふ、楽しみだわ」
抑えていた幸奈さんの恐怖が蘇ってくる。
拒絶感が身体に。
「あら、可愛いわね、幸奈さん」
抗えない!
何とかしないと!
「まずは、そうねぇ……前回のあれは何でしたの?」
「そうだ。なぜ、お前が壬生さんの異能に対抗できたんだ」
「教えてくださいな」
あの日以降、その件について父から聞かれることはなかった。
なのに、ここで壬生さんの力を借りて質問するなんて。
父は聞かなかったなんじゃない、聞けなかったんだ。
「……知り、ません」
「知らない! そんなわけないだろ!」
「……」
「ほんとのことを話せ」
「……話すことは、ないです」
今の幸奈さんの状態でも、何とか喋ることはできる。
でも、それ以上は。
「おまえ、嘘ばかりつきおって!」
「……」
「また、だんまりか」
「……」
「都合が悪くなれば黙る」
「……」
「そんな風に育てた覚えはないぞ!」
幸奈さんが父に育てられた?
そんな記憶、どこにもない!
「この出来損ないが、いい加減にしろ!!」
恐怖で凍り付きそうになっていた身体。
幸奈さんの身体が、この父の言葉で動き出す。
恐怖が薄らぎ、私の憤りが幸奈さんの感情に混ざり合っていく。
「……」
そうよ、幸奈さん。
私たちは負けちゃいけない。
こんな仕打ちに、屈するわけにはいかないから。
「和見さん、激さないでいただけます」
「……私は冷静だ」
「なら、いいのですけど」
「……」
「それで、教えてくれませんの、幸奈さん?」
「教えることなど何もありません」
神娘の力。
祝福の力を使ったなんて、話せるわけがない。
「ただ、あの部屋から去っただけですから」
「そう、教えてくれないのね。それなら、もう一度試してみましょうか」
防音設備もない応接室で異能を?
そんなこと、ほんとに?
「お父様?」
「おまえが悪いんだ」
なっ!
「よろしいですか、和見さん」
「ここは地下ではないからな、手加減してほしいのだが」
「もちろん、分かってますわ」
「そうか。では、頼む」
信じられない。
1階には使用人の皆さんもいるはずなのに。
「ええ」
逡巡は私だけ。
壬生さんには躊躇など微塵も感じられない。
だめ。
逃げられない。
「……憂波!」
異能発動と共に、またあの感覚が。
憂波のおぞましい音が響いてくる。
頭の中を触られているような不快感。
そして、激痛!
立っていられない……。
「効いてるな」
「前回も最初は効いてましたのよ、お兄様」
「これを克服したと?」
「ええ、前回はですけれど」
「この状態から憂波に打ち勝つとは、信じがたいが」
頭が痛い。
こんな痛み、慣れることなんてできない。
「……」
だから。
ローディン様、トトメリウス様。
お願いいたします。
私に、不肖の僕たる私に力をお与えください。
もう一度、祝福の力を。
掛けまくも畏き智時魔の大神、豊穣の大神……。
……。
……。
……祝福!!
心の中で唱え終えた瞬間、寵光が私を満たしてくれる。
痛みが、音が消えていく。
「……」
ああ!
ローディン様、トトメリウス様!
ありがとうございます。
心から感謝いたします。
「どうやら、本当に克服しそうだな」
「……ええ」
「ふたりとも、悠長なことを言ってないで。何とかしてくれ」
「そうですねぇ」
「頼むぞ!」
やっぱり身体は重い。
けど、大丈夫。
ゆっくりと足に力を入れ、上半身を持ち上げる。
「ほう、もう立てるのか」
「……お父様、壬生さん、私はこれで失礼します」
こんな人たちに付き合ってられない。
私のいないところで、勝手に話してればいい。
「おまえ、何を言ってる! 壬生さん、壬生君!」
「慌てないでください、和見さん」
「いや、しかし!」
「あなたは黙って見てればいいんですよ」
「……」
「幸奈さん、少し話しませんか?」
「……話すことなどありません」
「つれないなぁ。私はあなたの未来の夫ですよ」
何のこと?
幸奈さんに、そんな記憶は……ないのに。
「ん? 聞いてないのかな?」
「それについては、まだ話してないんだ。というか、壬生君、君は乗り気じゃなかっただろ」
「今、乗り気になりました」
「……そうか」
「お父様?」
「……壬生君はお前の婚約者だ」
「!?」
そんな!
幸奈さんも私も聞いてない。
今ここで告げられて受けられることじゃない。
絶対に嫌だ!
「ふふっ、そういうことです」
顔に浮かべる笑みは、嗜虐的なもの。
とても不快で気持ちが悪い。
生理的嫌悪を感じてしまう。
「なので、話をしましょうか」
「……嫌です」
「聞こえないな」
「嫌だと言ったのです。話すことなどありません。それに、私は絶対に認めません」
「あら、あら。嫌われてしまいましたわねぇ、お兄様」
「嫌われている? この僕が? そんなわけないだろ。ねえ、幸奈さん」
そう言って、私に迫ってくる。
私に触れようと。
やめて!
触らないで!
気持ち悪い!
「兄さん、やめた方がいい」
とめてくれた?
伊織君が?
弟の伊織君が兄の手を取って?
「どういうつもりだ、伊織」
「彼女には手を出さない方がいいですよ」
「おまえには関係ない」
「確かに関係はないですね。なので、今回は優しい弟からの忠告かな?」
「……何を言ってる?」
「そうですわ、伊織君。これは、どういうことかしら?」
「うーん、説明は難しいというか……」
「ちゃんと説明しろ! その前に手を離せ!」
「ああ、そうですね、はい」
手を解放された壬生兄が、痛そうに手を振っている。
「この馬鹿力め」
「少年に向かって馬鹿力とは失礼ですねぇ」
「おまえ……」
10代前半に見える少年に、あの壬生兄が翻弄されている?
「それで、どうなの、伊織君?」
「どうもこうもないんですけど、彼女に関しては、まあ……」
「だから、彼女がどうしたというんだ?」
「はぁ~、仕方ないなぁ」
溜息をついた伊織君が、困ったような顔で私に近づいて。
「幸奈さん、あなた武志君の姉ですよね」
「……ええ」
「有馬さんとも幼馴染でしょ」
どうして、その名を?
「……なぜ、あなたがコーキさんを知っているの?」
「ん? コーキさん? そんな風に呼んでたかなぁ?」
伊織君、何を言って?
「まっ、いいか。で、あなたは有馬さんの幼馴染で今も親しい関係にあると?」
「ええ、そうよ」
「ですよね」
本当に何なの?
「ということで、兄さん、姉さん、もう彼女には手を出さない方がいいですよ。これはぼくの忠告。純粋な厚意からの助言です」
「意味が分かりませんわ」
「分かるように説明しろ!」
「説明は無理ですね。これ以上の話はありませんから」
「伊織、おまえ!」
「そもそも説明なんて不要でしょ。兄さんは何でも知っているんだから」
「くっ!」
「ぼくに文句があるんですか?」
「……」
「とにかく、忠告はしましたからね」
10代の少年なのに、とても大人びて見える。
その上、あの兄と姉を圧倒している。
異能者のふたりを!
「幸奈さん、今日のことは覚えていてくださいね」
「えっ?」
「ぼくがあなたの敵じゃないってこと。忘れちゃいやですよ」
「……」
「さあ、こんな部屋からはさっさと離れて、自室に戻った方がいいですね」
「……」
「おい、やめろ。幸奈ここに残るんだ!」
「ああ、幸奈さんのお父さん。あなたも娘を虐めない方がいい」
「な、に?」
その言葉に父が怯んでいる。
少年の穏やかな口調なのに。
「……壬生君、壬生さん、彼はいったい?」
「……」
「……」
「おっと、そろそろ弟君も帰宅しそうです。では、ぼくもこれで」





