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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
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第328話  忠告


<セレスティーヌ視点>




「さて、紹介も終わったことですし」


 兄と弟の紹介を終えた壬生さんが、ソファーから離れ私の前にやって来た。


「幸奈さんとは色々話をしたいんですけど……何から話しましょ?」


 今この応接室にいるのは、父と壬生兄妹弟と私の5人。

 私ひとりで彼らに彼らに対抗しなきゃいけない。

 複数の異能者相手にひとりで。

 その現実を前に。


「ふふ、楽しみだわ」


 抑えていた幸奈さんの恐怖が蘇ってくる。

 拒絶感が身体に。


「あら、可愛いわね、幸奈さん」


 抗えない!

 何とかしないと!


「まずは、そうねぇ……前回のあれは何でしたの?」


「そうだ。なぜ、お前が壬生さんの異能に対抗できたんだ」


「教えてくださいな」


 あの日以降、その件について父から聞かれることはなかった。

 なのに、ここで壬生さんの力を借りて質問するなんて。

 父は聞かなかったなんじゃない、聞けなかったんだ。


「……知り、ません」


「知らない! そんなわけないだろ!」


「……」


「ほんとのことを話せ」


「……話すことは、ないです」


 今の幸奈さんの状態でも、何とか喋ることはできる。

 でも、それ以上は。


「おまえ、嘘ばかりつきおって!」


「……」


「また、だんまりか」


「……」


「都合が悪くなれば黙る」


「……」


「そんな風に育てた覚えはないぞ!」


 幸奈さんが父に育てられた?

 そんな記憶、どこにもない!


「この出来損ないが、いい加減にしろ!!」


 恐怖で凍り付きそうになっていた身体。

 幸奈さんの身体が、この父の言葉で動き出す。


 恐怖が薄らぎ、私の憤りが幸奈さんの感情に混ざり合っていく。


「……」


 そうよ、幸奈さん。

 私たちは負けちゃいけない。

 こんな仕打ちに、屈するわけにはいかないから。



「和見さん、激さないでいただけます」


「……私は冷静だ」


「なら、いいのですけど」


「……」


「それで、教えてくれませんの、幸奈さん?」


「教えることなど何もありません」


 神娘の力。

 祝福の力を使ったなんて、話せるわけがない。


「ただ、あの部屋から去っただけですから」


「そう、教えてくれないのね。それなら、もう一度試してみましょうか」


 防音設備もない応接室で異能を?

 そんなこと、ほんとに?


「お父様?」


「おまえが悪いんだ」


 なっ!


「よろしいですか、和見さん」


「ここは地下ではないからな、手加減してほしいのだが」


「もちろん、分かってますわ」


「そうか。では、頼む」


 信じられない。

 1階には使用人の皆さんもいるはずなのに。


「ええ」


 逡巡は私だけ。

 壬生さんには躊躇など微塵も感じられない。


 だめ。

 逃げられない。


「……憂波!」


 異能発動と共に、またあの感覚が。

 憂波のおぞましい音が響いてくる。

 頭の中を触られているような不快感。


 そして、激痛!


 立っていられない……。



「効いてるな」


「前回も最初は効いてましたのよ、お兄様」


「これを克服したと?」


「ええ、前回はですけれど」


「この状態から憂波に打ち勝つとは、信じがたいが」


 頭が痛い。

 こんな痛み、慣れることなんてできない。


「……」


 だから。

 ローディン様、トトメリウス様。

 お願いいたします。


 私に、不肖の(しもべ)たる私に力をお与えください。

 もう一度、祝福の力を。



 掛けまくも(かしこ)き智時魔の大神、豊穣の大神……。


 ……。


 ……。


 ……祝福!!


 

 心の中で唱え終えた瞬間、寵光が私を満たしてくれる。

 痛みが、音が消えていく。


「……」


 ああ!

 ローディン様、トトメリウス様!


 ありがとうございます。

 心から感謝いたします。



「どうやら、本当に克服しそうだな」


「……ええ」


「ふたりとも、悠長なことを言ってないで。何とかしてくれ」


「そうですねぇ」


「頼むぞ!」



 やっぱり身体は重い。

 けど、大丈夫。

 ゆっくりと足に力を入れ、上半身を持ち上げる。


「ほう、もう立てるのか」


「……お父様、壬生さん、私はこれで失礼します」


 こんな人たちに付き合ってられない。

 私のいないところで、勝手に話してればいい。


「おまえ、何を言ってる! 壬生さん、壬生君!」


「慌てないでください、和見さん」


「いや、しかし!」


「あなたは黙って見てればいいんですよ」


「……」


「幸奈さん、少し話しませんか?」


「……話すことなどありません」


「つれないなぁ。私はあなたの未来の夫ですよ」


 何のこと?

 幸奈さんに、そんな記憶は……ないのに。


「ん? 聞いてないのかな?」


「それについては、まだ話してないんだ。というか、壬生君、君は乗り気じゃなかっただろ」


「今、乗り気になりました」


「……そうか」


「お父様?」


「……壬生君はお前の婚約者だ」


「!?」


 そんな!

 幸奈さんも私も聞いてない。

 今ここで告げられて受けられることじゃない。

 絶対に嫌だ!


「ふふっ、そういうことです」


 顔に浮かべる笑みは、嗜虐的なもの。

 とても不快で気持ちが悪い。

 生理的嫌悪を感じてしまう。


「なので、話をしましょうか」


「……嫌です」


「聞こえないな」


「嫌だと言ったのです。話すことなどありません。それに、私は絶対に認めません」


「あら、あら。嫌われてしまいましたわねぇ、お兄様」


「嫌われている? この僕が? そんなわけないだろ。ねえ、幸奈さん」


 そう言って、私に迫ってくる。

 私に触れようと。


 やめて!

 触らないで!

 気持ち悪い!



「兄さん、やめた方がいい」


 とめてくれた?

 伊織君が?

 弟の伊織君が兄の手を取って?


「どういうつもりだ、伊織」


「彼女には手を出さない方がいいですよ」


「おまえには関係ない」


「確かに関係はないですね。なので、今回は優しい弟からの忠告かな?」


「……何を言ってる?」


「そうですわ、伊織君。これは、どういうことかしら?」


「うーん、説明は難しいというか……」


「ちゃんと説明しろ! その前に手を離せ!」


「ああ、そうですね、はい」


 手を解放された壬生兄が、痛そうに手を振っている。


「この馬鹿力め」


「少年に向かって馬鹿力とは失礼ですねぇ」


「おまえ……」


 10代前半に見える少年に、あの壬生兄が翻弄されている?


「それで、どうなの、伊織君?」


「どうもこうもないんですけど、彼女に関しては、まあ……」


「だから、彼女がどうしたというんだ?」


「はぁ~、仕方ないなぁ」


 溜息をついた伊織君が、困ったような顔で私に近づいて。


「幸奈さん、あなた武志君の姉ですよね」


「……ええ」


「有馬さんとも幼馴染でしょ」


 どうして、その名を?


「……なぜ、あなたがコーキさんを知っているの?」


「ん? コーキさん? そんな風に呼んでたかなぁ?」


 伊織君、何を言って?


「まっ、いいか。で、あなたは有馬さんの幼馴染で今も親しい関係にあると?」


「ええ、そうよ」


「ですよね」


 本当に何なの?


「ということで、兄さん、姉さん、もう彼女には手を出さない方がいいですよ。これはぼくの忠告。純粋な厚意からの助言です」


「意味が分かりませんわ」


「分かるように説明しろ!」


「説明は無理ですね。これ以上の話はありませんから」


「伊織、おまえ!」


「そもそも説明なんて不要でしょ。兄さんは何でも知っているんだから」


「くっ!」


「ぼくに文句があるんですか?」


「……」


「とにかく、忠告はしましたからね」


 10代の少年なのに、とても大人びて見える。

 その上、あの兄と姉を圧倒している。

 異能者のふたりを!


「幸奈さん、今日のことは覚えていてくださいね」


「えっ?」


「ぼくがあなたの敵じゃないってこと。忘れちゃいやですよ」


「……」


「さあ、こんな部屋からはさっさと離れて、自室に戻った方がいいですね」


「……」


「おい、やめろ。幸奈ここに残るんだ!」


「ああ、幸奈さんのお父さん。あなたも娘を虐めない方がいい」


「な、に?」


 その言葉に父が怯んでいる。

 少年の穏やかな口調なのに。


「……壬生君、壬生さん、彼はいったい?」


「……」


「……」


「おっと、そろそろ弟君も帰宅しそうです。では、ぼくもこれで」






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― 新着の感想 ―
[良い点]  お疲れ様です。  そしてセレス様も。大変お疲れ様です。  壬生の弟は物分かりが良すぎるというか狡いのでしょうか?  なんともな感じですがアッパレ感を抱いてしまいました。  なぜでしょう?…
[良い点] 更新お疲れ様です。弟君活躍の予感!?
[良い点]  約束は守る……ということでしょうか? それとも……  そう言えば、巻き戻る前の幸奈の夫もこの人だったんでしょうねぇ……
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