第33話 冒険者ギルド
「パピルの角がこんなに! これを1人で狩って来られたのですか?」
冒険者ギルドの受付。
本日狩ったパピルの買取り素材である角を渡したところ、担当のエリスさんに驚かれてしまった。
「そうですが」
「本当に?」
「ええ」
「信じられない……」
今は20歳の冒険者だが、少し前までは40歳の社会人だ。
空気ぐらいは読める。
なので、持ち込んだ素材の量も常識の範囲内、のはずだったのに。
「つい先日冒険者になられたばかりのコーキさんが、1人で狩ることができる量じゃないですよ。そもそも、パピルは初心者が単独で挑む魔物ではありませんから」
おかしい。
俺の持っている知識とは違う。
魔物図鑑には対応が容易なんて書いてあったぞ。
「本当に1人で狩られたのですよね?」
「ええ、まあ」
「そうですか……」
そう言ったきり黙り込んでしまったぞ。
そんなにまずいことだったのか、これ。
実はもっと多くの魔物を狩っているなんて、とてもじゃないが言えないな。
「コーキさんは新人なのに、かなりの腕を持っているということですね」
「……どうなのでしょう?」
「パピルをこれだけ倒せるのですから、そういうことですよ」
「はあ」
駆け出しの冒険者である俺が、冒険者としての自分のレベルを判断できるわけがないんだけど。
他の冒険者と比べようにも、知り合いもいないし。
いや、1人いるか。
「それでも、コーキさんが初心者であることに変わりはありません」
「……」
「ですから、もっと用心をしてください。魔物の討伐では何が起こるか分かりませんし、1人では対応できない事態も間々起こりますから。冒険者の死亡率が高いのは、冒険者になって半年以内の者、単独で行動する者です。コーキさんは、そのどちらにも該当されているのですよ」
「……そうですね」
「剣や魔法の腕だけが冒険者の技術ではないということをご理解ください」
冒険者には様々な技術が必要であるが、1人でその技術全てを身につけるというのは現実的ではない。そのため、多くの冒険者はパーティーを組んで活動をするということらしい。
「ワディン領の騒動のせいで、最近はこの辺りでも魔物の活動が活発になっているようですので、普段以上に気を付ける必要がありますからね」
ワディン領?
ああ、隣国の内戦の話だな。
それで、魔物の活動が活発になると。
そういうこともあるのか?
「エリスさん、忠告ありがとうございます。これからは十分気をつけます」
「分かってくださればいいのです。では、査定いたしますので少々お待ちください」
魔物素材の買取り受付を離れ、少し離れた待機用の椅子に腰掛ける。
うーん。
気をつけると言っても、今のところパーティーに加入する気もないしなぁ。
冒険者として生きていくと決めたわけでもなく、オルドウにいつまで居るかも分からない。そんな中途半端な気持ちで、オルドウの冒険者パーティーに入るというのは迷惑な話だろうから。
それに、試したいことも色々ある。
秘密も多い。
しばらくは、ひとりでやった方がいいよな。
とすると……。
そんなことを考えながら、見るともなしにギルド内を眺めていたのだが。
この冒険者ギルド、現代日本人の俺の目にも随分と立派なものに映る。
冒険者ギルド本館1階には、依頼受付所に買取り受付所が10ヶ所、さらに依頼掲示板、休憩室というものが設置されている。
2階には図書資料室、会議室、応接室などがあり、このギルド本館の裏手には日本の体育館のような屋内型訓練所が併設されている。
職員の対応もしっかりしているし、想像以上に整備された組織のようだ。
そういえば、最初に冒険者ギルドに来た時には、荒々しい冒険者連中に難癖をつけられるんじゃないかと警戒していたんだけど、そんなことは全くなかったんだよな。
180センチの身長とそれなりに鍛えられた身体という外見を持っているから、何も起こらなかったのかと、その時は思ったものだけれど、どうやら違う。
単にこの冒険者ギルドが統制の取れた組織だということ。
それだけのことみたいだ。
今目の前にいる冒険者たちの行動がそれを如実に物語っているな。
ここにいる冒険者たちは一見ならず者のような風体の者が多い。
が、その見た目に反して横柄な態度をとる者はほとんどいない。それどころか、ギルド内の規則を守り整然と動いている。
もちろん、彼らの話す内容と口ぶりはお世辞にも品があるとは言えないものの、それでも大声でがなり立てる者は見られない。
外での行動は知る由もないが、このギルド内では自制しているのだろう。
やはり、しっかりした組織だ。
これなら、揉め事もそうそう起こることはないだろう。
安心して訪れることができるな。
とは言うものの……。
やっぱり、イメージとは違うんだよなぁ。
粗暴な冒険者から荒々しい洗礼を受けるなんて定番が醍醐味でもあるからさ。
まっ、実際そんなことされると、ただの迷惑でしかないんだろうけど。
などと考えていたら。
「おい、お前たち無茶は止めておけ」
「なんでだよ!」
大きな声が近くの依頼受付所から聞こえてきた。
「アルさん、お静かにお願いします」
「でも、このおっさんが」
「おっさんじゃありません、メルビンさん3級冒険者の方です。あなた達の先輩冒険者ですよ」
「うっ、とにかくこの人がおれたちを馬鹿にするから」
「お前たちのために忠告しているだけだ」
「そうですよ、メルビンさんはあなた方を馬鹿になどしていません。さきほどの発言は常識的な意見ですから」
「そんなことはない、おれたちならできる。なあ、姉さん」
「アル、少し落ち着きなさい」
「その姉さんの言う通りだ。お前は頭を冷やした方がいい」
「おれは冷静だ!」
俺の対応をしてくれた受付の隣の受付の正面で、10台半ばくらいの年齢の姉弟らしき男女と20代に見える男性冒険者が言い争っている。珍しい。
「アル、一度戻りましょ」
「駄目だ、今日こそ依頼を受けて稼がないと。このままじゃ…」
「もちろん、分かっているわ。でも、今は外に出てもう一度考えましょ、ねっ」
「……」
「ここで騒いでも何にもならないというのは、アルにも分かるでしょ」
「分かるけど、早くしないと」
「そうね。でも、今すぐどうなる事でもないわ」
「……」
「こんな公の場で騒いで、それが家にどういう影響を及ぼすか想像できないあなたじゃないでしょう」
「……分かった」
姉の方は受付嬢と男性冒険者に頭を下げながら、弟の方はそっぽを向きながらギルドから出て行った。
弟の方は今にも飛びかからんばかりの勢いがあったが、姉の最後の一言で大人しくなったな。
どうやら、この世界の家というものは俺が思っている以上に重要なのだろう。
ヨマリさんも一族のためなら命も惜しくないという覚悟を示していたし。
その辺の価値観をよく理解しておかないと、また失敗をしてしまいそうだ。
そんな俺の感慨をよそに、ギルド内はすぐに正常に動き出す。
何もなかったかのように微笑みながら冒険者に対応する受付嬢。
依頼掲示板の方に静かに歩を進めるメルビンという冒険者。
……。
やっぱり、違和感がぬぐいきれないな。
「コーキさん、ご確認ください」
「確かに、受け取りました」
「これで今回は終了です。またの依頼受理をお待ちしております」
エリスさんが笑顔で一礼をしてくれる。
「はい」
今回はパピルの素材を金銭に交換したことで、かなりの金額を稼ぐことができた。
これで、リセットのおかげで寂しくなっていた懐にもかなり余裕ができる。
受付を離れ出口に向かう足取りも軽くなるというものだ。
と、そこに。
オルドウでの数少ない知り合いの姿が目に入ってきた。
「おう、コーキじゃねえか」
ギルドの正面入り口からこちらに向かってくるのは、ギリオンと見知らぬ男性だ。
「依頼完了の受付か?」
「おうよ。魔物が多くて商売繁盛ってなもんだぜ」
ギリオンとは3度目のリセットの後に再会済みだ。再会という感覚は俺のみで、このギリオンにとっては初対面だったのだが。とにかく、最初の出会いと同様にジルクール流の道場で出会った。それ以降、何度か顔を合わせている。
歳が同じでお互い剣を扱うということもあって話が合うのだろう、付き合いが短い割には近しい関係になっていると思う。
「コーキも仕事終わりか?」
「ああ」
「なら、一緒にメシでも行かねぇか?」
「……店を選んでいいなら」
今夜は夕連亭に顔を出すつもりだったのだが。
ギリオンなら連れて行ってもいいか。
「コーキのおすすめの店か。よし、そこに行こう」
「ところで、そちらは?」
骨太筋肉男のギリオンの隣には、細身ながら均整の取れた身体つきをした男。無造作に後ろで縛った濃い茶色の長髪に日に焼けた肌が精悍な顔つきをいっそう際立たせている。はっきり言って、非常に色気のある美青年だ。
「うん? ヴァーンに会うのは初めてか?」
「ヴァーンさんですか? 初めましてですよね?」
「ああ。あんたがコーキか?」
「ええ、そうです。よろしくお願いします」
「ヴァーンベックだ。よろしくな」
「そうか、ふたりとも初対面か。なら、今日は飲まないとな」





