第326話 確認
「それでは、解散します」
幸奈(セレス様)の言葉で、皆が彼女の部屋から出ていく。
俺たちも部屋を出て、自分たちの客室に戻ることに。
「明日は早えから、酒は控えとくか」
「ヴァーンさんはさ、飲み過ぎなんだよ」
「そんなことねえ。あれが適量なんだ」
「あれが適量って」
この宿では、俺とヴァーン、アルが同室に滞在している。
この3人で過ごすのは、悪くない。
女性がいないってのは、やっぱり気楽なものだからな。
ただ、この部屋割りのおかげで幸奈と話す時間がほとんど取れない。
そこが問題か。
とはいえ、現状は……。
「向かう先は南部」
「トゥレイズは初めてだなぁ」
「俺も行ったことないぜ。コーキも初めてだよな?」
「ああ」
もちろん、行ったことなどない。
「ワディン領に入ってからの様子を見るに、そう苦労せずトゥレイズに着けるんじゃねえか?」
「領都なみの警戒態勢が敷かれてる可能性もあるって隊長が言ってたけど」
「南部だぜ。さすがに領都と同じじゃねえだろ」
「だといいけどさ」
エビルズピークでは大変な目に遭ったが、それ以降の旅は大きな問題もなく順調そのもの。レザンジュ王軍がセレス様を捜索している様子も見られなかった。
ヴァーンとアルが言うには、この旅の道中はずっとそんな感じだったと。
しかし……。
レザンジュ王軍がセレス様を探していない?
本当に?
この戦いの原因のひとつに神娘の存在があると耳にしていたのだが?
やはり、セレス様の存在を無視しているなんて信じがたいな。
そんな疑問を顔に浮かべていたからだろう。
ヴァーンとアルが1つの仮説を話してくれた。
いわく、レザンジュはセレス様の生存を疑っていると。
「……」
それが事実なら、今の状況も理解できる。
ただ、レザンジュという大国がセレス様生存の情報すら入手できないものなのか?
王族もそれで納得しているのか?
キュベリッツの王都キュベルリアで会ったレザンジュの王女様は賢明な方だったけど、他の王家の人々は違うと……。
まあ、そんな事、俺に分かるわけもないな。
「……」
レザンジュの王女エリシティア様。
キュベルリアで彼女の館を訪れた日が昔のように思えてしまう。
あの時は、自分がこんな形でレザンジュ王国と関わることになるとは考えてもいなかった。
いや、可能性だけは考えていたかな……。
俺がエリシティア様の母国レザンジュの王軍と敵対関係になり。
セレス様が日本に。
そして、幸奈が記憶を失ったままこちらの世界に留まり、セレス様として行動している。
ワディン騎士たちを率いている。
エリシティア様、セレス様、幸奈。
ほんと、奇妙な縁だよ。
「何にしても、これで長旅を終えることができそうだ」
「旅の終わりがトゥレイズ。まさか、トゥレイズまで旅するとは思ってなかったよなぁ」
「ああ。最初はカーンゴルムまでのことで頭がいっぱいだったからな。それが、ミルト、エビルズピーク、テポレン、トゥレイズって。凄い旅になったもんだぜ」
「それも、あと数日」
「で、トゥレイズはどんな場所なんだ?」
「聞いた話だと……」
ヴァーンとアルの会話に耳を傾けながら。
俺の頭の中は幸奈のことで占められていく……。
ここまでの道中で幸奈の魂が中に入ったセレス様と何度か話をしたが、記憶が戻る気配は見られなかった。それどころか、幸奈の記憶に触れようとすると露骨に拒絶反応を示す始末。
「……」
テポレン山では、いきなり頭痛を発症して大変なことになってしまった。
あの時は、シアや護衛騎士たちから叱責を受けたものだ。
確かに記憶喪失はデリケートな問題だから、非難されるのも当然なんだが……。
日本にいるセレス様の記憶はしっかりしているのに、幸奈だけどうして?
オーバードーズの影響?
あるいは、セレス様の方が例外で幸奈の状態が普通だとか?
分からない。
分かるわけがない。
ただひとつ確かなのは。
幸奈の記憶が戻らないことには入れ替わりは終わらない、元に戻ることはない、ということ。
逆に言えば、幸奈が記憶を取り戻せたら元に戻ることができる。
この世界で幸奈を鑑定して、魂替の異能を確認したから間違いない。
記憶が戻り異能を使えるようになれば、元に戻れる。
とはいえ、今の幸奈の状態じゃ異能は使えない。
そして、もうひとつの問題が……。
どうやら、魂替の異能には使用制限があるようなんだ。
一度使うと、しばらく使えないという制限が。
「……」
こうなると、早期の解決は望むべくもない。
腰を据えてかかるしかない。
幸奈が記憶を取り戻し異能を使えるようになるまで、この状態を続ける。
幸奈もセレス様も、今いる環境で生活を続ける。
それ以外に術はない。
はぁ~。
大変な未来しか想像できないよな。
セレス様も幸奈も。
「……」
俺の身体はひとつ。
日本とワディン領を往来してどこまでできるものか分からないが。
やるしかないか。





