第321話 君の……
<ヴァーンベック視点>
「いねえ……か」
急いで駆けつけた昨日の惨状の現場。
そこには、生あるものなど何も存在していなかった。
それどころか、あたりは惨たらしい亡骸ばかり。
蹂躙された痕跡しか残ってねえ。
気分がわりい。
こんな場所、さっさと立ち去りてえぜ。
けどよ……。
コーキは、どこに行っちまったんだ?
気配のひとつも感じねえって、何だそれ?
「……」
ついさっき。
この現場に着く直前になっても、戦闘の気配は感じなかった。
コーキも剣姫も、あの怪物の気配も感知できなかった。
だから、分かっちゃあいたが。
コーキ?
どこにいんだ?
コーキを探すにしても、こっちは手掛かりなんてねえんだぞ。
ここに来りゃあ、糸口が見つかると思ってたのに。
それもねえんだから。
ここにも、周囲にも、気配も何も感じやしねえ。
この状態で、どうすりゃいいんだ?
「……」
まさか、気配を消している?
その可能性もあるのか?
あの怪物が俺たちの前に姿を現した時。
まったく気配を感じることができなかった。
あいつは気配を消せる竜の怪物。
コーキも剣姫も同じことができるはず。
なら……。
この近くで、皆が気配を消して戦っている可能性もある。
「……」
しゃあねえな。
地道に周りを探すか。
で、どこから調べればいい?
何かヒントは?
コーキが化け物と対峙していた場所は、この辺りだったよな。
まあ……。
当たり前だが、目の前にコーキがいるわけもねえ。
転がっているのは魔物の死骸だけ。
ならばということで坂上に歩を進めても、魔物の死骸とレザンジュ兵の亡骸以外は目に入ってこない。
坂を越え、昨日休憩した空き地まで調べても結果は同じだった。
コーキの気配なんて、微塵も感じることができないまま。
ただ時間だけが過ぎていく。
「駄目だな」
「もう、この近辺には誰もいないんじゃねえの?」
思ったことがつい口に出てしまう。
返事をする相手もいないのに。
「……」
完全に潮時だろ。
仕方ねえな。
シアの待っている野営地に戻るとしよう。
空き地を出て、坂を下り、コーキと剣姫が怪物と戦っていた場所を通り過ぎた、その時。
ん……?
何だ、ありゃ?
「……」
渦、なのか?
空中に渦?
こんな渦初めて見たが……。
間違いねえ、拳大の渦だ。
しっかし、こんなものが空中に?
いったい何が?
って、まじいぞ!
渦がうねる様に拡大し、周りの空間が歪み始めている!
周りの空間を喰らい尽くそうとしている。
「……」
距離を置くべきか?
そうだな。
安全な場所から様子を眺めた方がいい。
少し離れた地点で立ち止まったまま、100を数える間渦を見続けたところ。
突然、渦の中に赤い光が?
と、次の瞬間。
眩いほどの赤光が渦の中から溢れ出てきた!
ィィィィン!!
溢れ出す赤光のあとに、間髪を入れず奇妙な音が聞こえ。
これでもかというくらいに渦が膨張!
「ちっ!」
こいつは、マズい!
咄嗟に後ろに数歩駆け、地面に伏せる。
と同時に。
パリィィィィン!!
激しい破裂音!
爆風が俺の頭上を通り過ぎていく!
「……」
すると。
すぐに赤光が消え、爆風が去り、渦も消えてしまった。
エビルズピークに静寂が戻ってくる。
俺の身体に異状はない。
問題ねえ。
けど、今のは何だったんだ?
ゆっくりと起き上がり、渦のあった場所を確認。
そんな俺の目に入ってきたのは。
石の壁?
その中に……。
「コーキ!!」
**********************
赤銅色の空が崩れ、鉄錆の大地が崩壊していく!
エビルズマリスの創った異界が崩れ落ちていく!!
「イリサヴィア様!」
「アリマ!」
お互いに注意を促し。
身体強化した足で鉄錆色の地面を強く踏みしめる。
衝撃に備える。
さらに。
「ストーンウォール!」
「ストーンウォール!」
「ストーンウォール!」
「ストーンウォール!」
石の壁で四方を固めてやる。
やれることはやった。
あとは、幸運を祈るばかり。
と……。
空と大地が崩れ落ちていく中。
赤く濁った空気が凄まじい奔流となって上空に集まっている。
その空間がとんでもない勢いで歪み。
そして……。
爆発!!
「っ!?」
「くっ!?」
爆発の衝撃を受け、身体に力が入ってしまう。
いや、緊張で力が入っているのか。
「……」
「……」
異界の崩壊。
空も大地も崩れ去ってしまった。
なのに、俺と剣姫は地面を踏みしめたまま。
大地は、足下にしっかりと存在している。
「アリマ?」
「……」
爆発により吹き荒れた砂塵が落ち着き、世界には視界が戻ってきた。
すると、そこに存在したのは……。
緑と茶色!
赤じゃない。
青々と茂った木々と、茶色い土砂が俺たちの目の中に!
普通の山に大地。
ここは……エビルズピーク?
「どうやら……戻れたようだな」
周囲には多くの魔物の遺骸、レザンジュ兵の遺体。
これはもう、間違いない。
「ええ、戻ってきましたね」
「うむ」
強く頷く剣姫イリサヴィア。
その顔には、心からの笑顔を浮かべている。
俺も同じ表情をしているんだろうな。
そんな彼女の後ろから。
「コーキ!!」
懐かしい顔に、懐かしい声。
数日異界に閉じ込められていただけなのに、そんな感慨を覚えてしまう声だ。
「ヴァーン、戻って来たのか?」
「おうよ。おめえを探しに来たんだぜ」
「……そうか」
けど、幸奈は?
皆は、どうした?
「皆はどうしている? 今はどういう状況なんだ?」
「ん? 安心していいぜ。皆は野営地で待機中だかんな。俺がひとりここまで様子を見に来たってわけだな」
まだ野営地で待機している。
ということは、やはり時間の経過が普通じゃない。
魔落同様、外では時間が止まっていたと?
いや、待てよ。
それにしては、周りのこの様子?
俺たちが異界に取り込まれた時間とは明らかに異なっているような……。
「ヴァーン、今の時刻は?」
「正確には分かんねえが、4刻くらいだろ」
4刻(8時)。
「4刻とは、いつの?」
「……おめえが消えた翌朝の4刻だが?」
やっぱり、異界では時間が止まっていたわけじゃない。
緩やかに進んでいたってことか?
「つうか、おめえ、なぜ石壁の中に?」
「……」
「とりあえず、出てこいよ」
「ああ」
急ぎ、周りのストーンウォールを解除。
「で、おめえらはどっから現れたんだ?」
ヴァーンからすれば、俺と剣姫は何もない空間からいきなり現れたように見えたんだろう。
「それは……」
説明すると長くなりそうなので、簡単に。
「あいつの創った異界に閉じ込められていたんでな。今はまさに脱出したところになる」
「異界だって? ホントかよ?」
「間違いない」
「そうか……。で、今ここにいるってことは、竜の怪物を倒したってか?」
「おそらくは」
「何だ、煮え切らねえ」
「遺骸が消えてしまっては、確認のしようがないからな」
「どういうこった?」
ということで、少しだけ経緯を説明すると。
「そんなことがなぁ」
「ああ」
「どれもこれも信じづれえが……。まっ、コーキの言うことだから本当なんだろうよ」
そう、すべては真実。
何の誇張もない。
「まっ、詳しい話はあとにして。とりあえず野営地に戻ろうぜ。5刻半までに合流しねえと、あいつら先に出発しちまう」
そういう話になってんのか。
「分かった」
「ちょっと待て!」
ヴァーンが話し始めてから、ずっと黙っていた剣姫。
その表情は?
「ん? 何か用かよ? って、そっちも迎えが来たようだぜ」
「迎え?」
坂の上から冒険者が歩いてくる。
メルビンだ。
「よかった。イリサヴィアさん、無事だったのですね」
「メルビン、どうしてここに?」
「もちろん、あなたが心配だったからですよ」
「……そうか」
「ええ。イリサヴィアさんが無事で皆も喜びます。さあ、戻りましょう」
ここで剣姫とはお別れ。
異界で共に濃密な時間を過ごしてきたから、少し名残惜しい思いもある、が……。
今は早く幸奈と合流したい。
俺はまだ、幸奈と詳しい話をしてないんだ。
つまり、当初の目的には着手すらしていないってことになる。
お互い、迎えてくれる者もいることだし。
「では、イリサヴィア様、私たちはここで失礼します」
「いや、だから、ちょっと待て」
ああ、呼び方が悪かったか。
「……イリサヴィアさん、でいいですよね?」
「うっ、それはそれでいいのだが。そこじゃない」
「というと?」
「君の名はアリマではないのか? コーキという名前は何なのだ?」





