第318話 異なる世界 17
剣は?
エビルズマリスを貫いたか?
っ、届いてない!
貫通手前で止まってる。
これでも足りないなんて。
なら!
ならば、もう一度!
「!?」
駄目だ。
もう動かない。
剣身が筋肉と真皮で固定されてしまった。
魔力の付与も消えて……。
剣姫の一撃目と同じ。
真横に突き刺さるドゥエリンガーとまったく同じ状態に。
「……」
俺の剣はドゥエリンガーより深く刺さっている。
首元に半ば以上埋まっている。
だが、貫通には至ってない。
これじゃあ、倒せない。
「アリマ、貫けぬのか?」
「……」
さっき悲鳴を上げたエビルズマリス。
雷撃の効果か、今は動きを止めている。
が、その眼には生気が。
確かな気力が。
「グルゥゥ」
雷撃で身体は痺れ、首元には二振りの剣が深々と突き刺さったまま。
青い鮮血も溢れ出ている。
なのに、あいつの眼は終わっていない。
「グギャ……」
ただ、この苦悶の表情。
もう一歩だ。
あと一押しがあれば倒せるはず。
「アリマ!」
「……続けます」
「……うむ」
剣身が首元に埋まっている状態では、剣に魔力を通すことはできない。
引き抜くのも容易じゃない。
いや、不可能に近い。
剣姫が試したことで、それは理解している。
じゃあ、何をすればいい?
どう続ければ?
続けるといった言葉が虚しく彷徨ってしまう。
と、その時。
「グゥオォ!」
あいつの周りの空間が歪み始めた。
「空間が? あいつ、逃げる気だぞ!」
そうだった。
半刻は過ぎてたんだ。
となると、いつ逃げられてもおかしくない。
このまま異界から去られたら……。
また、やり直し。
その上、次はエビルズマリスが進化してる可能性も。
「……」
防ぐ術は?
今できることは?
さっき握りしめていたあれはどうだ?
溜まって……?
間違いない、魔力の充填が完了してる!
なら、使える!
あの怪物に効果があるかどうかは分からない。
それでも、もうこれしかない。
賭けるしか!
「……エリルエイル」
「アリマ?」
「ベアサマ」
「どうした?」
「メニケアイニシャ」
「何を唱えて?」
「リゼンタ」
「まさか、宝具!?」
その通り。
マリスダリスの刻宝。
「リネムソウ!」
発動だ!
「グルゥ?」
唱え終わった呪言が、エビルズマリスを捕らえる。
呪言が実体化したかのように、歪んだ空間に喰らいつく。
「……」
「……」
空気が変わる。
エビルズマリスの周りが閉ざされ。
歪みがミシミシと音を立て、圧迫されていく。
呪言が幽鬼の息遣いをもって、エビルズマリスを喰らい尽くそうとしている。
そして。
キィィィン!
弾けた!
エビルズマリスの周りの歪みが弾け飛んだ!
「アリマ?」
「……上手くいったようです」
刻宝発動の結果。
俺たちの眼前では……。
異界脱出のための歪みが跡形もなく消失。
エビルズマリスも完全に動きを止めてしまった。
「宝具があいつを捕らえたんだな」
「ええ」
正直、成功確率が高いとは思っていなかった。
これしか手段がなかっただけなんだ。
けど、上手く発動してくれた。
逃亡を防ぐことができたんだ。
「……刻宝か?」
「はい、マリスダリスの刻宝です」
「なぜ君がそんな宝具を?」
「それは……」
オルセーから奪って……。
説明している時間はないな。
「今は急ぎましょう。刻宝の効果時間は長くないですから」
刻宝が効果を発揮するのは15分程度。
相手がエビルズマリスとなると、10分や5分の可能性もある。
「……うむ」
この限られた時間で、剣を貫通させることができなければ。
もう、あいつの脱出を防ぐ手立てはない。
15分が勝負。
正真正銘、最後の勝負だ。
「とりあえず、もう一度試してみます」
「私もやってみよう」
そこからは、できる限りのことを。
思いつくことを全て試してみたのだが……。
剣を貫通させることはおろか、僅かに動かすことすらできなかった。
もちろん、剣への魔力付与も。
「アリマ、時間がないぞ」
「……」
「このまま続けるのか?」
「いえ……」
魔力が付与されていない剣を無理やり首にねじ込み続けても無駄だろう。
この期に及んでそんな力技が通用するわけもない。
とはいえ、他にどんな方法が?
何をすれば?
「諦めるのか? 諦めて、次で勝負すると?」
諦めて次回の戦闘で勝負をかける。
もちろん、考えなければいけないことだろう。
それでも、今は……。
「……」
「……」
駄目だ。
時間だけが無駄に過ぎてしまう。
くそっ。
最後の最後で!
この土壇場で!
「……魔法を試してみないか?」
「魔法であいつを貫くことはできませんよ」
何を今さら。
「違う。剣に魔法を放つんだ」
剣に魔法?
「……」
なるほど。
発想の転換か。
首元に刺さった剣に魔力を込めることはできない。
けど、魔法なら?
魔力を顕現させた実体を持つ魔法なら?
剣を通して魔法をあいつの身体に送り込める?
剣身の先端に魔法を送れれば、貫通することも?
「……」
俺の魔力残量は心許ない。
それでも、試す価値はあるな。
「……やってみましょう」
「うむ」
狙いは首元から突き出た剣身。
魔法は伝導性のある雷撃だ。
「……雷撃!」
バリ、バリ!
剣身に命中。
雷撃は体内に?
入ったのか?
「やつの目の色が変わってる! 効いてるぞ!」
いまだ身動きできない、声も出せないエビルズマリス。
それでも、目の色は変わると?
その変化、俺には分からないが……。
「……」
いや、今は剣姫の言葉を信じよう。
「アリマ、次も雷撃だ」
「分かりました」
ただし、2発目は直接だな。
左手で剣を握り、右手を剣身に添え。
「雷撃!」
手から直接雷撃を剣身に伝えてやる。
バリ、バリ、バリ!
「効いてる! 間違いない!」
「……」
確かに、そんな気がするな。
けど、この雷撃でエビルズマリスを倒すことができるのか?
「続けてくれ!」
「……分かりました」
もう一度、剣身に右手を……。
「グルゥ」
あいつの口から唸り声。
刻宝の効果が切れ始めている?
「アリマ、急ぐんだ!」
分かってる。
「雷撃!」
バリ、バリ、バリ!
「グギャァ!」
効いてる。
確かに効いてる。
それでも、これじゃ倒せない!
「グゥオォ!」
まずい。
尻尾が動き始めた。
残り時間はわずか。
なら!
これでどうだ!
「雷撃!」
と同時に剣を押し込む。
すると。
ズッ!
動いた。
少しだが動いたぞ!
これまで微動だにしなかった剣身が!
なのに。
「グゥオォ」
刻宝で身動きを封じられていたエビルズマリスが。
尻尾だけじゃなく、両の手足まで動かし始めて!
「刻宝の効果が切れる!」
そうだ。
早くもう1発を。
「雷撃!」
そして剣を!
ズッ!
動く。
やはり動く!
このまま続ければ、貫ける!
倒せるぞ!
「グゥロオォォ!!」
響き渡るエビルズマリスの怒声。
刻宝の効果切れが近い!
「雷撃!」
ズッ!
剣は動いている。
確実に動いてる。
このまま進めれば、倒せることは間違いない。
ただ、今はこの程度では間に合わないんだ!
「アリマ、ドゥエリンガーを使え」
俺の剣に比べ浅く刺さってる剣を?
「ドゥエリンガーは必殺の魔剣。雷撃も通りやすいはず!」
そういうことか。
「了解!」
「オオォォォ!!」
空間が歪んで?
刻宝の効果が切れたんだ。
「まずい、やつが逃げる!」
急げ!
ドゥエリンガーに次の一撃を!
「雷撃!」
ズズズッ!!
これまでにない手応え。
いける。
この魔剣なら、いけるぞ!
「グゥギャアァァ!!」
あいつの悲鳴も凄まじい。
と同時に、歪みも大きくなっている。
残された時間はほとんどない。
「雷撃!」
再度ドゥエリンガーに雷撃を撃ち込み。
ズズズッ!
もう少しだ。
なのに、消えかけている。
こいつ、消えてしまう。
「っ!」
逃がさない!
決めてやる!
「雷撃!!」
なっ!
発動しない。
魔力がほとんど残っていないんだ。
ここまできて魔力切れ。
そんな馬鹿な……。
「諦めるな!」
剣を握る俺の左手の上に、剣姫の手のひら。
「アリマ!」
重なった剣姫の手のひらから伝わる温もりは……魔力。
剣姫の魔力だ。
「いくぞ!!」
「……」
残された俺の魔力に剣姫の魔力を混ぜ入れる。
こんなこと試したこともなければ、考えたこともない。
もちろん、自信などあるわけもない。
ただの運任せ。
なのに、なぜか確信が持ててしまう。
「……雷撃!」
虹色の電撃が発動した!
最高の雷撃だ。
「グギャアァ!!」
重ねた片手をそのままに、渾身の力で剣を突き入れる。
ズズズッ!
「もっとだ!」
ズズズズッ!!
「ギャアァァァ!!」
エビルズマリスの半身は既に消えている。
異界を去っている。
けど、まだ首は残ってるぞ。
「イリサヴィア様!」
「アリマ!」
声が重なり、ふたりの両手も重なる!
力が重なる!
これで本当に最後だ!
「雷撃!!」
剣を前へ!
前へ、前へ!!
ズブッ、ズズズッ!
ズズズズッッ!!
スッ……。
軽やかな音とともに、手応えが消えるドゥエリンガー。
その感触を感じ取った瞬間。
キィィィィン!
高音。
そして。
「グウゥギャァァァァァ!!!」
断末魔の叫び。
さらに、発光。
目を開けることができないくらいの眩く白い光。
「……」
「……」
赤の世界が白に!!
真白な世界に染め上げられた!!





