第316話 異なる世界 15
石壁を物ともせず俺と剣姫に襲い掛かった光のブレス。
壁の上と左右から回り込んで俺と剣姫に降り注いできた。
分身から背に受けたブレスとは比べ物にならない。
「ぐっ!」
「うぅ!」
凶暴な光波に身体が震える。
鋭利な刺激が身体中を走る。
1秒なのか10秒なのかも分からない時間の後、ブレスはやみ。
光の奔流も消失。
だが……。
咆哮を受け目眩が残っていた身体に、このブレス。
身体全体から正常な感覚が消え去ったように、痺れだけが残っている。
自由が、まったく利かない。
「動け、る、か?」
「い、え、すぐに、は」
「そう、か」
剣姫も俺も、地に片手、片膝をついた状態。
残り時間の少ないこの場面で……。
焦りと苛立ちから、噛みしめた唇に血が滲む。
剣姫も同じ思いだろう。
「……」
「……」
ただ、幸いな点が2つ。
1つは、痺れ以外の自覚症状がないこと。
身体強化をしていたからか、それともブレス自体に殺傷能力がないからか?
理由は分からないが、この痺れさえ消えれば動けるはず。
2つ目は、あいつが沈黙していること。
雷撃を受けた影響に加え、ここまでのブレスを放ったのだから力を使い果たしたのかもしれない。
「……」
今は動きを止めたまま、口を開くこともない状態。
これなら咆哮も次のブレスも、しばらくは使えないだろう。
それどころか、半刻経過後すぐに脱出できない可能性もある。
とはいえ、いつ動き出すかは分からない。
つまり俺も剣姫も、あいつが動き出す前に何とかしないといけないってことだ。
この状況で俺の魔法は……。
駄目だ、使えない。
まだ集中できない。
もちろん、身体も動かないし剣も振るえない。
「……」
「……」
今はただ、鉄錆の大地に手と膝をつけ回復を待つのみ。
「グルゥ……」
エビルズマリスの口から音が漏れ出ている!
まさか、もう回復を?
まずい、脱出されるぞ!
時間は?
何分残ってるんだ?
2、3分?
とにかく、残り時間はごくわずか。
「グルゥ……」
あいつ、唸るだけで動かない。
動けないのか?
口から涎を垂らし、こっちを睨んでいるだけのエビルズマリス。
対する剣姫は。
立ち上がろうとしている。
「時間がない!」
ふらつきながら、あいつのもとへ近づこうと。
俺は……。
何か手を……。
己の体、魔力、そして使える道具をもう一度確認。
可能性があるのは……。
いまだ震える手で収納から、それを取り出し目の前に。
この色合いは、まだ使える状態じゃない。
けど、あと少しで使える状態になる。
だったら、魔力を注ぎ込むしかないだろ。
無駄に終わっても、可能性に賭けるしかないのだから。
「……一撃打ち込んでやる」
おぼつかない足取りで歩を進める剣姫。
「イリサヴィア様!」
「アリマは回復するまで待機だ」
「っ」
まだ動けないのか、俺は?
いや!
手足に感覚が戻りつつあるぞ。
「グロォォ!」
唸り声が変わって?
あいつ?
「グルゥオォォ!」
まずい!
動き出した。
数歩前に出たエビルズマリス。
図らずも剣姫と一対一。
対峙している状況に。
「いいだろう。勝負だ!」
剣姫と勝負。
いや、そのまま消える可能性も?
俺は……魔法ならいける!
よし。
「雷、撃!」
発動しない。
もう一度、集中して。
「雷撃!」
やった、発動した!
紫電があいつに襲い掛かる。
が……。
避けられてしまった!
「グルルゥゥ!」
雷撃を避けたあいつに剣を放つ剣姫。
身体は十全でなくとも、鋭い動きで剣を振るっている。
さすがの動きを見せている。
けど、それじゃあ駄目なんだ。
首元に剣を突き入れないと。
剣姫も十分理解しているはず。
ただ、分かっていても動き回るあいつの首元に、あの一点に剣を入れるのは容易じゃない。
なら、俺が。
雷撃で止めるしか!
「雷撃!」
これも当たらない!
近距離での雷撃で、しかも剣姫と対峙している相手に!
やはり、威力も精度も不足しているのか。
「グウォォ!」
あいつが剣姫に急迫!
腕を振り上げ剣姫に!
「危ない!」
「っ!」
ドガン!
上手い!
襲い掛かる腕を掻い潜るように転がって回避した。
避けられたあいつの右腕は地面に埋まった状態。
が、右腕をそのままに、左腕で追撃を仕掛けてくる。
それも紙一重で躱す剣姫。
続いて尻尾の攻撃。
これも跳躍して避けきった。
けど、その動きじゃあ、いつまでも保たないぞ。
ならば、やはり。
「雷撃!」
また未発動だ。
ここで集中の欠如?
いや、魔力残量の問題か?
それとも?
雷撃の発動に失敗した俺の前では。
ぎりぎりであいつの攻撃を躱す剣姫。
「ぐっ!」
そこで、足を滑らせてしまった!
「グゥロォォ!!」
腕を引き抜いたエビルズマリスが向かってくる!
振り下ろされるのは強靭な腕!
躱せない。
こんな一撃を身に受けたら。
瞬間。
考えるより先に地面を蹴っていた。
どうしてだかは分からないが、痺れが消え身体が動いていた。
駆けるままに、剣姫の前に身を投げ出し……。
ドゴン!!
左肩に衝撃。
と同時に、剣姫と共に地面を転がる。
「っ!?」
とんでもない衝撃。
痛みより、その衝撃で身体が一時的に硬直する。
剣姫も同じか!
「アリマっ!?」
その声に答える余裕はない。
「グゥオォォ!!」
あいつが、突進してくる!
こっちはまだ十分に動けない。
地面に転がったまま。
頼む、発動してくれ!
「ストーンウォール!」
成功だ!
ドン!
正面から石壁に激突するエビルズマリス。
ドン!
ドガッ!
このままじゃ、すぐ破壊される。
もう一枚。
「ストーンウォール!」
発動しない!
ドガン!!
石壁が粉砕、エビルズマリスが目の前に!
振り上げられる強暴な腕、手の先には恐ろしく鋭い爪。
赤光に輝く剛爪が振るわれる。
動け!
動いてくれ!
刹那。
極度の集中が世界を変える。
時が鈍化する。





