第315話 異なる世界 14
思いもよらぬ背中への衝撃。
次いで起こったのは上半身が痺れるような感覚。
これは……。
俺の雷撃に似ている。
いったい何が起こったんだ?
「……」
俺の前にいる剣姫の背中には小さな光が激突していた。
ということは、俺の背中にも同じ光が当たったと?
あの光は。
規模はかなり小さいけれど、あいつのブレス?
雷撃のようなブレス!
俺たちの前で動きを止めているあいつがブレスを?
そもそも口を開いていないあいつが?
あり得ない!
なら、何が?
「……」
振り返った俺の目に入ってきたのは。
「グルルゥゥ!」
分身!
悪意の雫、エビルズドロップ!
今まで見た分身の半分程度の大きさのそれが、背後に立っている!
あいつ、まだ分身を作り出せたのか?
しかも、ブレスを撃てる分身を?
信じがたい。
けれど、そう考えるしか……。
「アリマ?」
「分身です」
「……のようだな」
まずは、あの小さな分身を倒す!
そして、時間内に本体を!
「イリサヴィア様、動けますか?」
「うむ」
剣姫の痺れは問題なさそうだ。
俺も大丈夫、動ける。
分身のブレスが微力だったんだろう。
「分身は私が相手しますので」
剣姫はエビルズマリス本体の正面にいる。
雷撃を受けたあいつは、まだ動けないはず。
剣姫の愛剣もやつの首元。
「イリサヴィア様は本体を頼みます」
その剣を、首の奥まで深く突き刺してくれ。
そして、致命傷を。
「承知!」
気迫のこもった目で頷く剣姫。
任せたぞ!
さあ、こっちは邪魔者の相手だ。
さっさと片付けてやる。
地を蹴り、分身に接近。
俺が近づいても逃げない。
動かない。
ブレスで力を使い果たしたのか?
それなら、一撃で屠ってやる。
接近するやいなや、剣を振り下ろす。
剣が分身の鱗に当たる、その寸前。
「!?」
消失!
分身が消えてしまった!
「……」
分身単独で異界から脱出を?
それとも、本体が分身を消した?
どちらでもいいか。
今は、邪魔者が消えたという事実だけで十分。
狙いは本体のみ。
で、剣姫の方は?
戦況は?
エビルズマリスの首元で、ドゥエリンガーを手に取っている。
なのに剣を押し込まず、引き抜こうと?
なぜ、そのまま貫かないんだ?
「イリサヴィア様?」
「……魔力付与ができない」
背後まで近づいた俺に、困惑の表情を見せる剣姫。
「どういうわけか、ドゥエリンガーに魔力が入らん」
魔力伝導性能に優れたドゥエリンガーに魔力が?
「内部ではなく、表面はどうです?」
「中も外も無理だ」
「魔力付与が不可能?」
「うむ」
なぜ、いきなり?
さっきまで何の問題もなかった魔力付与がどうして?
あいつの体内に剣身が入っているから?
「……」
正確な理由は分からない。
改善策も思いつかない。
それでも、剣が鱗の下に刺さっているこの状態。
「魔力付与なしで、そのまま貫けませんか?」
「……真皮の硬さも並じゃない」
真皮は蒼鱗ほどではないにしても、高い防御力を誇っていると。
魔力を纏わぬ剣で貫くことはできないと。
「分かりました。一度引き抜いて、魔力を込め直しましょう」
「……」
どうした?
「……抜けぬ。真皮と肉に挟まれて、ドゥエリンガーが抜けぬのだ」
なっ!
「この期に及んで……済まぬ、アリマ」
「いえ……」
剣姫が謝ることじゃない。
が、エビルズマリスの首に刺さったドゥエリンガーには魔力付与ができず。
魔力を纏わぬ状態では、貫くことも引き抜くこともできないとは。
時間のない重要な勝負所で……。
「……」
「……」
いや!
まだ諦めるには早いぞ!
「私の剣でやります」
鱗ひとつ分の真皮が露出しているのなら、そこに俺の剣を突き刺せるはず。
こっちの剣にドゥエリンガーほどの威力はないが、真皮なら何とか。
「……頼む」
ドゥエリンガーから手を放し、後ろに下がる剣姫。
代わりに俺が前に出る。
構えた剣に、最高の魔力付与を。
内部には込められないが、剣身に密度の濃い魔力を……。
よし!
貫いてやる!
「待て、アリマ!」
刺突の体勢に入ったところに、剣姫の声。
彼女の視線は俺の後方。
ということは。
「分身だ!」
再登場に加え、その口には溢れる光。
「気をつけろ、ブレスを吐くぞ!」
「了解」
時間がないというのに、厄介な。
けど、今回はさっきと違う。
分かっていれば、問題はない。
問題は時間だけだ。
ゴオォッ!
直後、吐き出されたブレス。
小さな光の塊は速くもない。
当然、俺も剣姫も回避に成功。
ということで、どうする?
あいつを片付けるか?
分身の相手をする時間は惜しいが、かといって剣を持たない剣姫に任せるのも……。
仕方ない。
「雷撃!」
避けた?
「雷撃!」
また避けた。
分身とはいえ、これだけ距離があれば簡単に当てることはできないようだ。
「私が行こう」
「いえ、まだ手はありますので」
雷撃が避けられるなら、回避困難な魔法を放てばいい。
「雷波!」
大きな塊となって敵に襲い掛かる紫電。
逃げようとする分身を一気に飲み込んだ。
「グゥゥゥ……」
威力は劣るものの、動きを止めるには十分。
で、この状態なら。
「雷撃!」
命中だ。
もう一発。
「雷撃!」
「ゥゥ……」
これで、しばらくは動けないだろ。
「見事なものだ」
「いえ、魔法が上手くはまっただけですよ」
「それを見事と言わず何と言う」
「……」
いや、まあ……。
って、そんなことより。
「今は本体を仕留めましょう」
「……そうだな」
エビルズマリスの動きは止まったまま。
とはいえ、そろそろ動き出しそうか?
「うむ、念のため奴の動きを止めた方がいい」
「ええ」
首に刺突を放つ前に、雷撃を撃っておこう。
エビルズマリスに正対し、近距離から。
「オォォ」
なっ!
口を開いた。
まずい!
「雷撃!!」
「グゥオオロオォォォォォ!!!」
雷撃と咆哮。
ほぼ同時の発動。
すると。
脳を直接揺らすようなあの感覚が再び!
「ぐっ!」
「うっ!」
あきらかに、さっきより強烈だ。
至近距離だからか?
激しい目眩に吐き気、頭痛まで……。
「うぅ」
きつい!
けど、あいつはどうなった?
雷撃は?
「……」
動きを止めているエビルズマリス。
完全に痺れている状態だ。
なら、チャンスはある!
まだ倒せる!
ただ……。
この身体では剣が振るえない。
残された時間はわずかなのに……。
剣姫は?
彼女は動けるのか?
「うぅ……」
駄目だ。
剣姫もすぐに動ける状態じゃない。
剣姫も俺も回復を待つしか?
くっ!
俺でも剣姫でもいい。
早く回復してくれ!
「……」
回復するか、半刻が経過するか。
どっちが早いか、時間の勝負。
が、その前に。
さっきと同様、またブレスが来るかもしれない。
分身の小さなブレスじゃなく、本体による光の奔流のようなブレス。
この状況で、ブレスを受けるわけには!
「そばに来て、ください」
「……うむ」
身体を揺らしながら剣姫が俺の傍ら、石壁の防御範囲内にやって来た。
これならブレスから護ることも可能だろう。
「アリマ、大丈夫か?」
「ええ、まあ」
一度目より強烈ではあったが、慣れというものもある。
思った以上に回復は早いかもしれない。
「イリサヴィア様は?」
「……前回よりましだな」
確かに、一度目とは様子が違う。
なら。
「動けるようでしたら、この剣を使ってください」
「私にはドゥエリンガーと短剣があるが……場合によっては借りるとしよう」
ドゥエリンガーは怪物の首に刺さったまま。
手に取れない状況なんだから、遠慮なく使ってくれ。
「ところで、時間はどうなってる?」
「もう僅かです」
半刻経過まで、あと5分少々。
厳しい残り時間だ。
「……そろそろ叩かねばまずいな」
「イリサヴィア様、動けるんですね?」
「うむ、少々痺れてはいるが、何とかなるだろう」
こっちは少し魔法が使える程度。
やはり剣姫の回復の方が早い。
「では、剣を」
「本当に良いのか?」
「もちろんです。誰が何を使っても、あいつを倒せばいいんですよ」
「……うむ」
頷いた剣姫が俺の剣を手に。
と、そこで。
「オオォ……」
エビルズマリスの口が動き始めている?
「オオォォ」
この動き、この仕草。
ブレスだ!
「またブレス?」
「ええ」
「アリマ、回避は?」
「難しいです。けど、問題はありません」
動けないあいつがブレスを放てるように、目眩の治まらない俺も簡単な魔法なら使える。
「ストーンウォール!」
「ストーンウォール!」
今回は最初から2枚。
「オオオォォォ!!!」
現出した石壁に、エビルズマリスの口から吐き出された光の奔流が襲い掛かる。
前回以上の光の塊が激突。
ギシ、ギシ!
やはり圧されている。
今にも破壊されそうだ。
とはいえ、これも経験済み。
バリーン!
1枚目が砕け散った。
ギシ、ギシ!
2枚目も軋んでいる。
となると。
「ストーンウォール!」
「ストーンウォール!」
新たな2枚を出すだけ。
ギシ、ギシ!
明らかに、前回より高威力。
ただ、5枚目は必要ないか。
今はもう光量が弱まりつつある。
長くは続かないはず。
バリン!
2枚目も崩壊した。
が、ブレスは3枚目が防いでくれる。
その後ろには4枚目も。
「オォォ……」
そろそろ、ブレスが収まりそうだ。
こっちの体も回復してきた。
ならば、反撃を。
ブレスが消え次第、首に剣を叩き込む。
「イリサヴィア様!」
「うむ」
剣姫も理解している。
あとは、数秒待つのみ。
「っ!?」
何だ?
「オオォォォ!!!」
消えかけていた光が突然輝きを増し。
ブレス自体が意志を持つかのように石壁を回り込み。
そのまま、俺と剣姫の身体に!!





